フラッド・タイド
「メイさん、拙いです! このままだと、総勢二百体以上の魔物を迎え撃つことになります!」
「知ってるよ」
「しかも、硬くて巨大な<厖大虚人>と<鋳型甲亀>が複数体。あいつらは、エルマールの戦力では倒せません」
「わかってるって。だから口ではなく手を動かせ」
俺とマールは多重展開した機能制御端末の画面に必死の入力をし続けていた。
上位ダンジョンの三勢力は、順調に南下してきている。狙いがエルマールか王都かは読めないが……到達まで、もう時間はない。
「二手に分かれました。モルガ・ダンジョンの勢力がこちらに」
三勢力のうち、主力は王都に向かったらしい。魔物の体数としては半分ずつだが、こちらに攻め込んでくる方は個体の魔力が低い。上空の<ハーピー>に偵察してもらったところ、戦力の主体は<ハイブアント>だ。こっちのダンジョンにもケイアンから来た<ハイブアント>が三十体ほどいるが、彼らとは鍛え方もレベルも桁違いだ。
「こっちに向かってくるのは……百体前後か」
「はい。<群居羽蟻>と<泥濘亜狼>、<徘徊大茸>です」
「勝てるか?」
俺の問いに、マールは微笑む。
「あの布陣であれば、互角以上の勝機はあります。それには、ダンジョン・コアの機能を使い切るつもりでいきましょう」
――【魔導防壁】【隠蔽魔法】――
「ダンジョンの一部でも【魔導防壁】で守れたりしないかな」
「できなくはないですが、魔物のレベル差、ダンジョンのランク差があると、気休め程度にしかなりません」
最初の頃にマールから聞いたな。ダンジョン・コアの魔力を上回る敵じゃなければ入り込めないって。
相手が上位ダンジョンの戦力となれば、たしかに気休め程度か。
「コアの処理負荷にならない程度に掛けておこう。ダンジョンの中層と、下層に」
「わかりました」
――【生成】――
「生成コストが一番低い魔物は」
「取得単価だけなら圧倒的に<ピュア・スライム>……ですが、戦力として運用可能なところまで成長させる前提なら、<ゴブリン>か<コボルト>です」
「ああ……どうだろ。ちょっと待って、画像ある?」
戦力としてどっちでも良いが、個人的に外見は大問題だ。<コボルト>には解釈がいくつかあるのでコンソールで画像を出してもらう。
当たりだ。ちっこくてアホっぽい人狼、みたいなタイプだった。
「それじゃ、新規の魔物は<コボルト>に統一する。ダンジョン生命力を一万だけ残して、その他みんな注ぎ込んで【生成】してくれ」
「<コボルト>だけで四百体以上になりますが」
「それでいい」
深層部で完成していなかった環境の整備もフルパワーで仕上げてゆく。
壁・床材は、いまだけなので単色の便宜的矩形で済ませる。罠や扉や橋、木や岩などの自然物も統一してデータの軽量化を図る。俺のなかの職業倫理が不満の声を発するが、無視だ。
調達コストも問題だが、あまり複雑なことをやるとコアに掛かる負荷が不安なのだ。
先史時代の超文明遺物かなんか知らんけど、動作が不確実でシステムに未完成部分が多く、過負荷を掛けると機能停止する。再起動するかどうかは運次第で、その間ダンジョンは罠も構造物も停止した“ただの箱”になるというから、コアを守る側からすると死活問題である。
「三階層の入り口は、封鎖するんですか?」
「しない。開口部はそのままだ。光源と誘導用の案内を非表示にする。あとNPCは全解放、武器と“体内魔素”と金目のものを奪って街道に放り出す」
「……ええと、捨てるくらいなら戦力化しては?」
「足手まといは要らない」
意識を取り戻した冒険者たちは、状況がよくわからないままゾロゾロと出て行った。生かしてはおいたが、オドはゴッソリ抜かれてレベル1になってる。冒険者としては、残念ながら“弱くてニューゲーム”だ。
その後の人生までは責任持てんが、また来ることがあったら歓迎してやろう。
――【合成】――
【合成】はダンジョン魔力と引き換えに行われる。
「<コボルト>は“体内魔素”が高いですね」
冒険者でいうとBランク相当のレベル20になるまで【合成】で掛け合わせる。五階層以降に配置するための強兵。レベルとともに知能も上がるので、コミュニケーションが取れるようになるんだろう。そういうワンコを捨て駒にしたくはないが、守り切れなければみんな死ぬのだ。
――【調達】――
いままで使う機会があまりなかったが、【調達】はダンジョン報酬点を消費して物資や環境を入手できる機能だ。ダンジョンのレベルアップによって制限解除され、中堅上位の冒険者が持っているような武器まで購入可能になっていた。
自分の武器も欲しくなるが、非常時なので断念。魔物としては手が器用な<コボルト>に、武器と防具を装備させる。
「<コボルト>たちの成長はどうなってる?」
「重ね掛けの【合成】と三階層での鍛錬で、現在レベル29、あと少しで30に到達します」
「すごいな。もう?」
目標値は20だったのに、この短時間で30まで来たか。数字だけなら冒険者のAランク相当だ。
【生成】生まれの純粋培養な上に【合成】での短期錬成なので過信は禁物だけどな。
「数は四百二十体から七十体まで圧縮されましたが、無属性の<コボルト>から火属性の<ラッシュ・コボルト>に進化しています」
コアに映った三階層の映像に、一糸乱れぬ集団が見えていた。二足歩行の柴犬みたいのが歩いている姿は可愛いけど、体格はエラいゴッツい。火属性なのを証明するように、<ラッシュ・コボルト>たちの尻尾からは鬼火のような光がゆらゆらと立ち昇っている。
試しに【鑑定】を掛けてみるが、なかなかの数値だ。
名前:<ラッシュ・コボルト>
属性:火
レベル:29
HP:2900
MP:2900
攻撃力:300
守備力:290
素早さ:320
経験値:190
能力:剛力、俊足、嗅覚、高揚、念話、紐帯
ドロップアイテム:ラッシュフリント
ドロップ率:C
下の桁数が揃ってるのと、上昇率にブレが少ないのは天然育ちと違うところか。
「いいね。彼らの得意な武器を渡してあげて」
「了解です」
――【連結】――
既知の地点に自由な行き来が可能になる転移魔法陣機能だ。残念ながら、いまは王都とケイアン・ダンジョンくらいしかない。王都は俺たちより強い敵集団に襲われてるところだし、ケイアン・ダンジョンは閉店後だ。
「完全踏破されたダンジョンは再起動までどういう状態になってる」
「休眠状態で、周辺の“外在魔素”を蓄積し続けています。開口部も通気口程度ですね」
「マナ充填まで、どのくらい掛かる」
「環境次第ですが、半年から一年です」
「ケイアンと【連結】しよう。こちらのマナを注ぎ込んで、コアを急速再生させる」
「それは、何のためですか」
少しばかり警戒した顔で、マールが尋ねる。
ずっと当て馬状態だったエルマールにとってケイアン・ダンジョンは鬼門なんだろうけど、そんなことを言ってる場合じゃない。
「冗長化だ。いざというときのために、保険として使う」
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