不可視のコリジョン
「マスター。マリアーナ・ダンジョンのコアが、砕かれました」
コア分身体のエイダリアから言われても、アイルは反応を見せなかった。戦闘指揮中というのもあったが、そうなることは既定事項と想定していたからだ。問題は、こちらが王城を制圧するまで持つか。もう少し耐えてくれれば良いと思ったが、陥落は予想より早かった。
「侵攻部隊の戦力低下は」
「正面戦力の十四パーセント、陽動戦力の五十二パーセント、支援戦力の三十九パーセント」
王城に手を掛けたいまなら、無視できる数字だ。モルガにもマリアーナにも、最初からさほどの期待はしていない。互いに捨て駒として利用価値があると思っての協働だ。捨てるときが早まっただけのこと。
いざとなれば己の命も、捨てる気で挑んだ賭けだ。
「エルマール単独か。他のダンジョン爵による加担は」
「ありません。送り込んできたのは、最上位の<スライム>と<アルラウネ>が各一体、それと魔物使いか斥候職と思われる人間の組み合わせです」
「……」
準備を重ねて裏を掻いて、密かに戦力をまとめ上げて。万全の態勢で押し込んできたのかと思っていた。それが秘匿行動と潜入工作に振り切った最小限の編成とは、さすがに予想していなかった。
格上のダンジョン相手にそれを仕掛けてくるダンジョン・マスターはよほど度胸と自信があるか、考えなしの愚者か。曲がりなりにも成功したのなら、前者なのだろう。もう手段を選んでいる場合ではないと、アイルは覚悟を決める。
「エイダリア、動かせる全戦力を王都へ向かわせろ」
「ですが、危険です」
「わかっている。王権を奪取するか滅びるかの賭けだ。ダンジョン・コアの守りは捨てる」
「……少しだけ、お待ちいただけますか」
いつも無条件で命令を受け入れてきたエイダリアにしては、珍しく食い下がる。受け入れられないだけの理由があるのだろう。
アイルが視線を向けると、コア・アバターは機能制御端末の情報画面を指した。
「領地軍が動き出しました」
◇ ◇
「領地軍て?」
俺はマールからの報告に首を傾げる。
王都のある中央領は王家直轄地だが、東西南北には大貴族による統治領があると聞いた。それだけの大領地なら、かなりの兵力を持っていても不思議ではない。でも、そんなものがあったんなら、なんですぐ救援に来なかったんだろう。臣下は王の危機に駆けつけるもんだと思うんだが。王城側も、敵か味方かもわからん素性も知れない信用もできないエルマールに勅命やら救援要請やらを出すより前に領地軍だろ。
なんでまた今頃になって、ノコノコと……
「……いまだから、か」
「はい」
コンソールの画面に描き出された領府の配置を見れば、状況は丸わかりだった。領地軍の編成と兵員数と兵科を調べて、それは確信に変わる。
東西南北のダンジョンは国境線沿いにあり、東西南北の四領はその内側に守られている。いや、逆か。四領を統治する大貴族家は、ダンジョンを侵略に対する巨大な仕掛け罠と考えているんだ。
王国の東端、北端、南端にあるダンジョンはCクラス。領地軍との力関係も拮抗して、ダンジョン側に対する抑止力を維持しているそうだ。
BクラスふたつにAクラスひとつという強力なダンジョン連合が育ってしまった西領だけは、そのパワーバランスを崩してしまった。
早い段階で討伐するなり協調するなり飼い慣らすなりの方策を取れば良かったのに。それを怠ったか失敗したかで、結果的に西領府カイストンは呆気なく潰されたわけだ。
「王城陥落後に、労せず漁夫の利を得るか。……乗り遅れたとしても火事場泥棒?」
「そうなりますね」
四領地軍から抽出された連合部隊が、途中集結しながら王都目掛けて進んでいる。ウチの<半鳥女妖>たちによる上空映像では、その動きは遅く鈍い。いまのところ王都までの距離はそれぞれ五、六十キロメートルはあり、王都陥落には間に合いそうにない。
……というか、間に合わせる気がないのか。
「四領地間の関係は?」
「少なくとも、利害が一致している部分では良好です」
協働の可能性はあるが、逆に言えば損益を分け合うほどでもない。実際、西領府の危機に他領が救援に駆け付けたという話は聞いていない。さらに言えば、西領内からですら。
「四領地は、いわば小さな国です。それぞれ東方伯、西方伯、南方伯、北方伯と呼ばれる大貴族が治めています。彼らを寄親とする中小貴族を傘下にして複雑に入り乱れ、利害も血筋も関係性もあって、ひと言では説明しきれません」
“ますたー♪”
上空の<ハーピー>たちから、囀るような声で連絡が入ってくる。
「おお、どうした?」
“おしろが、くずれちゃった♪”
映像が切り替わって、王城の半分ほどが崩落しているのが見えた。まだ形を残している部分にも、複数の<厖大虚人>と<鋳型甲亀>が取り付いている。
王都を守る衛兵には、あんな戦闘ロボみたいなのに対抗する手段はない。城が全壊するのも時間の問題だろう。
「メイさん、どうされますか?」
「どうもしない」
しょせん他人事だ。王都は俺にとって守りたいものではない。どの勢力も、わざわざ殺したいほどの相手でもない。
いまのところ問題があるとすれば、だ。
「戦後に向く矛先をどうするか、だな」
「はい」
エルマール・ダンジョンは凄まじいまでの成長を遂げていたのだ。
眷族である魔物――アハーマに関しては、どういう扱いになっているのかは不明――が相次いで高位ダンジョンを完全踏破した結果なんだろうが、クラスもスキルも上がるのが早過ぎる。
目先の問題を処理するのが精いっぱいで、いろいろ増えた項目や魔物やスキルの管理も把握も整理も、まったく追いついていない。途中で投げ出したままの【迷宮構築】もだ。
名前:エルマール・ダンジョン
クラス:B
総階層数:12
DHP:617250
DMP:543677
DPT:71811
Dスキル:【魔導防壁】【隠蔽魔法】【生成】【合成】【調達】【連結】【解放】【浮揚】【豊穣】
配置:
<食肉妖花>:1
<半鳥女妖>:22
<ワイルド・スライム>:339
<ラッシュ・コボルト>:192
<グリーン・スライム >:589
<レッド・スライム>:412
<ブルー・スライム>:560
<ピュア・スライム>:28144
<沼田場鹿>:1020
<森林魔熊>:3
<倒立葬花>:13
<女妖蜘蛛>:1
<甲殻土竜>:4
<光媒質蚯蚓>:54
<群居羽蟻>:89
<ゴブリン>:4
<泥濘亜狼>:7
<樹木精霊>:1
警告クラス下位から、一気に恐慌クラス中位。ダンジョン生命力百万以上という蛮勇クラスには届かないまでも、見えるところにまで来てしまっていた。
「どうしたもんかな……絶対これ、目を付けられるよな」
「そうですね。いまやエルマールは、エイダリアに次ぐ上位ダンジョンになってしまいましたから。王宮からの勅命も拒絶してしまいましたし」
コンソールに映し出された領地軍の侵攻状況を見据えながら、マールがこちらに向かってくる一群を指した。
「おそらく王国からは、明確な脅威と目されています」
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