バーディック・バード
エルマール行きの連結式騎乗スライムを見送った後、俺は盗賊集落を回って手早く収奪を行う。金目のものや使い道のありそうなものは既に回収済みなので、必要なのは潜入用の目立たない服だ。領府には明るくなってから入ろうと思っているから、現地人ぽい格好が欲しい。
俺が着てたような汚れもツギハギもない小綺麗な服は、王都でも貴族街くらいでしか見かけない。辺境領府のなかだと、間違いなく浮く。
「どうかな」
「ますたー、にあうー♪」
「それは嬉しいような、嬉しくないような」
盗賊たちの留守宅から拾い集めた服で、俺のコーディネートが完成した。薄汚れた生成りの上下に、雨避けの短いマント。こっちの世界じゃ一般的な旅人の格好だ。腰には作業用と護身用の剣鉈。頭にはツバのない帽子をかぶることが多いようなので、<ワイルド・スライム>の“変身”能力でワイルドなベレー帽になってもらう。
空き家になった家のひとつで、ワイルドな抱き枕と一緒に転がって仮眠を取る。
明け方、外に出ると集落内が妙に静かになっていた。
「マール、これ夜逃げ?」
“はい。老人と女性と子供ですが、腕を砕かれた盗賊残党の話を聞いて逃げ出しました”
女子供や老人を捕まえたり殺したりする気は無いので、好きにすると良い。マールやブラザーたちから報告がなかったのは、昨夜の対処から俺の意図を理解してくれていたからだろう。適切な対応だと礼を言っておく。
「ただし、盗賊どもの身内なら、手を貸す気もない。万が一、そいつらが流民としてエルマールに来ても受け入れるな」
“はい。逃亡した集落住民三十三名は記録済です”
見せしめと警告のために腕を砕かれた盗賊は、十一名。そのうち七名が夜のうちに死亡したらしい。二名は魔物に喰われ、一名は崖からの転落死。四名は力尽きて死んだと言うが……外傷起因の循環障害、いわゆるショック死だろう。
“生き残りの四名は、領府に駆け込みました”
「お誂え向き、か」
“警告には、なりましたね。後はどう動くか、ですが”
「いま領府に監視役はいるんだっけ」
“<インヴィジブル・スライム>が三体と、上空に<ハーピー>が二体。領主館に潜入しましたが、領主も弟の衛兵隊長も自室に閉じこもって出てきません”
なるほど、いまのところ追加情報はないわけだ。
「おっけー、そんじゃ行こうか」
「ますたー、びゅーんて、いく?」
「いや、歩いてこう」
盗賊集落から領府までは、騎乗形態スライムの最高速度だと数分だけどな。こちらに監視がついている可能性は高い。あまり目立つことはしたくない。
「見られてる?」
「うーん、だいじょぶー」
集落を出て、少し大回りのコースで領府に向かう。ブラザーは帽子に化けてくれてるし、服も変えた。肩には旅人っぽい荷物。これでバレたら、そのときはそのときだ。
「マール、敵の監視はいるか?」
虎の子の司令塔、<隠者拗梟>はウチの<ハーピー>が仕留めた。日光に弱い<呪詛蝙蝠>は巣に戻ったし、<囀鳴躍雀>は魔物としては弱いので南領府の外に出ない。スズメもコウモリも、ブラザーたちが数を激減させて集団戦力としては機能しない。
となれば、もう……
“いますね”
「いるのかよ。今度は何だよ?」
「からすー」
マールの代わりにブラザーが答えて、ベレー帽から触手がピョンと飛び出す。指示棒みたいに近くの樹上を指されたが、俺にはよく見えん。しばらく観察してようやく、幹の陰になった枝に黒い鳥が止まっているのがわかった。
あれがカラス? デカくない? みた感じ体長が一メートルくらいある。
“<吟遊詩人大鴉>、ですね”
「吟遊詩人って、なんか歌うの?」
“はい。それに限らず、例の金ピカ衛兵隊長が使役する魔物は、どれも精神操作系の声や音波を発するようです”
「直接戦闘ではなく搦手タイプか。それって、俺も掛かる?」
“【魔法攻撃無効】で弾かれますね。ですから特にお伝えしてませんでした”
なるほど。ずっと鳥たちの精神攻撃を受けていたのだとしたら、本来あの金ピカもそれなりに恐ろしい敵だったのかも。
「ギョオォェエエエェ……ッ!」
カラスの鳴き声。だが、なにか激しい意思が含まれているっぽい。
カラスは木の上から飛び立ったが、襲ってくるのかと思えばベショッと墜落した。力なく羽ばたいて、そのまま動かなくなる。なにこれ。 正体不明のザワザワした感じが、俺を落ち着かなくさせる。
「マール、いまのが精神操作の音波? 耳障り以外の感想はないんだけど」
“いいえ。あれは、ただの鳴き声です。耳障りなのは、なにかを訴えていたからでしょう”
「訴えてる? なにを」
“言葉ではないので、なんとも……”
怪訝そうな声で、ブラザーが答えた。
「たすけて、って、いってるー」
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