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燃え上がる欲

「国王陛下に、北領伯キール・エルマリド公より伝令!」


 傾き始めた王城の上層階に、駆け込んでくる兵士の姿があった。魔物の群れに包囲された状況で、城に入ってこれただけでもかなりの能力と度胸を持った兵士なのがわかる。城内も揺れや崩落が続いており、歩く場所を選ばねば階下に転落の危険すらある。

 近衛の兵士長であるカルミアは扉の脇で無表情を保ったまま王の反応を待つ。拒絶するようならば、相手が誰であれ排除するのがカルミアたち近衛の役目だ。


「通せ」


 執事により王の言葉が伝えられ、カルミアと同僚兵士は交差させていた槍を外す。

 入ってきたのは、ひと目で冒険者上がりとわかる筋肉質の青年。装備は革鎧に腰の片手剣。小柄で細身の体格と身のこなしからして元は斥候職(スカウト)だろうと踏んだ。

 ガランとした謁見の間を一瞥して、軽く肩を竦めるのが見えた。ずいぶん逃げたなと思ったのだろう。それはカルミアも同感だった。

 最初に侵攻があったときから、王城からは次々と人間が逃げ始めた。最初は誰もが様々な言い訳を残して城を去り、最後は黙って消えてゆくようになった。使用人も貴族も、呆れたことに一部の王族や兵士までも。

 もう長くない王国の、まさに砂上の楼閣だ。誰だって逃げる。逃げる先があり持ち逃げできる財貨があれば。そして背負う家名と守るべき家門がなければ、だ。


北領伯(エルマリド)の兵は」

「は」


 王は救援が遅いと罵りたいところなのだろうが、それが得策ではないことは明白だ。生きるか死ぬかの瀬戸際にいるのは、言ってみれば王だけなのだから。

 では手を引くと言われただけで、王家は終わる。


「現在、王都から四十キロ(二十五哩)のところで布陣しております」

「何をグズグズしているか! 急がせんか!」


 我慢の限界を超えた王は伝令を怒鳴りつけるが、畏った男の背に動じた様子はない。この激昂も予想通り、あるいは必要な段階なのだろう。


「王都に兵を入れるのは叛意(はんい)ありとの(そし)りを受けかねませんので、国王陛下と会談を持ってからでも遅くはないと申しております」

「……会談、だと⁉︎ なにを、悠長な……」

「我が主人キール・エルマリドは、精鋭千二百を率いております。必ずや陛下をお助けいたします」

「おお……ッ!」


 期待と希望に目を輝かせた国王に対して、伝令は死刑宣告を行った。


「ただし、王位禅譲が条件だと」


 そうなるだろうなと、カルミアは心の中で笑った。その要求を聞くのは四回目だ。

 最初はエイダリアのダンジョン爵アイル。次に“救援”に現れた東領伯エマル・ハイゼン公の嫡男。“交渉の用意あり”と訪れた南領伯ナリン・コーエンの使者。最後に、北領伯の伝令。使者の格がどんどん落ち、前置きとお飾りの弁明が省略される。

 領府陥落とともに行方不明になった西領伯ウルダ・イーカン公も、健在ならこの列に加わっていたことだろう。


「……キール、貴様もか」


 国王にとって、北領伯は四領伯のなかで唯一の血縁者。いわば、最後の頼みだった。これまでの慇懃無礼な簒奪者たちとは意味合いが違う。だが、その結末は同じだった。


「この者の首を()ねよ」


 それも予想通りだったか、元冒険者と思われる男は床を蹴って王に迫る。腰の剣に手を掛けたところで玉座の魔導防壁に弾かれて転がった。立ち上がろうとした伝令の腹に、近衛の兵士が槍を突き入れる。

 男は最後の力を振り絞って飛び退いた。懐から魔道具を出そうとしたが、その胸を背後からカルミアが刺し貫いた。いきなり首を斬り飛ばすと、謁見の間が血塗れになる。近衛の兵たちは、高価な絨毯を台無しにして学んだ。


「国賊エルマリドの爵位を剥奪、その通達を、伝令の首とともに送りつけよ」

「御意」


 こちらはこちらで、三回目となると慣れたものだ。東領伯の嫡男も、南領伯の使者も、首だけになって送り返されて行った。最初のダンジョン爵だけは、いつの間にやら玉座に“降伏勧告”の書状が置かれていたので刎ねる首がなかったが。


 大きな国体が潰えるときというのは、こういうものなのかとカルミアは奇妙な感慨を抱く。歴史の変動を最前列で眺めているのは不思議な気分だった。その目撃者だという実感も薄い。戦場で嵐が訪れたとき、感じた高揚に似ていた。順調なときの難事は心を揺らすが、最悪のときを越えれば案外、肝は据わる。


「エルマールに使者を送る。誰ぞ、動ける者を探せ」


 王の言葉に、執事は頭を抱える。魔物の群れに蹂躙されている王都を抜けてエルマールまで行けるのなど非戦闘員だけ。冒険者であれ衛兵であれ、陥落寸前の王城に手が空いている者などいるわけがないのだ。そんなものがいるとしたら、とっくに逃げている。城内に残った戦闘職は近衛だけ。こちらはこちらで、その場を離れられない。……建前上は、だが。

 カルミアは息を吐くと、玉座に向かって声を上げる。茶番劇の桟敷にいるのにも、いい加減もう飽きてきていた。


「畏れながら陛下。喫緊の事態でありますれば、わたくしが承ります」

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