イフ・アイ・ワー・ザ・バード
「兄弟ゲンカは他でやってくんねえかな」
「あ?」
カラスが飛び立つと、“纏闇”とかいう彼女の能力の効果圏外になったらしい。俺の姿が目に入った金ピカ衛兵隊長は、剣をこちらに向けて身構える。
「魔物……いや、その気配。ダンジョン・マスターか」
「なあ、バアアアァード?」
御託を無視して挑発に走る。カラスがご主人様の待つ牢に入り込んで、何やらやっているようだしな。時間稼ぎくらいしてやろう。
「なーに、してんだぁ? お前なんぞ歯牙にも掛けない絶対的強者様が、わざわざ出向いてやったんだぞ? ホラ、呼べよ。お前の、鳥たちを、さぁ?」
シュムテルは屈辱も怒りも、感じてはいるようだ。が、まだ警戒心の方が優っている。何を企んでいるのか、罠でもあるのかと、周囲に視線を向けている。半分正解だけど、牢の方を見ちゃダメだって……!
「なぁーにビクビクしてんだよぉ。剥き身のお前じゃ勝負以前に、俺の一方的なイジメにしかならんし? つまんねえーから、サッサと呼べっつってんだよ。ゆうべ、みてえになぁ?」
「貴様、まさか昨夜の……!」
「ああ。お前のバアァードちゃんたちは、俺が、また、ぜーんぶ食ってやるからよぉ?」
なんだか、演技に無理が出てきた。キャラは少年漫画の不良をイメージしているのだけれども、俺のなかの年齢相応な自我が悲鳴を上げて身悶える。
知り合いのいない世界で、あとスマホとSNSのない世界で良かった。
「ただで、済むと思うなッ!」
足下に魔法陣ぽいのが展開されて、使役魔導師に召喚能力があるのを初めて知る。
何を呼ぼうが、狭い通路を地下牢まで入ってこれるのはコウモリくらいだろう、なんて思っていた俺が甘かった。巨大な鳥が衛兵隊長の背後に現れる。シルエットでしかわからんが、あれは……ヤバい。
身体は猛禽タイプで、たぶん嘴から尾の先までは一メートル半くらい。だけど、脚の長さも同じくらいある。直立状態で頭頂部までの高さは二メートル半ほどだが、その半分以上が脚なのだ。
「マール、何あの鳥。バランスおかしいんだけど」
“<蹴殺蛇喰鷲>、鳥型魔物ですがあまり飛ばず、長く強力な足で攻撃してきます。小型の龍種まで蹴り殺して捕食すると言われます”
すげえ、ほとんど恐竜だよ……いや、恐鳥? それは別系統だっけか。
昨夜は金ピカ衛兵隊長の使役魔物として、管制役の司令塔<隠者拗梟>、監視役の<囀鳴躍雀>、攻撃役戦闘員の<呪詛蝙蝠>と見てきたが、切り札がこんなだとは思ってなかったな。
「ブラザー、いっぺん退くか?」
「ぜんぜーん、へいきー♪」
全然、ですか。我らが強者は、相変わらずの平常運転だ。
念のため【鑑定】を掛けてみると、弾かれず通った。しかしパラメータは少しばかり違和感のあるものだった。
名前:<蹴殺蛇喰鷲>
レベル:28
HP:2800
MP:2800
攻撃力:280
守備力:280
素早さ:280
経験値:110
能力:蹴撃、啄撃、貫鏃
ドロップアイテム:サジタリアスフェザー
ドロップ率:D
弱くはない。冒険者で言えばAランク直前、並みの人間なら一瞬で殺されてしまうんだろう。けど、この妙に数値が揃った感じ、ダンジョンの【生成】で生み出された魔物を【合成】でレベル速成したんじゃないか?
「これ、クーラック・ダンジョンの魔物なんじゃないのかな……?」
「ていむで、うばわれちゃった?」
「かもな」
もしかしたら他の鳥たちも、そうなのかも。俺の考えを読み取ったのか、ブラザーから“なるほどー”って感じの意思が返ってくる。その意図が伝わってくる。
――だったら、使役者を殺せばいい。
ブラザーは魔物だけあって現実主義者だ。俺のように無意味な悩みや迷いを持たない。理想も思想信条も行動理念もシンプル。そんな<ワイルド・スライム>の総意が伝わってくる。
殺しちゃった鳥たちは、しょうがない。悔やみはしないし間違っていたとも思わない。それでも。
意に沿わぬ死に方をした魔物たちの無念は、ここで晴らさせてもらうと。
「蹴り殺せ!」
金ピカ衛兵隊長が金切り声を上げて、命じられた<サジタリダエ>が向かってくる。俺の頭上にいるベレー帽が強者だと見て取ったらしい。頭を下げた突進から跳ね上がって、俺の頭ごとブラザーを蹴り殺そうとした。
ひょいと球形に広がったブラザーは俺の身体をホールドしながら転がって蹴撃を躱し、衛兵隊長に迫る。
「舐める、なああぁ……ッ!」
戦闘能力に劣るコンプレックスからか、激昂したミスター可愛い子ちゃんは拳を振り回す。兄貴の血に塗れた剣はブラザーにへし折られたからな。
「ほいさー!」
突き出された拳はブラザーのワイルド触手にあっさりとキャッチされ、スクリュー状の回転が始まる。いつもより低速なのは彼の怒りの表現か。まずは手首が、続いて肘が、肩が、上半身が続いて下半身に及んだところで強大な回転力が肉体の耐久力を超える。
「……ッちょ、まあぁ……ッ⁉︎」
段階的に骨が砕けながら<ワイルド・スライム>の触手に巻き付くように変形していった。衛兵隊長の身体は一拍遅れて振り回される。まるでカートゥーンのダメージ表現だが、目の前に展開する惨劇にコミカルな要素は微塵もない。
「もー、だいじょぶ、だよ?」
くにゃくにゃにの骨抜き状態になったシュムテルを放り出して、ブラザーは俺の背後に声を掛ける。
振り返ると、こちらを見た<蹴殺蛇喰鷲>がポカーンとした顔で、動きを止めていた。
「わるいの、ばーんて、なったから、ね?」
笑顔のブラザー、チョー男前。
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