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再びの領府

ちょっと頭回らないので、後でリテイクするかも

 俺と<ワイルド・スライム>は領府に入る。もう陽が昇っているので、騎乗形態のブラザーで飛び越えるのは中止。一般人を装って、正門から徒歩でだ。

 “変身”能力でワイルドなベレー帽になったブラザーは衛兵に見付かることなく正門を通過できた。

 入都税とかで銀貨を取られたが、そんなもん王都でもなかったぞ。ここの領主は守銭奴か。

 ウザギャル系<吟遊詩人(バーディック)大鴉(レイヴェン)>はいったん飛んで行ったが、領府に入った後で舞い降りてきた。


「俺たち正体バレてないのか」

「ねー?」

「だいじょぶと思うのよネ? 衛兵たち、“変な服着て魔物に乗った男”を探してたシ?」

「それ完全に俺じゃん」

「アチシの見たトコ、いまのカッコ、ぜんぜんダンジョン爵に見えないシ?」


 変装成功かと安心しかけた俺たちに、マールから報告が入る。<インヴィジブル・スライム>の調査によれば、何人か俺たちを監視している者の姿があると言う。

 そんじゃ俺たちはバレてないんじゃなく、泳がされているだけか。


「その監視、特徴か目印はあるかな」

“見た目は、どこにでもいる商人。ただ気配が極端に弱いそうです”

「単に弱っちい相手、ってことはない?」

“気配を殺す商人はいません。おそらく、隠形能力に長けた強者かと”

「了解、注意しとくよ」


 ブラザーとウザカラスにも伝えて、いざというときの動き方を共有しておく。

 どのみち目的地は領主館だ。夜間の侵入では見えてなかったが、いまは見渡しただけですぐわかる。

 領府の中心部に(そび)え立つ、偉そうな尖塔付きの建物。二階建てがせいぜいの領府で、城のような領主館(それ)だけが倍以上高く大きい。

 というわけで見えてはいるんだが、距離は二、三百メートルほどある。おまけに侵攻への対策か、道が繋がっていないようでルートが読めん。これは上空管制でも受けないと延々と迷いそう。

 空を見上げてはみるが、いま<半鳥女妖(ハーピー)>の姿はない。


「ますたー、こっちー」

「待てブラザー、道わかるの?」

「だいじょぶー、みんな、しらべてくれたー」


 なるほど。先乗りしていたエルマール・ダンジョンのメンバーたちが情報を集めてくれてたわけか。

 いくつか通りや裏道を通過したところで、頭上のワイルドベレー帽(ブラザー)がトントンと頭を突いて注意を引く。


「ますたー、へんなの、いるー」

「変なのって?」

「後ろから、なんか来たシ。注意してよネ?」


 カラスの警告とほぼ同時に、肩に掛けていた携行袋が奪われた。振り返ると、奪った袋を抱え込んで細い路地に駆け込む子供の後ろ姿が見えた。引ったくられたのではなく、紐が刃物で切られたようだ。窃盗の常習犯にしては幼く貧しそうな身なりだったが、ずいぶんと用意周到だな。

 動こうとしたブラザーを押さえる。問題は実行犯ではなく、その裏にいる誰かだ。


「つかまえないのー?」

「ああ。あれ、大人が命令してるんだよな?」

「そー。いま、にもつ、とってきた、こども、けっとばしたー」

「またそんなクズかよ……」


 あの携行袋、徒歩の旅人が手ブラも怪しまれるかと用意しただけのダミーだ。中身は服を見繕ったとき、その辺の雑多なガラクタを適当に突っ込んだだけのもの。盗まれて困ることはないし、何を入れたか覚えてもいない。


“メイさん、その先で武装した集団が待ち構えています”

「そうみたいだな。どうせ、ただの犯罪者じゃないんだろ?」

“ならず者に扮した兵士のようですね”


 監視からの報告によれば、腰に片手剣を提げた手槍持ちが三名、遮蔽の陰に弓持ちが二名。他に剣のみ装備の男がひとりいるというから、これは指揮官か。


「強行突入する?」

「うん、だいじょぶー♪」

「全然だいじょぶじゃないシ⁉︎ なんで逃げたり避けたり裏をかいたりしないシ⁉︎」

「……その発想はなかった」


 絶対的強者に囲まれて過ごすうちに、いつの間にやら脳筋的思考になってしまっていた。自分の能力でもないのに。反省すべきかどうかは迷うところだが。


「もう、きちゃったー♪」

「しょうがないな」

「何でアンタたち、そんな嬉しそうだシ⁉︎」


 見ただけでわかるヤバげな連中の登場に、裏路地からは一瞬でひと気が消えていた。


「妙な動きをすれば殺す」


 俺を囲んだ三人が手槍を突きつけてくる。弓持ちは聞いてた通り、少し離れた遮蔽の陰で警戒中だ。情報を得るため、ブラザーに少しだけ攻撃を待ってもらった。

 剣を持った男が、俺の正面に立つ。


「それを寄越せ」

「それって、どれ?」

「そのクソ鴉だ! 邪魔しやがっと殺すぞ!」

“メイさん、偽装兵士(そいつら)の訛り、ルスタ王国のものです”


 男の声を聞いたマールが、俺に伝えてくる。ルスタ王国は、南領伯ナリン・コーエンと内通した敵。しかし、そいつらがなんだって内通者の領府内(おひざもと)で偽装してる?

 おまけに、狙っていたのは俺ではなく<吟遊詩人(バーディック)大鴉(レイヴェン)>。

 もしかして俺とブラザーは素性バレてない? なんて思ってると、当のカラスが俺の肩でプルプルし始めた。


「……こ、こいつ……こいつだシ! アチシたちのご主人様(マスター)を、領主館に閉じ込めたの! ぜったい許さないシ!」

「お前に重傷を負わせたのも、こいつらか」

「それは金ピカの衛兵隊長が使役(テイム)してた魔物だけど、(けしか)けたのは、こいつらだシ!」


 なるほど。南領とルスタ王国で、まだ一部に協力関係は維持されていると。利害が一致しているところだけだろうな。カネとか権力とか、大量に確保される穀物とかな。


「金ピカの使役する魔物たちは、ほとんど俺たちの仲間が倒したはずだけどな」

「そうネ。捕まってたアチシは、その隙に逃げられたケド。ホント、死ぬトコだったシ!」


 逃したのか助けを呼びに行かせたのかは知らんが、カラスの脱出を手引きしたのは彼女のご主人様であるクーラック・ダンジョンのマスター、ギルベアか。

 南領主とルスタ王国の関係は朧げに理解したが、ダンジョン爵の立ち位置(ポジション)がイマイチわからん。なので、指揮官らしい男に向かって単刀直入に訊いてみた。


「お前ら、もうダンジョン・マスターとコア分身体(アバター)押さえてんだろ? そんじゃ、こんなウザいカラスなど要らなくね?」

「「「!」」」


 通りすがりの部外者と思われ威嚇と脅迫の対象でしかなかった俺が、そのひと言で一気に敵へとジョブチェンジだ。

 剣は抜かれて手槍は構えられ、弓も引き絞られているのが視界の隅に見える。


「いいよブラザー」

「あいさー♪」


 振り被った剣は収納されて消え、目にも止まらぬ早技で伸ばされたスライムボディが、ぐりんと手槍ごと偽装兵士たちの両腕を捻る。あまりに速すぎ強すぎる力でスクリュー回転された槍持ちの両腕は、柄に硬く巻きついて固まっている。その骨がどうなったのかなど、考えたくもないほどの光景だ。


「「「ぎゃあああああああぁッ⁉︎」」」


 兵士たちを殺さなかったのは、まだ話が終わっていないというブラザーの気遣いだろう。両腕の粉砕複雑骨折が、この世界でどのくらいの重傷なのかは知らんが。


「ほら、答えろ」

「ろー」


 剣を喪いバランスを崩した指揮官の男を蹴り倒して、俺は指を突きつける。途中で矢が飛んできたみたいだけど、キャッチしたブラザーが同速で射返したようだ。離れた場所で悲鳴が上がって、そのまま静かになる。


「……そ、そのカラスは、“実務担当秘書(セクレタリ)”だ! だ、ダンジョンの物資調達や、移送の管理を……アバターから、引き継いでいるッ!」


 なるほど。このカラスは番頭さんか。そこに逃げられてしまっては、大旦那と女将さんだけ捕まえても店の財産を奪えないと。こいつら、クーラック・ダンジョンで生産された物資を、南領主経由でルスタ王国に持ち込む計画なんだろう。それは別に好きにすりゃいいけどさ。


「なんだかなあ……」


 当初は口が固かった指揮官だが、腕を片方ずつ()()()()()()にされると面白いくらいに全てを吐いた。領主もダンジョン・マスターと同じく領主館の地下牢に幽閉されているそうな。要するに、ダンジョン爵と領主の蜜月を丸ごと奪うという計画なワケだ。

 この謀反の首謀者は、領府の金髪衛兵隊長(バード)。領主の弟で、空飛ぶ魔物を使役する元A級冒険者だ。衛兵隊長は領主館を占拠して、ダンジョンの物資移送を条件にルスタ王国への亡命を希望している。


「戦力を再編して、ダンジョンを陥落させるつもりらしいが……計画を成功させる鍵がお前だとはな」

「アチシは、ご主人様(マスター)の言うことしか聞かないシ! だから、アチシがいる限り、マスターの身は守られるってことだシ!」

「え? いや、まあ……そうだけどさ」


 カラスは首を傾げて、俺を見る。自分の身が危ないとか、あんまり気にしている風ではない。

 テイムされた魔物たちの迷いのなさって、俺からすると少し違和感がある。なんぼなんでも、そこまで入れ込まなくても良いのではないかと、別のダンジョンとはいえマスターの身ながら思ってしまうのだ。


「あの金ピカが無事ってことは、アチシを襲ってきた鳥の魔物たちは、まだ生きてるんだネ?」

「数は激減してるけどな。殲滅するか?」

「え、なんデ?」


 なんでと言われても。自分が寄ってたかって嬲り殺しにされかけたのに、報復を求めないのか。カラスってば不思議そうな顔で俺たち、というか俺を見る。


「アチシだって、マスターに命じられたら迷わず従うシ。恨みがドーとか、卑怯がコーとか、関係ないシ」

使役(テイム)されてると……断れない?」

「断らないケド、アンタの考えてるのとは、ちょっと違うシ」

「え?」

「アチシたち、強制されてイヤイヤやるワケじゃないシ。それがマスターのためだと信じてるからだシ。だから、アイツらがムチャクチャ必死にやってくるとしたら……」


 なんでかカラスは、少し幸せそうに笑った。


「それだけアイツらがマスターと、気持ちがつながってるってコトだシ?」

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