ブロード・オーバーキャスト
「……ひでえな」
俺は機能制御端末に並んだ各ダンジョンの状況を見て呆れる。
王国中央部の俺たちエルマールの他に、新ダンジョン爵で生き残っているのは南東部のスイエレ・ダンジョンだけだ。ウルダ・マイスなるマスターの尽力か、スイエレ・ダンジョンは無事にDクラスまで上がったようだ。その後の状況までは、わからない。
「なあマール、このスイエレってダンジョン、耐え切れると思う?」
「難しいですね。公開されている数値を見る限り、損耗が大き過ぎます」
悲観的だが、俺も同感だ。ダンジョン生命力は、早くもクラス維持ギリギリだった。クラスがEに戻れば、ダンジョンスキルやパラメータも落ちる。備えのない状態でのそれは、連鎖的破綻を引き起こす。
「一時間ほど前から、ダンジョン魔力の減り方が激しくなってきています。おそらく、深層まで攻め込まれてきたなか泥縄式に対処しているからでしょう」
ウルダ・マイスという人物に面識はない。恨みもないので頑張って欲しいが、そう長くない印象である。
マールが冷静に分析しながら苦悩の表情になっているのは、自分も経験しているからなんだろう。このまま無理な対処が続くと、コアに過負荷が掛かって機能停止する。罠も魔物も固まった状態で嬲り殺しに遭い、コアを砕かれるパターンが多いのだとか。
……最低だな。せめてメモリ増設とかできんのか。似たような話は元いた世界でもあったけど、さすがに命懸けではなかったぞ?
「他の新人ダンジョン爵は、全滅か」
「はい」
中東部オルファ・ダンジョンのミキ・エルマ、南東部エイマラン・ダンジョンのマータ、北東部コンライズ・ダンジョンのソグロフ、中北部ソルマーダ・ダンジョンのソーカフはコアを砕かれ死亡。
新人ダンジョン爵は生き残れる方が稀と聞いてたけど、実際その通りだ。
既存のダンジョン爵も、安泰とは言い難い。同じ中央部のケイアン・ダンジョンが陥落、中西部のモルガ・ダンジョンも消えた。残るは東西南北の辺境に位置する四ダンジョンと……
「メイさん。アハーマが、九十九階層に到着しました」
……いまや風前の灯となった、北西部マリアーナ・ダンジョン。
◇ ◇
「参るぞ、ワイルド氏」
“のぞむところぞ、あはーま、うじ!”
乱れていた通信が回復したと思ったら、なんかエラい意気投合してはりますな。どしたん、あのひとたち。そのヘンな口調、古いタイプのオタ会話っぽいし。
「いざ!」
“まい、らーん♪”
顔を見合わせてニッと笑ったアハーマは、<ワイルド・スライム>と並んでマリアーナ・ダンジョンの最深部へと突っ込んでゆく。
迷いもなければ躊躇いもなく。立ち塞がる魔物は躱し、蹴飛ばし、薙ぎ払い、踏み砕く。それはアハーマだけでなくブラザーも同じで、凄まじい速度で上下左右に動き回りながら、目の前の魔物たちを蹂躙していった。
「ぅぇえぇ……」
「メイさん、大丈夫ですか? 顔色が優れないですが」
ブラザーってば、粘体の一部を伸ばして硬質化しているのだろうとは思うが、速すぎ俊敏すぎて何がなんだかサッパリ視認できん。それよりなにより、画面を見てるとムッチャ酔う!
「ぎぼぢわるぅ……ッ! 仕事で3D酔いなんてしたことないのに……」
「メイさん、“すりーぢよい”、とは?」
「ああ、気にしないで。ちょっと画面の方、確認を頼む」
カメラの方位座標移動に首振りが加わると起きやすい。一定以上の数値を不規則に掛けると発生確率がさらに上がり、画像の描画性能が低いとそれが加速する。
まさに、いまの状況だ。スライムの視覚って、人間のような両眼視ではなく複眼というか大量の情報をミックスした複合視点なのだ。体全体がカメラで、意識の向いた方を瞬時に見る感じ。飛び跳ねて疾走しながらの戦闘機動中に複合視点をやられると、そりゃ酔うわ。
「……ぅえっぷ」
「魔物の惨殺死体が苦手なんですか?」
「それは、まったく問題ない。あの動きがキツいだけ」
不思議そうな顔された。アバターは酔わんのか。まあ、そうだろうな。
チラッと見た画面上では、アハーマとブラザーが大量のカマキリに前を塞がれていた。一メートルくらいのが二、三十体に大きいのが五、六体。
マールによれば小さい方――といっても虫としてはアホみたいにデカい――が<虚無蟷螂>、大きい方が<首狩蟷螂>だそうな。どちらも一対一では中堅上位冒険者を瞬殺する魔物だというから、ここがマリアーナ・ダンジョンの防衛線なのだろう。
薄暗がりにちらほらと動いている灯りは<炎熱妖狐>。単独でも実力者の冒険者パーティでようやく討伐可能という厄介な魔物らしい。
「マリアーナ・ダンジョンですから、きっと見えないところに<泥塵粘球>、地中には<光媒質蚯蚓>がいます」
「あのふたりが危ないなんてことは?」
「……ないでしょうね」
ないんかい。俺も、そんなに心配はしてなかったが。アハーマはもちろん<ワイルド・スライム>も、Cクラスになったばかりのエルマール・ダンジョンには過剰戦力なのだ。
「くくく……」
奥から男の笑い声が聞こえてきた。ダンジョン・マスターだろう、神経質そうな細身の中年男が姿を現す。
傍らにはショートカットの女性。コア分身体のマリアーナだろう。グラマラスなミニスカ美女という意味ではマールと同じカテゴリーだけど、ちょっと警戒心を抱きそうになる妖艶なタイプ。穏やかに見える微笑みの奥に、ドロッとした情念みたいなものを感じる。
「百七十年ぶりだ。我がダンジョンの深層まで踏み込んだ者は」
男が笑う。熱に浮かされたみたいな声で。嫌な感じがした。たぶん、危機感ではない。まともじゃなさそうな違和感と、近付きたくないと思ってしまう忌避感。
「前人未到の我が庭に足を踏み入れたお前たちは、エルマールの魔物か?」
“「きし」”
アハーマの返答に、<ワイルド・スライム>の念話が重なった。何を言っている、みたいな顔で、マリアーナのダンジョン爵はブラザーの視覚を見据えてくる。
そらそうだ。俺も思ったし。なに言ってんだお前ら。
“「我らは、魔物ではない。聖なる国エルマールを守るため、姫に剣を捧げた騎士!」”
「……国、だと?」
待て。待て待て待て待て。お前ら、何をワケわからんこと言い始めた。つうか、姫って誰や。
止めようとするが、俺の声は向こうまでアウトプットされない。アハーマとブラザーに届くだけだ。そして、ふたりは俺の声なんて微塵も聞いてない。
“「我らが祖国エルマールに仇なす者ども! 我が主人の名において、誅罰をくだす!」”
「待って、主人どこの誰よ⁉︎」
俺を置き去りにしたままよくわからないお芝居は続いていて、マリアーナのダンジョン爵がなんやらアハーマたちに問い質す声が聞こえた。
「どれだけの相手を敵に回すというのか」
“「ケイアンとモルガには、すでに誅伐を果たした! 残るはマリアーナ! そして、王国!」”
「「「なに?」」」
マリアーナのマスターと俺の声が重なる。もうひとり重なったのはマールか向こうのアバターか。どっちにしろ、初耳である。
「……ちょっとだけ、まずいです」
俺の背後で、マールが空虚な笑い声を上げた。
気不味いというなら同意するけど。だからどうという話でもない。
「どうでもいいよ。あいつらを潰せば、小芝居も終わりだろ」
「いえ、彼らがいるのは上位ダンジョンの最深部です。統治権はダンジョン爵にありますが、王国にも防衛上、便宜的にではありますが監査権限があるんです」
建前ってぽい部分も引っ掛かるけど、それ以上に気になったのは監査権限があった場合どうなるかの方だ。
俺の意思を汲んで、マールは機能制御端末の画面右肩で点滅している赤い文字を指す。俺には読めない不思議記号みたいなマーク。
「これは?」
「放映魔法陣。王宮と法務宮、王国全土の冒険者ギルドにある受信用魔珠で、中継されています」
「ちょい!」
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