白き悪意と黒き善意
「勘違いしないでよネ! ちょっと優しくしてくれたからって! アチシなびかないシ! アチシらの心は、ご主人様のものだシ!」
ウゼぇ。
死にかけの<吟遊詩人大鴉>、回復したら喋り出した。……が、なんかキャラが思てたんと違う。ひと昔前のギャルっぽい口調は自動翻訳の問題かも知れんが、ウザキャラなのは変わりなさげ。
「ますたー、たすけたの、しっぱい?」
「そうな……」
蘇生回復させたのが失敗とまでは言わんが、正直ドキドキして損した感はある。ひとんちの忠臣を助けたところで、俺たちにメリットはないのだ。その忠臣が求めるものが俺たちの助力となれば、なおさらだ。
「ああ、うん。そんじゃ、おつかれしたー」
「あ、ウソちょっと待って!」
カラスをスルーして帰ろうとしたら止められた。なんだよもう……
「この通りだシ! 助けてくれるなら土下座するシ! なんでもするシ!」
目の前に転がってバサバサして何かと思ったら、土下座だったのね。
彼女――カラスの性別なんて気にしたこともなかったけど、女の子だった――の説明によれば、やはり救援を求めているのはクーラック・ダンジョンのマスターだという。南端の穀倉地帯としてアーレンダイン王国の食糧生産を支えていたクーラック・ダンジョンは、モノル帝国軍の攻撃を受け陥落寸前なのだとか。
「入り口を封鎖して、必死に頑張ってるとこだシ!」
「ちょ待て。それじゃ、俺たちも入れないじゃん」
「ご主人様いるの、そこじゃないシ……」
マスターを助けてほしいって言うから目的地はコアのあるダンジョン最深部かと思えば、どうやら領府オファノンにいるらしい。じゃあ安心、なわけもなく。俺が確認した情報からすると、南領は帝国軍勢力に押し込まれて着実に戦力を削られている。ダンジョンも領府も、制圧されるのは時間の問題だ。
「南領と西領は、ルスタ王国に内通してただろ。そっちからの救援は」
「ないシ。あるわけないシ。欲得でしか繋がってないんだから、南領が潰されそうになったら手を引くだけだシ」
度し難いとは思うが、サラリーマンあるあるだ。個人的には、すんなり腑に落ちる。もし南領が優勢なら、ルスタ王国も貢献の実績作りしてくるんだろうな。
内乱勢力の内部でも内乱がある、というのは俺たちにとってチャンスとも言える。
「助けるとして、ただ働きする義理はないぞ。お前らは、報酬として何が出せるんだ」
「えっと……ダンジョンの生産物なら、いくらでも出すシ」
「穀物かー」
ぶっちゃけ、それほど功利的旨味はない。<食肉妖花>の力があれば、農業生産など拡大は容易だ。エルマール・ダンジョンで農産物を必要とするのは流民だけ。最大でも数百単位でしかない。そう急ぎではないし、<ワイルド・スライム>が収納で運べる分量でも事足りる。
俺のしょっぱい表情を見て、カラス娘は焦り始めた。
「だ、ダンジョンの魔力も、あと、ま、魔物も、ダンジョンが生き延びられる以外のものは、何でも渡すシ⁉︎」
平然と言うけど、それは事実上エルマールに従属する……支配を受け入れるということだ。支配者がモノル帝国からエルマール・ダンジョンに変わっただけだ。
「何もかも奪われて、そのまま裏切られるとは考えないのか」
「ぴゃッ⁉︎」
「帝国ほど攻撃的じゃないにしても、俺たちだって味方ではないぞ? 積極的に奪わないのはクーラック・ダンジョンや南領が生み出す物を、さほど必要としていないだけだ。てことは、だ」
カラスの子は、硬直したまま涙目になっていった。
「お前らがどうなろうと、俺たちは何も困らない」
「うぴいぃい……!」
しゃくりあげるカラスという奇妙な光景を前にして、俺はこの世界の戯画的な幼児性に辟易していた。メッセンジャーでしかないカラスを問い詰めたところで意味もない。わかってはいるが、苛立ちが募る。腹の底がどんよりしてきた。
どいつもこいつも、馬鹿ばっかりだ。俺も含めて、なんだろうけどさ。
「だって、いきろ、て」
「ん?」
「マスター、いっつも言ってたシ。どうするか迷ったら、幸せな方、より多くが、生きられる方を選べって」
それは理想論だ。力のない者が言っても無意味な戯言だ。でもダンジョン・マスターなどという――リスクやコストや効率の問題はあれど――何でも生産できる環境を手に入れて穀物を作ろうなんて考える奴だもんな。
考え方としては、一周回ってわかりやすい。
「お前のマスター、領府のどこで、何してるんだ」
助けてくれるの、って顔でカラスが俺を見る。ブラザーとマールが耳を澄ませているのがわかる。
「さっさと言え」
「……領主館の、地下牢」
どうやらクーラックのマスターは、コア分身体ごとダンジョンから連れ出され、そこで拘束されているらしい。
なんでって、訊くまでもない。ダンジョンの生産能力を、強制的に奪うためだろう。
「ダンジョン・マスターに戦闘能力がないって言ってもさ。最低限、身を守る術くらい用意しておかないのか」
「ご主人様、ひとを傷付けるのが嫌いだシ」
「知るかよ」
まあ、いいか。どうせ領府には行く予定だったんだ。国賊領主のツラも、見てみたいとは思ってた。
少し気になる話があったからな。南領で定期的に起こっていた、“災禍”と呼ばれる飢饉だ。食糧生産を支えるダンジョンから穀物が入ってこなくなって、食料の値段が急に上がって、平民の身売りが多く発生した。
「お前らのマスターが、麦や豆を売り渋ったことはあるか?」
「あるわけないシ。アチシたち、おカネ使う用ないシ。みーんなオファノンの商人に譲ってやってたシ」
「……おい、嘘だろ⁉︎ クーラックのマスター、カネ取ってなかったのか⁉︎」
なんで⁉︎ なんの冗談だ。弱みでも握られてた? それとも相互支援の契約でもしていたか? そんな感じはしない。もっと嫌な予感がした。いままで聞いた人物像を考えると……底抜けの善人という名の、馬鹿なんじゃないかと思ってしまう。
カラスに確認した限り、本当に無料提供だったようだ。それも、身柄を拘束される前から。民を飢えさせるわけにはいかない、とかほざいて。
ホント、馬鹿じゃねえの?
「ちょーぜいの、代わりとか言ってたシ」
そんなわけねえだろ。
「マール、Cクラスダンジョンの徴税額は」
“年に金貨五百枚です。国内有数の穀倉地帯から算出される農産物の価値は、優にその百倍は超えます”
「……はぁ」
なんとなく、わかった。ダンジョン・マスターは被害者じゃない。ここまで南領を、このクソ王国を拗らせた犯人のひとりだ。影響が大きいという意味でも、自覚がないという意味でも、最悪の主犯かもしれない。
「ギルベアをとっ捕まえて、クーラック・ダンジョンをエルマールと【連結】する」
「え? あ、ありが……とう?」
イラッとした俺の声に、カラスは首を傾げる。救出が善意なのか悪意なのか気まぐれなのか欲得づくなのか、判断できないようだ。
俺はムカついていた。私利私欲で好き勝手しやがるクズどももそうだが、なにより馬鹿なダンジョン・マスターに。他人事ながら、助けるなら後で一発ぶん殴ってやらないと気が済まない。
損得抜きというのは相互の信頼関係と高水準の民度があって成立するものだ。現実には、ほぼありえない。こんな世界でなど論外だ。考えなしの善意など、悪意以上に社会を汚す。
「これ以上、勝手な真似なんてさせられるか」
【作者からのお願い】
「面白かった」「続きが読みたい」と思われた方は
下記にある広告下の【☆☆☆☆☆】で評価していただけますと、執筆の励みになります。




