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憎しみのかたち

「メイさん」


 アハーマとラウネが三階層に戻って行ったのと入れ替わりに、マールがこちらにやってくる。


「どうした、また何か攻めてきたか?」

「いえ。ちょっと機能制御端末(コンソール)を見てもらえますか」


 ダンジョンの状態を示す画面のなかに、いくつか点滅している数値があった。

 “外在魔素(マナ)”と“体内魔素(オド)”の現在値と上昇率と滞留濃度と流動範囲と……うん、俺には目的がわからない数値がいっぱい並んでいる。

 エルマールの数値で点滅しているのは、上昇率。さもありなん。ウチはマナもオドもレベルもクラスも、すべてが短期間で爆上げしたからな。


「この数値が、何か問題?」

「エルマールは、それほどでも。ですが、他のダンジョンは少し不安があります」


 彼女は画面を横移動(スワイプ)させて、各ダンジョンのデータを表示させる。チラッと見たケイアン・ダンジョンは“完全踏破(クリア)”とだけ表示され数値は消えていた。合掌。


「ここです」


 マールがグラフ化された画面を指す。表示されているのは、いくつかのダンジョンからピックアップされたデータだ。どれも最初にマナが大きく跳ねて、その後オドが急速に高まっている。


「ええと……周辺環境の魔素が急増して、魔物たちがその影響を受けた、ってこと?」

「はい」


 どのダンジョンも、数値が急上昇したのは四、五日前。叙爵式のちょい前くらいか。この世界の人間ではない俺には、理由が何かわからない。外在魔素が上がる原因に心当たりはないか、マールに尋ねると彼女もしばらく考え込む。


「う〜ん……」

「まあ、原因は後でいいや。他のダンジョンで不安があるというのは、なぜ?」

「このままマナの急上昇が続けば、中位ダンジョンで“魔物暴流(スタンピード)”が起こります」

「え」


 スタンピードって、あれか。魔物がダンジョンから溢れて人里を蹂躙する……事故? 事件? 災害?

 もちろんフィクションでしか知らないが、マールの顔を見る限り大変な事態だということはわかる。


 マールによれば、スタンピードというのは何らかの原因でダンジョン外の“外在魔素(マナ)”がダンジョン・コアの魔力量を上回ることで起きる。

 オドの強い方、マナの濃い方に移動する魔物の習性から、群れを成してダンジョン外に出てくるわけだ。

 ダンジョンから外に出た魔物たちは押し出されて後戻りできず、そのまま次に魔力の集まる場所――たいがいは大規模集落や都市――に向かう。


「ことエルマール(おれたち)に関して言えば、特にデメリットがないのでは」

「そう……ですね。おそらく」


 もしウチの魔物ボーイズんガールズが一斉に王都へと攻め込んだところで、止めたりしないし反対もしない。むしろ積極的に支援と応援をしよう。

 ただ、エルマールでスタンピードが起きる可能性は、かなり低い。ダンジョン・コアの成長が急過ぎてクラスのわりに魔物の数が少ないのだ。その魔物たちは軒並みかなりの高レベル。外で“外在魔素(マナ)”が急上昇したとしても動じたりしないだろう。駆け出してゆくのはせいぜい、【召喚(サモン)】したばかりの<ピュア・スライム>くらいじゃないだろうか。

 あとは、非常事態での挙動が読めないNPCとかも。


「……うん? なあマール、さっき“中位ダンジョンで”って言ったよね。なんで中位だけ?」

「AクラスBクラスといった高位ダンジョンになると、内部の魔力が高すぎて内外のマナ逆転現象が起きないんです」


 なるほど。ダンジョンの魔物たちが、高濃度の“外在魔素(マナ)”を求めて外に出て行ったりしないわけだ。

 逆に、低位のEクラスダンジョンは、溢れたところで“魔物流出”で終わり、“魔物暴流(スタンピード)”にはならない。


「Eクラスにメリットはない。高位ダンジョンのマスターが糸引いてんだろ」

「……やっぱり、メイさんから見てもそうなりますか」


 叙爵式と前後して、各ダンジョンの周辺でマナの急上昇が起きた、理由。

 マールが考えたのは、“六つの新規ダンジョンが急稼働した影響”、“周辺での環境変化”、“上位ダンジョン爵の謀略”だった。

 新規ダンジョンの稼働が原因なら、魔力は外よりダンジョン内の方が高まるはず。周辺環境は理由としてわかりやすいが、地図で見ると各ダンジョンに共通点がない。

 それより何より、明白な動機があった方が、俺の腑にはすんなりと落ちる。


「マール、A・Bクラスのダンジョン名とその位置を教えてくれ。ダンジョン爵の性格と、これまでやってきたこともだ。確実な話じゃなくても、噂話でもいい。知っているだけ、ぜんぶ頼む」

「どうしたんです? ずいぶん焦ってるように見えますが……」


 俺は首を振った。焦っているというよりも、確信している。

 マールが見せてくれた各ダンジョンの数値一覧には、下にスクロールすると高位ダンジョンのデータもあった。

 いまだ絶対値は高いものの、最近の数値はあまり良くない。少しずつ、確実に、長期的に落ち続けてる。

 小さいが致命的な問題が発生しているか、施策がことごとく間違っているか、数値の改竄が隠しきれなくなっているか、あるいはその素敵なハイブリッドだ。


「プライドだけ高い連中って、落ちぶれるとなりふり構わず汚い手に出ることがあるよな」

「はい」


 ケイアン・ダンジョンのように、最初から能力も大したことないなら、わかりやすい。対処もそう難しくはないんだけど。

 高いプライドには、理由がある。でも理由(それ)は呪いみたいなもんだ。過去の成功体験ほど判断を鈍らせ、足枷になるものもない。

 俺は、元いた世界のアレコレを頭のなかに思い浮かべながら、言った。


「落ち目になった()強者ってのが、一番ヤバい」

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― 新着の感想 ―
[一言] 「落ち目になった元・強者ってのが、一番ヤバい」 ↑ まぁ、史実でも落ち目になってから 名君が暴君になったってあるあるですからね...
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