枯れた萌芽
ちょっと切れ目イマイチだったので短く、次戦闘回予定
マリアーナは、名も無きダンジョンの意思なきコアとして生まれた。
それがどれくらい前なのか、彼女の記憶にはない。伝聞として残っているだけでも、何百年も前だ。やがてこの地に、アーレンダイン王国と称する人間の集落が生まれた。王国を築いた偉い魔導師、アーレンダインは十三のダンジョン・コアに分身体という自我を植え付けた。
そのひとりが、マリアーナだ。
魔導師アーレンダインは初代の王として玉座に就いて長く善政を敷き、王国の隆盛は留まるところを知らなかった。溢れる豊潤な“外在魔素”を受けて、ダンジョンもすくすくと育った。ダンジョンは試練の場となって力あるものを育て、その力は“体内魔素”となってダンジョンに還元された。
王国は力を付け、いくつかの周辺国を併呑しながら国土を広げた。王国は最初の全盛期を迎えた。
「ダンジョン・マスター?」
「そうだ。お前の主人となり、より良き未来に導いてくれるだろう」
謁見の間に集められた十三のコア・アバターを前に、アーレンダイン王はそう言って微笑んだ。
十三人のダンジョン・マスターが異界から呼び寄せられ、アバターと引き合わせられた。彼らは異彩を放つ異能の者たちではあったが、元いた世界では命を失っている。戻るところのない彼らは、アーレンダイン王による召喚を受け入れ、彼の依頼を承諾した。
王曰く、ダンジョンは世の“外在魔素”と“体内魔素”を受け入れ循環させ調整、放出することでこの地を、この国を富ませ豊かにする。周辺国に対しては、国を守る十三の見えない砦となる。
辺境伯を置かない代わりに、新しく爵位が創設された。
「貴殿らを、我がアーレンダイン王国の新たな貴族位、“ダンジョン爵”に任ずる。我らの力は、天の意思。ともに民草の糧となり、王国の未来に貢献しようではないか」
そのときの歓声を、マリアーナは覚えている。十三の笑顔と、十三の決意と。彼らにも自分にも、輝ける王国の未来が、たしかに見えていたのだ。
◇ ◇
「マリアーナ」
ダンジョン深層の薄暗い戦場で、彼女はふと我に返った。
自分に向けられた主人、クジョーの声にマリアーナは過去の記憶を振り払う。
もう終わったことだ。それは潰えた夢だ。あの頃いたダンジョン爵は、誰も残っていない。ただひとりの生存者であるはずのマリアーナのマスターも。あのとき感動に胸震わせていた青年ではない。
きっと自分もそうだ。他のコア・アバターも。アーレンダインの崩御が、きっかけではあった。伝聞や移譲のたびに小さな齟齬が生まれ、それはやがて大きな亀裂となっていった。
王国が傾き揺らいでゆくのに合わせて、何もかもが少しずつ変貌を始めた。理想は妥協に流され、使命は単なる責務に置き換わって。ダンジョン爵も、代替わりするごとに在位期間が短くなっていった。どうにかしようとする努力は報われず、ままならない状況は王宮との関係も変えた。協力から蔑視、やがて敵対へと移ってゆく経緯を、コア・アバターたちは必死で押し留めようとしたのだが。
彼女たちの目から光が、顔から表情が消えた。十三のアバターは自らが生き延びるため、主人を生かすために歪んでいった。
ある者は保身へと。ある者は傲慢へと。ある者は自虐と自閉、そして諦観へと。
「葬送の宴だ」
マスター・クジョーの声に、胸の奥が軋む。
彼は、たったひとりで生き残り続けることに耐えられなくなったのだろう。そうさせたのは自分だ。そうなる前に助けることも、支えることもできなかった自分の無能だ。
ならば。
「お供します、我が主人」
マリアーナは、笑った。
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