疾る剣尖
……10万文字? なにそれおいしいの?(やっぱだよ、どうすんだこれー!
アハーマと<ワイルド・スライム>がダンジョンから出るまで、しばらく音声と視覚の接続が途切れていた。
完全踏破直後はダンジョン封鎖と浅層への転送で魔力が乱れると聞いたが、それにしては少し長い。
マールによれば、魔力干渉による通信妨害があったようだ。俺たちとアハーマたちの連絡を断ったところで意味があるとは思えないが、それが実行可能なのはエルマール以上の能力を持った者だけだ。
“自分の客だ”というコメントから、アハーマに敵対する相手が現れたのはわかる。問題はそれが何者か、だが。
「上位ダンジョンからの分断工作でしょう」
「だな」
首都まで攻め込まれてる王国軍に、兵を差し向ける余裕はない。ご近所さんで業務提携してる、エイダリアかマリアーナと考えるのが順当だ。
アハーマがエルマールの最強戦力なのは一目瞭然だから、本隊と別れて単独行動中のいまがチャンスだと踏んだのだろう。BクラスやAクラスの二軍戦力にSランクを倒せるはずもないが、捨身で一矢報いられればラッキーとでも思ったか。結果はドラゴンの逆鱗をハードブラッシングしただけで終わったわけだが。
“ますたー”
「おお、ブラザー。大丈夫だったか?」
へにょーんと緊張感のない声なので、無事に解決したのだとは思うけれども。念のために訊いてみる。
“おわっちゃったー、みーんな、ぱーんて”
「だろうね。君らを倒せる奴らって、イメージできないし」
“でねー? あそびに、いってもいー?”
「は?」
“あはーまと、およばれー! じゃねー♪”
「????」
そこまで聞こえた後、接続は切れてしまった。
よくわからないので思わずマールを見る。彼女も首を傾げるが、俺とは少し意味が違っていた。
「意外でしたね」
「え?」
「アハーマを待ち伏せていたのは、マリアーナ・ダンジョンの魔物です。チラッと映っていたのは<ソイル・スライム>と<バナティ・マンティス>、<フレイム・フォックス>でしたから」
「それじゃ、御招待とか言っていたのは」
「マリアーナ・ダンジョンに突入するつもりなんでしょう」
まさかの上位ダンジョン攻略ダブルヘッダー⁉︎
止めるべきなのかどうか迷う。彼らなら完全踏破してきそうで怖い。いや、まず間違いなくコアまで到達するだろう。そしてアッサリと砕いてくる。
あれだけの実力者が、なんでエルマールでは途中で方針転換したのか、そちらの方が不自然なくらいなのだ。
「メイさん、どうされます?」
「ここは静観、だな。俺たちの依頼は、ちゃんと済ませてくれたんだから」
「それが正解かとは思います。いまのアハーマはSランクでも上位、Aクラスのダンジョンでも止められる魔物などいないでしょうから」
それは、わかる。正直、嫌な予感も胸騒ぎもない。
やる気満々のアハーマに対して、わざわざマリアーナの助命を頼む気はない。止める理由もない。マリアーナやエイダリアがどうなろうと知ったことじゃない。それは王都に関しても同じだが。
ただ、ひとつ懸念はあった。ここでアハーマがマリアーナ・ダンジョンをクリアした場合、王国側から変な誤解を受けないか。つまり……
王国の危機を前にしてエルマール・ダンジョン勢が奮闘した、とか。
「アハーマが俺たちのところにいるって、バレてる?」
「はい。彼女を送り込んできたのは、おそらく王宮ですから」
だからか。王宮からの勅命で、上位ダンジョンの策略と侵攻を止めろとか言ってきたことがあった。あれは、アハーマが取り込まれてることを織り込み済みでのオーダーか。
やるわけねえだろ馬鹿、と無視していたのが裏目に出たかも。これクリアしたら、王宮に服従した感じになる?
「アハーマたちがマリアーナのダンジョン・コアを砕いたら、いま王都に侵攻している魔物たちはどうなる」
「統制を失って、野良の魔物になります。<ゴーレム>でしたら魔力供給を断たれて機能停止する可能性もあるでしょうけれども、マリアーナの魔物はバラバラに行動するくらいですね」
どうなんだろ。残ったのがエイダリアだけなら、王国軍と適当に潰し合って俺たちに漁夫の利をもたらしてくれないだろうか。なんにせよ、王都はしばらく放置だな。
「いま、ふたりはマリアーナの二階層です」
「速ッ⁉︎」
なんで⁉︎ <ワイルド・スライム>から連絡あったの、ほんの数分前じゃん⁉︎
「アハーマのスキルですね。【闇潜】【索敵】【疾駆】という、暗殺者の特化した能力がダンジョン攻略に上手く嵌ったんでしょう」
「う〜ん……」
「もうすぐ三階層も突破しますね」
なんだそれ。タイムアタックか。攻略環境組んだ側からすると複雑なんだよね。楽勝だと煽られているようでもあり、そこまで遊び尽くしてくれたのだと嬉しくもあり。
まあ、マリアーナは俺なんも関係ないけど。今後の参考に見ておこう。
「……モルガ・ダンジョンのときと同じだな」
「はい」
<ワイルド・スライム>からの視覚映像で、俺はアハーマのダンジョンアタックを観察する。
彼女は、魔物を倒していない。索敵して、隠れて、躱して、突破するだけ。その行動ひとつひとつが、シンプルで的確で短く速い。その結果、最短距離を最速で最深部まで突き進むのだ。もちろん並みの冒険者では不可能だし、魔物素材の換金で生活してる冒険者なら、できたとしてもコストが見合わない。
「アハーマとブラザーって、マリアーナに何か縁があったか? 待ち伏せされて襲われた報復?」
「おそらく、ですが。事前に接点や因縁があったとは聞いていません」
言ってる傍から、アハーマはどんどん突き進んでゆく。追走できてるブラザーも十分スゴいけどな。
なんでか画面から、ふたりが嬉しそうに話す声が聞こえてきていた。
◇ ◇
「わたしは、騎士になりたかったんだ」
ひょいひょいと付いてくる<ワイルド・スライム>に、アハーマは笑顔で話しかける。
敵地に攻め込む高揚と、ともにいることで強くなってきた紐帯と。一心不乱に最深部へと向かうふたりは、どうでもいい思い出を念話で話し続けていた。
邪魔な感情をガス抜きするように。溜め込んできた過去を捨て、新しい生き方を選択するように。
“きし?”
「お姫様を助ける、強くて格好良い男たちだ」
“へー、いいねー♪ なんでやめたのー?”
「適性がなかった。特に好きでもない暗殺者としての適性は飛び抜けていたしな」
“わかるー、わかるそれー、すらいむ、そんなかんじー”
気持ちを通わせ、ふたりは頷き合う。彼らは、わかっていた。願望は願望で、現実は現実だと。
どれだけ高みに向かおうとも、スライムはスライムで、アサシンはアサシンだと。
「夢を捨てて、自分にできることを極めて、気付けば騎士にも、姫にも興味がなくなっていた」
“きしは、わかるー、けど、ひめもー?”
「ああ。実物の生臭さを、目の当たりにしてしまったからな」
“もう、きし、なりたくない?”
「いや」
ダンジョン最深部への道を駆け抜けながら、アハーマは笑う。
「もう、見付けた。わたしは、わたしの剣を、命を捧げる相手を。持てるすべてを、為せるすべてを、託せる場所をな」
“ふふっ♪ わかるー、わかるわかるー♪”
前方に、濃密な魔力を察知した。ダンジョン・コアと、それを守る魔物たち。鉄壁の布陣と、執拗に組まれた罠。幾重にも重ね掛けされた【魔導防壁】。肉の壁にされた冒険者たちまで。
遮るものなど目もくれず、アハーマと<ワイルド・スライム>は真っ直ぐにコアへと向かう。誰も止められない。誰にも、抑えられない。
「わたしは……わたしたちは、“エルマールの騎士”だ!」
“きし、だぁー♪”
“「うはははははははぁ……‼︎」”
高笑いを響かせながら、ふたつの“死の風”が全力で突っ込んでいった。
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