花咲くとき
「……メイさん!」
俺は、マールの声で顔を上げる。
こちらは機能制御端末に入り続ける王宮からの――勅命という形で来る、やたら高飛車な――救援要請に追われていたのだが。
コア本体に目をやると、負傷したアハーマをお姫様抱っこしているラウネの姿が見えた。彼女たちの前には、謎の巨大な魔物。その足元では、<ワイルド・スライム>が踏み潰されている。
「ちょッ、待て! それ、どういう状況⁉︎」
アハーマもブラザーも映っているから視点が誰のものかわからず困惑する。マールに訊くと、これが放映魔法陣による中継映像らしい。最深部まで攻略されると中継を開始されるその映像は、王宮と法務宮と冒険者ギルド、そして各ダンジョン・コアでも視聴が可能になる。
王宮からの矢の催促に追われていたので、俺はアハーマたちのピンチに、いままで気付いてなかった。
「マリアーナ・ダンジョンの魔物を殲滅して、コアの直前まで迫っていたのですが。先ほど現れた、この魔物に弾き飛ばされました」
「アハーマが⁉︎ Sランクなんだよな⁉︎」
「<ワイルド・スライム>の攻撃で、一時は相手を瀕死にまで持ち込んだのですが……」
復活した? いや、その魔物もあちこちボロボロで、いまも横腹から体液を垂れ流している。生きているのが不思議なくらいのダメージなんだけど。
「あのふたりでも仕留めきれなかったか」
「そんなはずは……」
魔物の正体を調べたのだろう。マールはコンソールを操作して、絶望的な声を漏らす。
「……<緩歩熊蟲>⁉︎」
「なにそれ」
「“不死の樽虫”と呼ばれる古代の魔物です。わたしも、実物を見たのは数百年ぶりです」
「不死? 死なないのか?」
「寿命は半永久的、飢えや渇きにも耐え、物理攻撃や魔法も拒絶します。最大の脅威は蘇生能力で、棲息環境が消滅しても、“無代謝状態”で仮死状態になり、数十年、数百年後に復活するのだと」
環境的ダメージについては、わかった。でも、いまの状態は肉体的ダメージだ。それについても不死性があるのか尋ねてみたが、マールは首を振った。
「深刻なダメージを受けた記録はありません。ですから、あれは初めてのケースかと」
「なんなんだ、それ。あのふたりは歴史的戦果を挙げたのか。それよりマリアーナの連中……そんなもん、どっから持ってきた」
マールによれば、マリアーナ・ダンジョンは王国で唯一、完全踏破によるコア破壊を経験していないのだそうな。つまり、数百年前の初代ダンジョン爵がいまだに在職中。古代の魔物の一体や二体、持っていても不思議ではない。
あくまでも理屈としては、だが。
「マール、アハーマたちを強制的に帰還させられないか」
「“連結”は拒絶されました」
クラス上位のダンジョンで、マスターもアバターも上位。知識も経験もスキルも上回っているとなれば、そのくらいの備えはしているか。
「増援を送るのに、どれくらい掛かる」
“マスター、お願いです”
ラウネの声が、俺の頭に響く。
“あいつは、わたしに倒させてください”
「勝手なことを言うな。なぜ、お前はそこにいる。俺はお前に、そんな行動は命じていない」
前にアハーマと戦ったときは、ダンジョンに対する脅威への対処だ。すべてを信じて任せて、彼女は結果を出した。それは良いが、今回はまるで違う。独断専行を許した覚えはない。
そもそも、ラウネが向こうまで救出に行けたのなら。なぜ、その段階でこちらに救援の必要を伝えなかったのか。
“はい。申し訳ありません、マスター。戻ったら、どんな罰も受けます”
彼女なりの真摯な訴えに、俺は怒りを押し殺す。
もともとコアの魔力によって【生成】された魔物と違って、【使役契約】された野生の魔物は好き勝手な行動を取りがちだ。定型的行動を嫌ってダンジョン内の魔物たちに自由裁量を許可してきた俺の責任でもある。
甘くて緩い環境で育てておきながら、肝心なところは察しろ空気を読めと責めるのもお門違いだ。
「アハーマと<ワイルド・スライム>の救出は可能か」
“はい”
そう言うなりアハーマを抱えたままデカブツの前まで滑り込んだラウネは、足元で踏み潰されていた<ワイルド・スライム>を引っこ抜いて距離を取った。足を動かさずスイーッと、ホバー移動でもするような謎の動き。
怪訝に思って【鑑定】を掛けると、いつの間にかラウネの能力が増え、数値もSランク相当まで跳ね上がっていた。
名前:<アルラウネ>
属性:水/木
レベル:56
HP:5288
MP:5791
攻撃力:602
守備力:541
素早さ:592
経験値:643
能力:隠蔽、混沌、親眷、鞭笞、菌癒、風滑、穿孔、念話、挽歌、葉鎧
ドロップアイテム:トゥインクルシード、スラッシュリーフ
ドロップ率:B
ラウネに救出された<ワイルド・スライム>は、無事といえば無事のようだが。あちこち歪んで球形が潰れている。実はそれなりにダメージはあるのだろう。
「ブラザー、大丈夫か」
“……うん。びっくり、しただけ”
念話で伝わってくる声の沈み具合からすると、最もダメージが大きかったのはプライドなのかもしれない。
“葉鎧”
ラウネの身体から剥がれた葉と花びらが、アハーマの折れた腕や脚を包んで伸ばして縛り付け、ギプスのように固定する。悲鳴を上げるほどの痛みがあるはずなのに、グッタリしたまま何の反応もない。
重態……というより、たぶん瀕死状態だ。
“菌癒”
ラウネは掌を上にして粉をアハーマに噴き掛ける。金粉のようなそれは瀕死の身体に撒き散らされて青白い魔力光を放った。
「……ッく」
アハーマは目を開いて、手を伸ばす。ラウネが何をするつもりか察して、止めようとしているように見えた。
<食肉妖花>のお姉さんはその手を優しく包んで、押し返す。
“マスター、ふたりは三十分ほどで回復します。ですから”
「自分に、あの魔物を倒させろと?」
“……はい”
俺は、女の子を管理するのが苦手だ。怒るのは、もっと苦手だ。
それでも、やらなければいけないことはある。社会人として。上司として。それが如何に出来損ないの半端な上司だったとしてもだ。
「独断で勝手な行動をしたお前には、厳罰を与える。覚悟しておけ」
“はい”
「だから、無事に帰ってこい」
一瞬の間を置いて、ラウネの身体がブワッと膨れ上がる。青白い魔力光の粒子が渦を巻いて舞い散り、枝葉とツタが周囲に伸び広がってゆく。放映魔法陣を感知したのか、コアを見つめている俺に向き直って、彼女は幸せそうに笑った。
“……はい、必ず”
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