ワイルド&エイルド
上位ダンジョン爵との衝突を前に、ダンジョン生命力、ダンジョン魔力、ダンジョン報酬点をかなり消費して備えたのだけれども。
ほとんど損害を出さず勝利を達成した上に、百体近い敵の魔物を――アルラウネと彼女の眷族が、だけど――倒した結果、取り込まれた魔力によってダンジョンのパラメータは開戦前よりも上がっている。
名前:エルマール・ダンジョン
クラス:C
総階層数:12
DHP:36652
DMP:33448
DPT:2208
Dスキル:【魔導防壁】【隠蔽魔法】【生成】【合成】【調達】【連結】
配置:
<アルラウネ>:1
<ワイルド・スライム>:108
<ハーピー>:14
<ラッシュ・コボルト>:70
<グリーン・スライム >:176
<レッド・スライム>:58
<ブルー・スライム>:32
<ピュア・スライム>:1218
<ヌタジカ>:86
<倒立葬花>:13
<アラクネ>:1
<シェルモール>:3
<エーテルワーム>:41
<ハイブアント>:32
<ゴブリン>:4
<ワイルド・スライム>の次に<ラッシュ・コボルト>が加わった。並んでいる順序がわからず項目を見たら“平均レベル”だった。ブラザーたち、ラウネに次ぐナンバーツーに上がってるな。
<アラクネ>他の元ケイアン組は、まだ別項目になってる。一括で並べ替えしたら済む話なんだけど、まだ配置を考えていないので一旦保留。
なんでか魔物と同じ項目に置かれていた<NPC>が消えて、<スピネイトブルーム>ってのが増えてる。
……これ、たぶん、あれだよね。ラウネの眷族。暴れ回るスケキヨ集団みたいな。
ムッチャ怖いんだけど。あんま干渉せんとこ。うん。
「クラスはCのままか」
「Bクラスは、DHPが十万以上というのが大まかな基準ですね」
なるほど。別に目指したいわけじゃないが、まだ先の話になりそうだ。
「アハーマは戻った?」
「まだです。モルガ・ダンジョンから出たところで連絡するように伝えてあります」
ちなみにそのアハーマ、往路は【連結】の転移魔法陣機能が使えず、歩きでの移動となった。彼女自身は各ダンジョンを訪問済みだけど、俺と俺の指揮下の魔物たちは行ったことがない場所なので最初は座標特定が必要になるのだ。
モルガ・ダンジョンの最深部でコアを破壊するという依頼。受諾してもらえてホッとしたが、アハーマの返答に戸惑った。
「では、ご主人。三時間ほど待ってくれるか」
……三時間?
機能制御端末の表示マップで見る限り、王国中央部にあるエルマールと王国中西部にあるモルガ・ダンジョンは直線距離でも百数十キロは離れてる。街道を行けばその数倍にはなるだろう。
計算おかしくない? Sランクだと瞬間移動とか転移とか、そんなんあるの?
「似たようなものだ」
男前な笑みを浮かべて、アハーマは旅立った。そして本当に三時間弱でコアを壊してきた。
彼女には念のため護衛を兼ねた通信機役&座標記録役の<ワイルド・スライム>が同行していたので、その一部始終は視覚提供で見ることができた。
フロアの攻略は速度優先で魔物も罠も放置して隠れて突破の瞬殺。自分のダンジョンでやられたら血の気が引くほどの凄まじい技量だった。
「世の中には、すごい奴がいるもんだな……」
マールと話していたところで、ダンジョン・コアにアハーマが映った。まだ三十分も経っていないが、モルガ・ダンジョンの最深部から外に出てきたようだ。
「怪我は?」
「ない。スライムも無事だ」
“たいくつー!”
さすがワイルドなブラザー、贅沢な不満である。
コアを破壊した直後は魔力の乱れが出るらしいので、【連結】による帰還転移はダンジョンの外に出てから行うことになっていた。実際、彼らの帰路は画像が途切れてコアでの視覚共有ができていない。
「では、座標の固定を……」
「ちょっと待った」
マールが【連結】を起動しかけたところで、アハーマが制止してきた。
「悪いが、少し時間をくれ」
「何かトラブルか? バックアップが必要なら……」
「いや。気遣いは要らん。あれは、わたしの客だ」
◇ ◇
アハーマは抱えていた<ワイルド・スライム>を降ろす。臨戦態勢のスライムは、ヒョイヒョイと飛び回りながら周囲に魔力探知を掛けている。
「ふむ。マリアーナかエイダリアの監視だな」
“まもの、じゅーご?”
「いや、十六だな。思ったより少ないのは、戦力が払底しているのか、自信の表れか……」
スライムが動きを止める。と同時に姿が消えた。気配もなくなり、念話の声だけがアハーマの頭に届く。
“たおして、いーい?”
「いや、こちらで処理する。彼らの目的は、わたしのようだからな」
“ぶー”
<ワイルド・スライム>の不満そうな声に、アハーマは笑う。しばらく行動を共にしていたが、彼らの能力と人懐っこさに不思議な愛着を感じ始めていた。
「倒したいなら、最も魔力の大きなふたつ以外は、好きにして構わない」
“やったー♪”
そこから先の蹂躙劇は、Sランクのアハーマを以てしても驚きを隠せないものだった。
見えない何かに弾き飛ばされ、監視役の<泥塵粘球>三体が次々と粉微塵に飛び散る。索敵役の<光媒質蚯蚓>四体は地面の下で無惨に圧殺され、足止め役の<虚無蟷螂>五体は手足を捥ぎ取られて転がったところを踏み潰される。
残った二体の<炎熱妖狐>など、遠くでウロウロと混乱状態のままだ。距離を置いて支援攻撃をするのが役目だろうが敵を見付けられず、命令に縛られて逃げることもできないのだ。
「ッケエェーンッ⁉︎」
悲しげにひと鳴きした<フレイム・フォックス>は、見えない何かに首を刎ねられて崩れ落ちた。
“ふたつ、のこしたー”
「ありがとう」
“あいて、わかる?”
「ああ。マリアーナのダンジョン・コアだ」
「あら、さすが“死の風”」
こちらも気配のないまま、女の声が耳元で聞こえた。背を向けたまま短剣で薙ぐと、<ソイル・スライム>がさらさらと土塊になって飛び散る。
戦力として数に入れず、隠蔽にすべてを注ぎ込んだ高レベルのスライム。こんな極端な運用は戦力に余裕のある上位ダンジョンならではだ。残る一体は、このスライムの護衛だったはずなのに。
近くの草むらで、身の丈一メートル半ほどのカマキリが身を起こす。
「<虚無蟷螂>……いや、<首狩蟷螂>か」
クスクスと笑い声がした。まだいくつか、姿を隠した魔物がいる。察知しきれなかったのは能力が高いからではなく、能力が低すぎるからだ。おそらく、レベル1かそこらの<ソイル・スライム>。羽虫程度の魔力では、逆に探知の網から溢れる。
「もう無事に帰れると、油断した?」
無音で振り抜かれた蟷螂の斧を、アハーマは首を傾げて躱す。警戒して距離を取った虫けらを、一瞥して溜め息を吐いた。
ラウネの“鞭笞”は、一瞬も気を抜けないほどの脅威だった。速度も破壊力も、そこに込められた殺気と信念も。あれはゾクゾクするほどの恐怖だった。背筋を駆け抜ける興奮で、叫び声を上げそうになった。
……だというのに。
「お前の主人は、そう考えるのだろうな」
アハーマは【疾駆】で距離を詰め、<ビヘッド・マンティス>に短剣を突き入れる。飛び退こうとする相手に連撃を喰らわせ、振り払おうと伸びてきた前肢を掻い潜って首筋を撫でる。
関節の継ぎ目だけを的確に破壊した。小首を傾げた姿勢のまま狼狽る<ビヘッド・マンティス>は、自らが斬首されたことに気付いてもいない。
「……まったく、小賢しい」
マリアーナ・ダンジョンは、高ランクの冒険者ほど敬遠する。難易度も報酬も悪いものではないが、なんとはなしに癇に障る部分が多いのだ。
“嘲笑の声が聞こえるようなクソダンジョン”というのがマリアーナの評価だ。
“ほら受け取れ、この程度のアイテムで満足だろう?”
“どうした、こんな罠も避けられないのか?”
“また引っ掛かった、同じ罠に、同じ誘いに”
“残念だったな、行き止まりで無駄足だ”
ちまちまと襲ってきては逃げる魔物。不快な罠の配置。訪れる者を無駄に引き回す、退屈で無益な動線。死なない程度の悪意が、延々と追い込んでくる。怒りをぶつける者には、毒や崩落床で執拗な報復がある。
嫌がらせのような攻撃の合間に即死の罠を混ぜてくるから、苛立ったまま気を抜くこともできず無駄に神経を擦り減らせる。
挙句に人喰いの魔物が不定期に発生されて、その場にいる強者だけを嘲笑うように殺してゆくのだ。
あれはダンジョン爵の性格だろう。他者を掌の上で転がすのが楽しくて仕方がない異常者。おそらく、コア分身体も同類だ。
「これで終わりじゃないわ」
「その通りだ、マリアーナ。次は、お前だからな」
アハーマは笑いながら、背後の樹上にいた<ソイル・スライム>の一群を弾き飛ばす。
「……待ってろ。その薄ら笑いを、わたしが消してやろう」
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