禍根
また「カーなんとかさん」になっとる。
ご指摘感謝。
「ブラザー、別働隊は⁉︎」
「あそこー」
市中の裏道から大きな通りに出たところで、先行する<ピュア・スライム>の一団が見えた。四体連結でトレイン状態になって、背中に中年女性と荷物を積んでいる。どうやら移送を<ピュア・スライム>で護衛を<ワイルド・スライム>が担当しているらしい。周囲を飛び交う雲霞のような黒いコウモリの大群を、並走するワイルド・ブラザーが超高速の打撃で叩き落としていた。
「なんで、こっちに来ないんだ?」
「きかない、から?」
そうなのか。俺はヘタレとはいえダンジョン・マスター。【物理攻撃無効】と【魔法攻撃無効】に守られている。騎乗形態スライムの後席に乗っているカーマイケルさんを狙う手もあると思うのだが。
ぺペン、と風が鳴って血飛沫が弾ける。キーッと警戒音らしい声を上げながら距離を取ったのは、いつの間にやら近付いていた<呪詛蝙蝠>。それをブラザーがハエでも払うように、振り向きもせず粉砕したのだとわかった。
「いっぱい、いっぺんに、こないと、むりー♪」
「納得」
ウチの<ワイルド・スライム>はSランク冒険者に相当する強者だ。戦力は少数だが、攻守に長けた最精鋭。中級ダンジョンの魔物程度に後れを取ることはない。領府の入り口では衛兵が固まっていたが、状況を判断できないらしく右往左往している。コウモリを排除しつつ迫る俺たちのスライム・トレインに気付いてもいない。
「おい! 隊長はどこに⁉︎」
「二個分隊を率いて本部に向かったまま、戻りません!」
「しばらく戻らんと思うぞ」
声を掛けながら、衛兵たちの脇を強行突破する。彼らが振り返ったときには、俺たちは領府を脱出していた。
「このまま盗賊集落に向かう。途中の敵や魔物は無視して良い!」
「「あいさー♪」」
移動速度が速すぎるせいか、強者に守られた集団だったせいか。道中で俺たちにちょっかい掛けてくる者はいなかった。集会所に戻った俺は、囚われていた商人のカーマイケル氏を妻娘に引き渡す。
「あなた!」
「おお……ヘルン、マインも。よく無事で」
“カーマイケル氏に行われた暴行は、単なる嫌がらせだったようですね。服はボロボロですが、傷は軽い打撲程度です”
マールの言うように、拷問というほどのことはなかったわけだ。おそらく目的は資産の没収。聞き出したい情報がある感じじゃないもんな。奥さんも夫の無事な姿を見てホッとしたようだ。
「イオーラ! ミコラ!」
「お母さん!」
盗賊に捕まっていた姉妹も無事に母親と合流できた。さて、これからだ。
「みんな、ちょっと聞いてくれるかな」
「は、はい。助けていただいた恩は必ず、どんなことをしてでもお返しいたします」
「そういうのは結構。カーマイケルさんには、ウチで商会でも開いてもらえるとありがたいけど」
「ウチ、とは?」
「エルマール・ダンジョンだ。俺は、ダンジョン爵のメイ・ホムラ。王国ではメイヘムと呼ばれてる」
「「⁉︎」」
あら。みんな固まってしまった。自己紹介はしてなかったからな。もしかして、魔物使いの魔導師かなんかだと思われてたのかも。
「行くところがなければ、エルマール・ダンジョンで暮らさないか? 衣食住と身の安全は保証するし、働いてくれただけの報酬も用意する」
「……ダンジョンで、働く?」
子供たちはもちろん、カーマイケルさんと奥さんもピンと来てない風。ダンジョンは冒険者が攻略する魔境であって、戦闘能力のない平民が暮らす場所じゃないという感じか。
「王都の近くにあるから、大量の流民が発生してな。彼らを受け入れるようになって、もう三百人以上が暮らしてる。特に子供たちは、彼らだけで集落を作って暮らし始めてる」
「それは、わかります。ですが、なぜ、わたしたちまで」
「救うことになったのは偶然だけど、これも何かの縁かなと思って」
フワッとした俺の意見をカーマイケルさんは受け入れたけど、その奥に何かあることは察してる風。やっぱり商人って、感情の機微を読む能力は高いようだ。
「その子供たちだけの集落を取りまとめてるのは、この集落から逃げてきた子たちだ」
「……!」
カーマイケルさんはハッとなるが、反応が大きかったのは捕まっていた子供たちだ。そのひとりが、思い詰めた目で俺を見る。
「……その、逃げてきた子、って」
「ルーイン、ヘルガ、クルナ、ショシュカ、デーオ、マイケス、アイオ、ヤカダ」
俺はルーイン以外の名前を知らないが、マールが調べてくれてた。世話焼き<水蛇>のエルデラ姐さんが把握していたものらしい。
名前を聞いて、子供らもカーマイケルさんたちも神妙な顔になった。
「知り合いか?」
「南領府に暮らす者なら。なかでも災禍に接した者ならば、みな知っているはずです」
「災禍」
「飢饉です。ダンジョンで生産されていた麦と豆が入ってこなくなって、食料の値段が急に上がって。その日暮らしの平民は、身売りするしかなかった者も多く」
説明は続いていたけれども。要するに、ルーインとその仲間たちは、売られた子供たちだったわけだ。それが一定数、定期的に続いたそうな。王国法によれば人身売買は違法。だが法の抜け道に詳しい盗賊集落が“人助けとして”年少者への職業斡旋やら養子縁組やらを行うようになったとか、なんだとか。
笑わすな。領主とダンジョン爵と盗賊どもの間に、ズブズブのガバガバな関係が丸見えじゃねえか。そんなん、異世界人の俺でもわかるわ。
「へえ」
俺は冷淡に返答する。イラッとはするが、他人事だ。ここで肩入れするのも違うだろうし、それを彼らに表明するのはもっと違う。
「そんじゃ、どうしたいか希望を訊こう。エルマール・ダンジョンに来るなら送る。他にどこか帰りたい場所や行きたいところがあれば、そこまで連れて行ってやっても良い」
「……メイヘム様。わたしたちは、あなたのお世話になりたいと思っています」
カーマイケル氏と妻娘はエルマール行きを受け入れた。イオーラとミコラ姉妹とその母親も、三人の少年少女たちも。ここにいるよりは良いと同行を決断した。
<ピュア・スライム>と<インヴィジブル・スライム>が気を利かせて、盗賊集落からあれこれ掻っ払ってきてくれていた。ありったけの食料に水樽、毛布や着替えの服、農具や武器や仕掛け罠、小樽や瓶に入った酒や油。エルマールまでの道中に必要な物資と、着いてから役に立つ物資だ。
「すんごい大量だな。ブラザーたちで持てるのか?」
「だいじょぶー♪」
これもー、とかいってお宝が入ってるっぽい木箱も見せてくれた。泥棒から泥棒するのは良いのか悪いのか、だけど。これは賠償金みたいなもんだ。
「そんじゃ、何か必要なものがあれば言って。あと荷物も、ウチの<スライム>が“収納”で持ってくれるから」
「ありがとうございます」
「ありがと」
避難民となった母娘や子供たちに言い聞かせたところで思い出した。カーマイケルさんの商会にあった商品や荷は<スライム>たちが回収可能な限り収納してくれてる。向こうに着いたら返却すると伝えると驚かれた。とはいえ大量の物資をダンジョンで渡されても困るか。
「エルマール・ダンジョンの入り口には集落があって、商会に使える大きな建物もある。そこで商売を始めてくれるなら、最大限の優遇を約束しよう」
「ありがとうございます、メイヘム様。何と感謝したら良いか」
“でも、なぜ?”と顔に書いてある。わからんだろうな。あの巨大な穴蔵で安定した文化的な暮らしを目指すとしたら、どうやっても商取引が必要になるのだ。俺がいちいち商都まで交渉やら買い付けに行くのは非効率で不経済だ。
「まあ、事情はそのうち説明する」
「ますたー、かえる?」
「いや。ブラザーたちで希望者を送ってもらえるかな。必要なら応援を呼んでもらうけど」
「「だいじょぶー♪」」
<ピュア・スライム>と<ワイルド・スライム>から、移送と護衛は万全だとの保証をもらった。彼らがそういうなら、問題はなかろう。遊園地の幼児用遊具みたいなスライム・トレインが、早くもキメ顔でスタンバッていた。
「道中は、その子たちに任せれば問題ない。エルマール・ダンジョンに着いたら、エルデラという美しい神使様が迷える者たちの世話をしてくれる」
「ますたー、まるなげー♪」
「信頼してるってことだよ。そんじゃブラザーたち、頼むな」
「「あいさー♪」」
「ますたー、りょーと、もどる? それとも、だんじょん?」
ひとり残ってくれる<ワイルド・スライム>がひょこひょこと身体を揺らす。どっちも気になるっちゃ気になるんだけどね。領府とダンジョンと盗賊集落をつないで、平民を食い物にしてきた黒幕。
「いっぺん、ここの領主を調べてみようか」
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