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魔窟と魔境

 もし“魔物暴流(スタンピード)”の前兆となった事象が、ヤバげな連中の動いた結果だとして、だ。そいつらがどこの何者で、どのくらいヤバいのかを知りたい。


「とりあえず上位ダンジョンって、どことどこ?」

「Bクラスのダンジョンが、王国北西部のマリアーナと、中西部のモルガ。いま王国で唯一のAクラスが、西端のエイダリアです」


 あとはCクラスダンジョンが三つ。ケイアンがDクラスだったが、完全踏破(クリア)されてしまった。


 十三あるダンジョンのうち、既存はいまの七つ。残る六つは、叙爵されたばかりの新規ダンジョンだ。

 ()()が現在どうなっているか調べてみたが、俺たちエルマールの他はDクラスに上がっているのがひとつあるだけ。他の四つは完全踏破(クリア)されていた。


「新規ダンジョン爵でCクラスに到達しているエルマール(ウチ)が特殊な例なのか」

「はい。というよりも、新生ダンジョン爵は基本的に、生き残れる方が稀です」

「ひでえ」


 十二回も陥落するのも稀ですが……などと自虐の呟きを漏らしながら、マールは画面で王国の簡易マップを開いた。

 各ダンジョンの配置が表示されると、あまりにもアンフェアな構図が目の当たりになる。


「なにこれ、汚ねえだろ」

「そうですね。生き残ってCクラスまで育ったダンジョンは、軒並み僻地にあります」


 西端にあるAクラスのエイダリアだけでなく、既存のCクラスダンジョンがあるのは東端、北端、南端だ。王国の人口は中央部に集中しているので、延々移動しなければいけない遠くのダンジョンは訪れる者が少ない。

 その上、等高線ぽい表示を見る限り東西南北の端にあるダンジョンは山間部に位置している。


「さっきの……なんだかいうBクラスのふたつは僻地じゃないみたいけど」

「はい。ただ、西側でエイダリアと近い位置にありますね。なんらかの……()()()()にあるんでしょう」


 同盟なのか密約なのか、生き残るため互いに手を貸し合って……利用しあっているわけか。

 マールに訊いたところ、それを禁止するルールはないようだ。あったところで王国側が規制できるわけでもない。罰則は埋めるだけだしな。わざわざ王国西端まで埋めに行く手間かリスクを惜しんだか。その結果の増長で“魔物暴流(スタンピード)”を発生させたんなら、王国の自業自得だけどな。


「そういやケイアン・ダンジョン、同じ王都近郊なのに良く生き残ってきたな。他との提携とかもないんだよね?」

「……ええ、まあ」


 なんかマールが、言葉を濁す。


「ん? どうしたの?」


 王国の冒険者にとって、ケイアンは攻略が割りに合わないダンジョンとして有名だったそうな。

 狭く汚くジメジメして罠だらけの内部空間に、毒を持った虫系統の魔物。魔力やポーションの消費が大きいのに魔物から取れる素材の買取が安く、アイテムのドロップ率も低い。

 一時はCクラスまで上がったケイアン・ダンジョンだが、その後は次第にパラメータを下げてDクラスに落ちた。それは明らかに意図的なもので、ダンジョン爵というよりもコア分身体(アバター)の判断だったようだ。


「上手いな」

「え?」

最終目的(ゴール)が客の満足じゃなく生き残りと割り切れば、その方針は頭がいいよ。むしろ、なんで見習うダンジョンが現れなかったんだろう? 貴族としての自尊心?」

「それもありますが、まずは徴税が(とどこお)るからです。もしくは、攻略を防ぎきれなくなるか……」


 マールが画面に表示したのは、各クラスのダンジョン生命力(DHP)……要はコアの魔力量と、納税額だ。

 Eクラスの納税額は前に聞いたものの、他クラスの数値は初めて見る。


蛮勇()”クラス:魔力量(DHP)百万以上/税額金貨一万枚

恐慌()”クラス:魔力量(DHP)十万以上/税額金貨千枚

警告()”クラス:魔力量(DHP)一万以上/税額金貨五百枚

困難()”クラス:魔力量(DHP)五千以上/税額金貨百枚

簡易()”クラス:魔力量(DHP)五千未満/税額金貨五十枚


「EクラスのDHPは五千未満となってますが、実際は平均して千数百。多くは、そこから上がれないまま完全踏破(クリア)されます」

「ダンジョン爵って、マジで人身御供(ひとばしら)なのね」


 過去にケイアンが位置していたというCクラスだと、Dクラスに比べて魔力量が二倍なのに納税額は五倍。クラスアップのメリットが薄い。Bクラスまで行けば少し楽になるけど、望んで上がれるものでもなさそう。逆にEクラスまで落とせば納税は楽になるが、今度は攻略から生き残る力も落ちる。

 この世界でも、年貢は生かさぬよう殺さぬように決められているらしい。攻略対策に追われるか、金策に追われるか。


「俺には、ケイアンのアバター(あのダシガラ)が賢明な選択をしていたように見えるな」

「……彼女は、優秀なコアです」


 少し目を逸らして、マールが言う。ケイアンは今回の陥落まで、二回しか完全踏破(クリア)されたことがなかった。それは王国で二番目の記録だったらしい。

 彼女か彼女のマスターかが、生き残る能力に長けていたわけだ。


 ダンジョンの収支を見たことで、なんとなく違和感が払拭された。上位ダンジョンなんて圧倒的強者なんだから、魔力保持量(けいざい)的に少しくらい落ちてもドーンと構えていられないのかと思ってんだが。


「上位ダンジョンも、安泰じゃないんだな」

「はい。特に、新興勢力の出現は神経質になります。周辺の“外在魔素(マナ)”を食い合いますから」


 なるほどね。上位ダンジョンが位置するのは、北西部と、中西部と、西端。

 中央部の西に位置する俺たちエルマールが()()()のを見て、潰しに掛かってきたわけだ。


「“魔物暴流(スタンピード)”を起こすメリットが何かって、悩んでた。たぶん、根本から間違ってたんだな」


 上位ダンジョンのマスターたちが最優先に考えたのは、エルマールを生かしておくリスクだ。

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