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(閑話)レイヴェンズ・インテンション

 アチシは、<吟遊詩人(バーディック)大鴉(レイヴェン)>。自分以外に同族を見たことないくらい珍しい魔物。そして、ひとに嫌われる魔物のなかでも、さらに憎まれ蔑まれる異物。

 見た目は不吉だシ、声も汚いシ、得意な能力も魔女みたいだシ。おまけに古い伝承に魔女の眷属として悪の限りを尽くしたって話が伝わってるせいで、存在自体がキモチ悪いなんて忌み嫌われてるみたい。

 それでも関係ないシ。悔いても嘆いても黒が白に変わったりしないシ。アチシはアチシとして、生きてくしかないんだシ。


 アチシの能力といえば、暗闇に溶けて姿を隠す“纏闇”、黒いクチバシで肉を貫く“啄撃”、魔物にとって高位の存在と心を通わす“啐啄”、呪詛や悪業を(はら)う“屍吟”、悪霊を浄化する“冥誦”、先に起こる不幸を読み取る“豫知”。

 どれも上手く使えば役に立つのに、アチシが独りでいる限り何の意味もないものばかりだシ。


 戦う力は強くないし、飛ぶ力も大したことない。大きくなるまで魔物はもちろん、鳥や獣にまで襲われてボロボロにされて。いままで生き延びてきたのは、ちょっとした奇跡みたいなもんだったシ。


 ある日、その奇跡も品切れになって。死にかけてたアチシを拾ってくれたのはご主人様(マスター)だったシ。

 招き入れられたクーラック・ダンジョンは、この世の楽園だったシ。空も森も、風も水も綺麗で。こんなに美しい場所を、アチシは初めて見たシ。誰もアチシを苛めない。追い払ったり石を投げたりしない。マスターもアチシを嫌わない。

 それどころか、褒めてくれたシ。このアチシを撫でてくれて、綺麗な羽根だって。すごい能力だって。利口な良い子だって、笑ってくれたシ。


 ああ、アチシは、マスターのもの。身も心も能力も魔力も、血の一滴までみんな、マスターのために使うんだって決めたシ。

 でもマスターは、そんなの望んでなかったシ。ダンジョンの魔物たちには、早く大きくなって、もっと強くなって。ここを出て、もっと広い世界で。多くの仲間を見付けて、自分のいるべき場所で家族を作って、幸せになるんだって。何度も言ってきたシ。

 マスターは、すごく優しくて賢いのに。何度言っても、そこだけはわかってくれなかったシ。


 アチシは、もう幸せだったのに。自分のいるべき場所なんて、とっくに見付けてたのに。


◇ ◇


「みんな逃げろ、早く!」


 叫ぶマスターの声を聞いて、ダンジョンの魔物たちは一斉に飛び立って。

 そのとき、アチシはヘンなこと考えてたシ。マスターが集めた魔物たちも生き物もほとんどが鳥ばっかりなのって、すぐに逃がせるようにだったのかなって。このダンジョンから。この国から。

 自分のもとから、すぐに。遠くに。


 その悲しい思いが、アチシを縛って。どうしてもダンジョンから、逃げられなかったシ。それが良かったのか悪かったのか、わかんないけど。先に逃げた魔物たちは、待ち受けていた金ピカの魔導師に捕まって使役魔法(テイム)を掛けられちゃったシ。マスターはアチシたちを解放しやすいようにって、あんまり無理なレベル上げもさせなかったシ。テイムも掛けてくれなかったから、悪意を持った相手にとってはチョロいカモだったシ。


「投降しろ、ギルベア」


 マスターは、踏み込んできた金ピカの悪者に抵抗しなかったシ。マスターが歯向かうなら、そいつにテイムされたダンジョンの魔物たちを殺すって言われたから。そんなの、罠に決まってるのに。放って逃げてくれれば良かったのに。でも、それができないのは、わかってたシ。だから。そんなマスターだから。

 アチシは、生涯の主人(あるじ)だと決めたんだシ。


 ダンジョンの入り口は、出てすぐコア分身体(アバター)のクーラックが塞いだから。それ以上に攻め込んでくる奴らは止められたけど。“外在魔素(マナ)”の流入が止まったダンジョンは、ゆっくり死に始めていったシ。

 アチシが必死でマスターに念話を送ったら。マスターは逃げろって、もういっぺん伝えてきたシ。助けは必要ないって、自分のために君が傷付くようなことをしてはいけないって。

 でもアチシは、それを無視した。初めてマスターに反抗した。


「出られねえじゃねえかよ、クソが!」

「ふざけやがって! 外に連絡は……」

「畑に火を放て」


「「え?」」


「一階層の麦畑を燃やせば、あの馬鹿マスターも慌て出すだろ。入り口を開けてくればこっちのもんだ」

「へへへへ……ッ、そりゃいい」

「さっさと済ませようぜ、南領府(オファノン)にエルマールのマスターが忍び込んできてるって話だからな」

「そいつも捕まえれば、俺たちは一気に出世すんのも夢じゃねえか」


 閉じ込められたダンジョンを荒らそうとした兵隊を、アチシは殺した。初めて、ひとを手に掛けた。

 闇に溶ける“纏闇”で姿を隠して、“豫知”で兵たちの挙動と行動を読んで。“啄撃”で肉を千切り、首を切り裂き、目玉を抉って。十人以上の男たちを屍に変えた。

 マスターが好きだって言ってくれた黒い翼は、薄汚い血で赤黒く染まったけど。悔いなんてないシ。


「……ば、化物……」


 引き裂いた仲間の目玉を引き摺り出すアチシを、死にかけの兵が睨み付けてくる。腹から臓腑(はらわた)を溢しながら。こいつら自分が悪いなんて、ひとつも思っていないシ。アチシを忌み嫌ってきた人間は、いつもそうだシ。アチシを殺そうとするのに、自分たちは殺されると思ってなかったみたいだシ。


「……待、って、て……ます、た……」


 飛び立とうとしたアチシは、ふらついて倒れそうになった。片羽が折れてるのに、そこで気付いたシ。身に塗れただけだと思った血が、自分の腹からも出ていることに気付いたシ。でも、ここで死んだら、お終いだシ。

 もうひとりの、マスター。領府に来てるって、兵隊が言ってた。それがどんなひとか、知らない。助けを求めて良いのかも、わからない。それでも。


「……そのひとなら、きっと力を、持ってるシ。……兵隊でも、……金ピカでも、ないシ」


 味方じゃなくても、敵の敵だシ。アチシは岩の隙間を擦り抜けて。魔導防壁の境界をこじ開けて。ボロボロになって外に出たシ。

 目の前がチカチカして。昼か夜かもわからなくて。知らない魔物の強い気配だけを頼りに飛んで、どんどん目の前は暗くなって。フラフラ飛んで引っ掛かった木の枝に止まったら、動けなくなって。何にも見えなくなって。これ、もうダメかなって、思って。


「ねー」


 どこかから柔らかい声が、聞こえてきたの。これ、夢かな。アチシ死んだのかな。ハッと気付いたら、木の側でこっちを見上げてる人間と魔物の気配が感じられたシ。


「ギョオォェエエエェ……ッ!」


 アチシは、助けてって叫んだ。最後の力を振り絞って、声の限りに叫んで、気付いたシ。

 アチシの絶叫が、ひとの言葉じゃなかったって。魔物の絶叫だシ。伝わるワケないシ。アチシって、ホントに馬鹿。託された役目も満足に果たせない能無しだシ。


 ごめんね、ご主人様(マスター)。アチシ、役立たずでごめんね。力がなくて。何もできなくて。

 でもアチシ、マスターのためになりたかったシ。ホントに、世界中でひとりだけアチシを認めてくれた、アチシの力が役に立つって、闇夜みたいな黒い羽が綺麗だって言ってくれた、マスターのためになりたかったシ。

 誰かが近付いてくる気配が感じられて。アチシ、死ぬのかなって。そして。


 何もかもが真っ黒な闇に呑まれていったシ。

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