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延焼する感情

「マール」

“お任せください、メイさん。負傷者の救助に<ホワイト・スライム>を送りました”

「いや、そうじゃなく……って、<ホワイト・スライム>? そんな魔物()、初耳なんだけど」

“最近、<ピュア・スライム>から不確定(ランダム)進化した個体です。戦闘能力は低いですが、治癒能力があります”


「きゅい♪」


 壁をすり抜けて、乳白色の<スライム>が現れた。しゅたっと細い粘糸()を挙げるところからすると、この子のようだ。【鑑定】を掛けると、確かに<ホワイト・スライム>と出ている。


名前:<ホワイト・スライム>

属性:無

レベル:20

HP:1800

MP:2300

攻撃力:90

守備力:135

素早さ:189

経験値:195

行動パターン:隠形、治癒、浮遊、防壁、透過、念思

ドロップアイテム:ヒールリキッド

ドロップ率:C


「きゅ!」


 まだ言葉は出ないようだけれども、俺の頭にフワッと情景が浮かんだ。マールの指示により、エルマール・ダンジョンの<半鳥女妖(ハーピー)>に運んでもらったようだ。


「なるほど、いまのが“念思”か」

「きゅい♪」


 負傷者はこちらですねーって感じで自主的に牢へと移動する。

 バレーボールほどの身体を大きく広げると、牢で転がっている血塗れの領主を包み込んだ。半透明の膜に包まれた領主からシュワシュワと泡が出始める。まさか溶解してるんじゃないだろうなと不安になるが……おそらく、それが治癒の方法なのだろう。

 南領のトップなんて助けてやる義理はないものの、ここで死なれると情報が取れない。衛兵隊長は全身捻り上げられて、絞った雑巾みたいになってるしな。虫の息で痙攣してるが、どう考えても助からん。助ける気もない。

 むしろ助けてやるとしたら、もうひとりの方だ。


「マスター、しっかりするシ!」

「おいカラス、お前のご主人は……お、おう」


 領主も瀕死だが、こっちもなかなかの惨状だ。クーラックのダンジョン・マスター、ギルベアは聞いていた通り何の変哲もない中年男。たぶん面識はない。レベルで上回る衛兵隊長(シュムテル)に拷問されたのか、枷と鎖で壁に拘束された身体は半裸で肌がズタズタに傷付けられている。

 死にはしないんだろうが、ただ死なないだけ。永遠に終わらない苦痛を味わわされる。俺の意を汲んで、頭上のブラザーが枷と鎖を一撃で破壊してくれた。


「サンキュー、ブラザー」


 <ワイルド・スライム>は崩れ落ちるギルベアの身体を受け止めて、床に横たえる。カラスがすがりついて声を掛けるが、反応はない。カラスが小さく揺すると、ゆっくりと目が開いた。意識が朦朧としているようで、ボソボソと譫言を漏らしている。


「<ホワイト・スライム>、終わったらこっちも頼めるかな」

「きゅい!」


 牢の隅を見ると、女性が転がされていた。傷付けられている様子はないが、ピクリとも動かない。こんなところにいるんだから当然これがコア分身体(アバター)なんだろう。両手両足を縛った縄を解きながら手に触れると、妙に冷たい。


「マール、これ……」

“クーラックです。ご心配なく、魔力温存のため休眠状態になっているだけです”


 魔力を温存? なんのために。逆襲の機会でも伺っていたか?

 いまいちピンとこない俺の疑問に、マールが答えてくれた。


“いまクーラック・ダンジョンは自らの手で埋められたような状況ですから”

「ああ、そうか」


 ダンジョンの生存に必要な開口部を、彼らは防衛のために塞いでいる。敵の侵入を防ぐためとはいえ、毒を吸わないように息を止めるようなものだ。いつまでもは持たない。

 それを少しでも長引かせるために、アバターが機能停止を選んだというわけだ。


「帝国軍は、まだ諦めずにダンジョンを攻め落とそうとしてるのか」

“むしろ、あと少しで入り口の壁を突破するところです”

「……敵の数は?」


 俺の目の前に、モニターが開いた。洞窟のなか、数十人の兵士たちが見えた。台車に乗った破城槌のようなもので、光る壁を砕いている。切り替わった画面では、山中に停められた大量の馬車と物資を運ぶ男たち。


“ダンジョン周辺に布陣しているのは総数で八百ほど。ほとんどは収奪のために編成された輜重(しちょう)兵と後方部隊なので、正面戦力としては二百を切ります”


 それでも二百近くはいるのか。多いような少ないような。

 ブラザーたちに頼んで蹴散らすか。俺がそこまでする理由もないような気はする。助ける義理はないから、これは損益の問題でしかない。陥落であれ自滅であれ、ここでクーラック・ダンジョンが消えることと、わざわざ助けるリスクとコストの。

 穀物だけで採算を考えると、利益に見合わないのは明白だ。エルマール・ダンジョンで食糧を必要としているのは流民たちだけ。余剰を転売するにも友好関係にある市場がない。納税もなくなったいま、俺たちは特に貨幣を必要としてもいない。

 だから。


「ますたー、からす、たすける?」


 ああ、そうだ。ブラザーが正しい。結局のところ、問題は個人の感情だけなんだ。

 南領も、クーラック・ダンジョンも関係ない。


「おいカラス。お前、ご主人様を助けたいか」

「……あ、当たり前だシ!」

「それじゃ、いますぐクーラック・ダンジョンをエルマール・ダンジョンと【連結】しろ。それが、お前らに手を貸す条件だ」

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