表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/127

胸奥の憤怒

“「覚悟!」”


 【疾駆】スキルを発動させたアハーマは一瞬で距離を詰め、魔物の群れに斬り込んでゆく。遅れることなく追従していた<ワイルド・スライム>も、斬撃を打ち出そうとした瞬間いきなり方向転換して飛び退く。


“「!」”


 危うく逃れたアハーマと<ワイルド・スライム>の鼻先で、地中から光の槍が飛び出して壁を作る。<光媒質蚯蚓(エーテルワーム)>の攻撃だ。それは反撃する間もなく一斉に地中へと消えた。


「ワイルド(うじ)!」

“だい、じょぶッ!”


 慌てて騎士キャラがすっぽ抜けているが、無事ではあるようだ。突き殺そうとする敵の気配を察し、ふたりとも攻撃は回避した。代わりに移動を妨げられ、突進の勢いは止まる。多勢に無勢で速度を失うことは死を意味する。

 悪くない判断だと、アハーマは心のなかでダンジョン爵の評価を改めた。


「いったん距離を取る」

“わかったー!”


 押し込まれかけていた敵は、その隙に魔物の群れを前進させて展開を終えている。もう一度、正面から突っ込んでいったところで突破は難しいだろう。


 周囲は岩の柱が点在するだけの平坦な荒れ地だ。直径一キロメートル(クロニム)もないその環境で、逃げ隠れする場所は少ない。最深部へ向かう道は幅五、六メートル(ニム)の隘路だけ。そこを抜けられないように、甲殻を持った蟷螂を配置している。

 互い違いに陣形を組んだ<虚無蟷螂(バナティ・マンティス)>が前肢の鎌を振り上げ、その隙間で<首狩蟷螂(ビヘッド・マンティス)>が突進の隙を窺う。重装歩兵の密集陣形と騎兵突撃を小さく再構成したような戦術。“人間が操る魔物”という強みを活かした、斬新な発想と運用だった。


「良かろう。我らは騎士。ならば速度で」

“かきまわーす!”


 密集陣形を無視して、アハーマと<ワイルド・スライム>はフロアいっぱいに旋回を始める。遮蔽を縫い岩場を飛び回って、速度を上げながら側背へと回り込む。環境すべてを利用する。


“あはーま、うじ! ()()()()()は、せっしゃが!”

「うむ! ミミズには注意されよ!」

“がってん、しょうち!”


 追尾してくる熱源が近付いたと同時に、岩の柱を抜けたふたりは交差するように両側へと分かれた。

 アハーマは【闇潜】スキルを、<ワイルド・スライム>は“隠蔽”能力を発動させて<炎熱妖狐(フレイム・フォックス)>の視界から消えた。

 目標を見失って速度を落としたキツネの首に、小さな粘液がポタリと落ちた。


◇ ◇


「<フレイム・フォックス>、そのまま左翼後方に追い込みなさい」

「ケエェエェ……ッン!」


 参謀であるコア・分身体(アバター)、マリアーナの命令に返ってきたのは甲高い悲鳴だった。

 見ると左翼前方の薄暗がりで、自らの炎に塗れて煙を上げる禽獣の姿があった。

 火属性の魔物であるフレイム・フォックスが、自分の炎熱でダメージを受けるはずはない。焼けているのではなく、溶解(とか)されている。<ワイルド・スライム>とかいう敵の魔物が放った攻撃か。

 異常事態に目を向けさせるのは陽動だと気付いて、右翼側に振り向く。左翼に薄く右翼に厚く布陣していた蟷螂(マンティス)の陣形に乱れが出ていた。


「<泥塵粘球(ソイル・スライム)>、右翼警戒」


 気配と姿を消した最低レベルの<ソイル・スライム>を密集配置してある。戦力としては無価値に近いそれを置いたのは、敵が近付いた瞬間に魔力暴走(じばく)を起こさせるためだ。飛び散る泥塵(ソイル)は鋭い破砕片となって敵に降り掛かる。与えられるダメージは最低限だが、わずかでも傷を作れれば毒による麻痺と細菌感染を起こせる。

 このダンジョンでは常勝だった定石通りに動かしているのだが、奇妙な違和感が消えない。事実、いまも<ソイル・スライム>が弾ける様子はない。


「無理だ、マリアーナ。あいつらは引っ掛からない」


 耳元で響くマスター・クジョーの声に、マリアーナは失態を認めるしかない。いや、最初からずっと失態続きな事実を、だ。

 いまも鉄壁の密集陣形を配置ながら左翼後方にわずかな隙を見せ、回り込んできたところに<エーテルワーム>の刺殺罠を仕掛けていたのだが。

 追い込む直前に二体の敵は姿を消し、追い立てる役(ビーター)は喰われ、本命の右翼は翻弄されている。ふたつも(クラス)上のマリアーナ側が、完全に裏を掻かれた。


「エルマール……ほんの半月ほどで、なんという戦力を育てたの」


 マリアーナは驚愕と嫉妬に震える。

 最多の完全踏破(クリア)数で知られるエルマールは、万年最低()クラスの初心者向けダンジョンだったはずだ。王城の叙爵式で見たエルマールのダンジョン・マスターも、冴えない顔でボンヤリした表情の中年男だった。読み取った能力値(ステイタス)に特筆すべきスキルも数値もなかった。魔力こそ高めだったが、それも“Eクラス・ダンジョンのマスターにしては”という注釈付き。自分たちの脅威にまで育つなど、考えてもいなかった。


「……ッ⁉︎」


 左翼後方で跳ね上がった<光媒質蚯蚓(エーテルワーム)>の刺殺罠がグニャリと歪む。うっすら光る粘液を飛び散らせながら、バラバラに千切れて振り撒かれた。土属性の魔力で硬化した<エーテルワーム>の“光槍”を防げた冒険者など過去にひとりもいなかったというのに。

 それ以前に、避けられた冒険者もだ。


「マリアーナ、主従や虚実を考えるな。陽動ではない。そいつらは互いを等価として連携している」


 マスター・クジョーの言葉を裏付けるように、右翼で前進位置にいた<首狩蟷螂(ビヘッド・マンティス)>の首が次々に()ねられる。三十体近い<虚無蟷螂(バナティ・マンティス)>を後回しにしたのは、脅威ではないという自信の現れか。


「マスター、わたしは間違いを」

「悔やむな。振り返るな。俺たちにとって過去など、牢獄でしかない」


 ダンジョン爵の権限で、最後の魔物を起動させる。彼の取っておき。死出の旅路に仕える従者だ。それが自分でないことに、マリアーナは狂おしいほど嫉妬していた。

 ずっと傍らにありながら、マリアーナには主人が遠くに感じられた。いつでも、そうだ。寄り添えば寄り添うほど。触れ合えば触れ合うほど。彼の心は、遠ざかってゆくような気がしていた。

 そんな彼女の考えを読み取ったのか、マスター・クジョーはアバターを振り返って笑った。


「なんて顔をしている。お前も、最期のときを楽しめ」

【作者からのお願い】

「面白かった」「続きが読みたい」と思われた方は

下記にある広告下の【☆☆☆☆☆】で評価していただけますと、執筆の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです! これからも頑張ってください!
[一言] (*ゝω・*)つ★★★★★
[良い点] 面白い [気になる点] 初代から一切変わってないなら、国がドンドンダンジョンに対して悪感情を得て行くのを見て行ったわけか 途中で止めれなかったのかね?最初は地位高そうだったのに
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ