砕けるものと遺るもの
この惨劇は<ワイルド・スライム>の視覚提供でお届けされました。
最前列どころか血飛沫かぶるとこだったわ。
「ラウネ、ご主人、終わったぞ」
「お、おーアハーマ、お疲れー」
なんか俺がラウネの亭主みたいな表現なのが気になるものの、その前に疑問がある。
「なあ、マール。ダンジョン・マスターって【物理攻撃無効】と【魔法攻撃無効】があるんじゃなかったっけ……」
「はい」
「はいじゃないが」
「スキルの拒絶と同様、あまりにレベル差が大きいと無効化されます」
無効化の無効化、つまりあれだ。
いまハラワタぶち撒けて呻いてるモルガ・ダンジョンのマスター。下手するとあれが俺だった可能性もあったわけだ。
「先に言っとけよ、それ……!」
「Sランクは、例外ですよ。ふつうレベル差があったところで“痛い”くらいです」
「い、痛いいぃ……!」
うん。痛いー言うてますが。溢れ出た腸を押し込もうとしてるのが痛々しくて見てられない。
「コア破壊以外では、死なないから大丈夫です」
「いや、ぜんぜん大丈夫じゃないよね。死なないけど、あの苦しみがずっと続くんだよね?」
「はい」
「だから、はいじゃないが!」
アハーマが、モルガのアバターに近付く。顔が腫れ上がり血を流しながら、立ち上がろうともがく彼女の目は飛んでいて、まだ意識が朦朧としているのがわかる。
「あなた、は……エルマール、の……」
「食客だ」
アハーマの立ち位置、本人的にはそんな感じなのね。いいけど。他の表現でこられるとリアクションに困っただろうしな。
「……あなた、コアを」
「そうだ。破壊しに来た。悪いが」
「……ありがとう」
「ん?」
モルガのアバターとアハーマが、奇妙な表情で見つめ合う。一方は腫れ上がった血塗れの顔で笑い、もう一方は怪訝な顔で首を傾げる。
「何の礼だ」
「……わたしを、わたしたちを、……解放、してくれることに」
解放、という言葉にアハーマは少しだけ頷く。
彼女もSランクになるまで修羅場は潜ってきている。いくつかダンジョン爵の最期を見聞きしてきたんだろう。それが必ずしもファンファーレで終わるような偉業ではないことも知ってるはずだ。
「……失敗だった。道を間違ったの。こうなったのは、……わたしの、責任。もっと上手くできる筈だった。もっと幸せになれる筈だった。……わたしも、マスターも。仲間たちも、……みんな」
「もう一度、やり直せると?」
コア・アバターは頷く。悔いはないかと尋ねるアハーマに、小さく首を振った。
「……もう、彼と会えないこと」
「こんな男に未練でもあるのか」
死なないはずが虫の息になっているダンジョン・マスターに、よろめきながら近付く。跪いた彼女は傍にいた<ワイルド・スライム>を見る。その先にいるはずの、俺たちを見据える。
「エルマール」
「はい」
「……ようやく、わかった。あなたの、言っていたこと。知らなかった。良き主人と出会うことだけが僥倖ではないことも。粗野で無分別な主人を失うのが、こんなに辛いことも」
「はい」
「今度こそ、上手くやってみせる」
「……はい」
アハーマがコアを砕くと、接続は切れた。
完全踏破直後は、ダンジョン封鎖と転送で魔力が乱れるらしい。
「モルガは、かつて大好きだったマスターを失って以来、新たなマスターと親密になるのを恐れるようになったんです。失うのが、怖いからと」
「うん」
「どんどん感情を消して。関係性を希薄にして。ダンジョンを強く大きくすることだけを考えて。それは成功していたように、見えたんですが。とても、危うくも思えて」
「忠告したのか?」
「そのときは、冷たくあしらわれましたが」
よくわからん。まるで、女子の会話を聞いた男の感想だな。
しばらくして、地上に出たらしいアハーマに抱きかかえられた<ワイルド・スライム>から視覚がつながった。アハーマもブラザーも無事だと聞いて、帰還を待つことにする。
「モルガ・ダンジョン攻略は彼女個人の功績ですから、Sランク中位からSランク上位に上がりましたね」
「……それって、具体的に、どんな感じなん?」
「エルマール・ダンジョンの三階層にドラゴンがいる、みたいな感じでしょうか」
「そんなに」
「しかも、大小二体」
「……ああ、うん。そうね」
人化アルラウネも、Sランクと互角以上に渡り合った豪傑だもんね。
今回は攻め込んできたモルガ・ダンジョンの魔物を百体近く屠った功労者だ。あれはあれで、見てるとちょっとしたホラームービーだったが。
「……あれ、どうすんの」
「あれとは、“親眷”による“不確定進化”ですか?」
いや待て、あれ進化か⁉︎ あの逆立ち全裸ゾンビが⁉︎ ぜったい違うと思うぞ⁉︎
俺の【使役契約】スキルによる人間のNPC化は解除して解放したのだけれども、アルラウネの“親眷”能力は解除不能だったのだ。
正確には、魔力的な繋がりを断つことは可能らしいのだが。同じ姿のまま自由行動を取るようになる。
緑色の動く死体が逆立ち歩きでダンジョン外に出たらヤバいなんてもんじゃないだろうと、魔物扱いでダンジョンに留め置くことにした。
「ラウネちゃん、落ち着いたら三階層に花畑を作るようですから、そこに活けられるはずですよ」
三階層は、行かないでおこう。スケキヨ畑とか、夢に出そうだ。
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