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侵攻

 エルマール・ダンジョンの入り口は、いつの間にか様変わりしていた。

 半日前までは緊張感のない集落が作られ冒険者たちを引き入れていたはずなのだが。いまは殺風景な洞窟の入り口が口を開けているだけだ。


「なぁクジョー。どうなってんだぁ、これ?」

“知るか。サッサと潰せ”


 マリアーナ・ダンジョンのマスターから素っ気無い返答を受け、モルガ・ダンジョンのマスター、イーサムは苛立ちを募らせる。俺はお前の手下じゃねえと怒鳴りつけたい衝動に駆られるが、いまは非常事態だと必死に押さえ込む。

 意図的に暴走させた魔物の群を率いて、ようやく到達した敵地だというのに。ここで手を(こまね)いていては計画が狂ってしまう。


「こんなもん、アイルにやらせろよ。こんなに長引いたのは、あいつのせいだろうが」


 エルマールに対処の時間を与えてしまったのも、西領府(カイストン)を落とすのに半日近くも掛けたせいだ。エイダリアのマスターであるアイルが、主力のはずの<厖大虚人(ヒュージゴーレム)>を統制し切れなかったのだ。あれのせいで、無駄な時間と手間と魔力を消費した。


“アイルと俺は王都に向かう。お前のアリに王都攻略(むこう)は無理だからな”


 武装した精兵が揃っている王都で、数の暴力は意味がない。対抗できるのはゴーレムのような“圧倒的な力による恐怖”だけだ。

 逆に<ゴーレム>は、狭いダンジョンへの攻略には向かない。巨体が通路を抜けられないからだ。ひとよりも小さく数と速度と強靭さを兼ね備えた<群居羽蟻(ハイブアント)>に任せるのは合理的な判断だと、頭ではわかっていた。


「……ちッ。モルガ、配置されている魔物を調べろ」

「はい、マスター」


 イーサムは自分のダンジョン・コアに情報収集を命じる。小柄な少女姿の分身体(アバター)は無口で無表情で痩せぎすのチビだが、分析能力だけはそれなりにある。


「ほぼ<スライム>です」

「あぁン? 何の冗談だぁ⁉︎」

「<スライム>以外では、<食肉妖花(アルラウネ)>が一体に、<半鳥女妖(ハーピー)>が十四。他は配置されず自生状態の魔物だけです」


 警戒していた自分が、急に馬鹿ばかしくなってきた。モルガ・ダンジョンの最深部で、イーサムはどっかと椅子に腰を下ろす。


「こっちの残りは」

「<ハイブアント>七十八。<泥濘亜狼(マイアコヨーテ)>二十四、<徘徊大茸(ワンダーマッシュ)>十一」


 カイストンで二割ほど減ったが、Cクラスに上がったばかりの青二才を潰すのには過剰なほどの戦力だ。


「コアを潰せ。総員、突撃!」


◇ ◇


 王都の正門では、衛兵隊が押し寄せる魔物と戦っていた。


「魔導師団、何をやっている! 押し返せ!」

「弓兵! 左翼を抑えろ! 重装歩兵、門を死守せよ!」

「ダメです、戦斧を弾くゴーレムやタートルに鏃など……ッ!」


 身の丈が四メートル(ニム)近い<厖大虚人(ヒュージゴーレム)>と、体長三ニムを超え強靭な外殻を誇る<鋳型甲亀(キャストタートル)>。それぞれ一体ずつだが、それが王都の南にある正門と北西東の副門すべてに取り付いているのだ。戦力の分散は免れない。

 巨大な魔物たちは、ゆっくりと前進しながら、戦斧も鏃も戦鎚も、攻撃魔法すらも跳ね返す。大物たちの間を埋めるように大量の<虚無蟷螂(バナティ・マンティス)>と<塵塊粘球(スラッジ・スライム)>が押し寄せ、衛兵の盾や金属甲冑すら切り刻み溶かしながら浸食してゆく。


「治癒魔導師!」

「無理だ、もう死んでる!」


 さらに厄介なのは赤黒い炎を噴く小型の狐、<炎熱妖狐(フレイム・フォックス)>だった。動きが素早く神出鬼没な上に、噴き掛ける炎が水では消えないのだ。それを浴びた兵士たちは黒焦げの死体になっても燻り続けていた。


「ぎゃあああぁ……ッ! 熱い、あついぃ……ッ!」

「もう終わりだ。ダンジョン爵どもを止められる奴なんて……!」


 これが戦場なら、敗走も時間の問題だった。しかし、城壁に囲まれた王都のなかに逃げ隠れできる場所などない。逃げようにも城壁の外は既に魔物で覆い尽くされている。

 死を待つのみという絶望が、衛兵たちの士気を踏み砕いていった。


「生き延びるのは、無理か」

「ああ。カイストンの二の舞だ。王都だけが助かるわけがない」

「法務宮に、密偵から報告があった。一万七千はいたはずの城塞都市から、逃げ延びられた者はいないとよ」


 西領府カイストン陥落の報を受けて、進路上にある王都の衛兵たちは敵を迎え撃つ準備に追われた。彼らは、貴族たちは逃げるための算段に終始していたことを知っている。

 逃げ落ちる先は、おそらく東領府マセルか南領府オファノン。ろくな護衛もなしでは、生きて辿り着ける確率は三割程度か。


「諦めるな! 衛兵隊の意地を見せろ!」


 無責任な言葉をがなり立てる指揮官の声に、答える者はいない。聞こえてくるのが後方の城壁上からというのが、兵士たちの士気をさらに萎えさせた。


「殿下が、言っておられた! 対抗できるダンジョン爵を呼ぶと!」

「……」


 そんな馬鹿な話があるか。彼らの心の声は、同じ言葉を吐く。

 満身創痍の衛兵たちにもたらしたのは、戦意でも希望でも何でもない。乾いた笑いと、諦観だけだった。

 魔物を操る人外の群れに、別の人外を当てる? しかも、王都に侵攻してきたのは王国でも最上位の、つまりは最強のダンジョン爵たちだ。そんな勢力に対抗できる者などいない。いたとして、信用できるかもわからない。

 もし対抗可能なものがいて、さらに信用できたとしても、だ。


「いったい誰が、何の得があって、そんなことをやるっていうんだ」


 いままで自分たちがダンジョン爵に、どういう扱いをしてきたのか。それを彼らがどう感じて、自分たちをどうしたいと思うか。王都を守る衛兵たちも。おそらくは王都の住人たちも。

 ようやく、理解し始めていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 寧ろ、今まで良く王国は生き残ってたと思うな。
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