領府の澱
「ありがとブラザー、もういいよ」
「おー♪」
盗賊どもの死体が四十六に、再起不能の重傷者が十一。死体は証拠隠滅のために<ワイルド・スライム>が収納してくれた。後で持ち帰って、ダンジョンの養分になってもらおう。
重傷者の方は集会所から蹴り出して、どこへでも行ってもらう。わざわざ生かしておいたのは、今後“子取り鬼”は容赦なく殺すと宣伝してもらうためだ。
まだ集落には三十人ちょっとの非戦闘員、というか盗賊の家族や関係者がいる。そいつらも攫われてきた子たちと同じ目に遭わせてやろうかと思ったのだが、ほぼ老人と子供だと聞いて、やめた。
無垢でも無謬でもない、ただの元盗賊と盗賊予備軍ではあるんだろうけど、知るか。わざわざ汚れ役として矯正してやる義理はない。
「この子たちは、どうすっかな」
「うち、わかるー?」
攫われてきた被害者は子供が五人と、成人女性がひとり。あと拾ったチビっ子がひとりの計七人。みんな目を覚まして拘束を解かれているが、俺たちを見る表情は恐怖で強張っている。そらそうだ。盗賊どもを一瞬で捻り殺した正体不明の連中なんだからな。
「……うち、かえりたい」
ブラザーの言葉に自分の状況を思い出したのか、女の子が泣き出す。チビっ子と一緒にいた、お姉ちゃんの方。いままで気丈に振る舞っていたが、もう心は崩れそうになってる。姉といっても、元いた世界じゃ小学生くらいだもんな。
「うち、つれてくー?」
「でも、ミコラが、ころされて」
「あー、あのちっこい子な。大丈夫だぞ」
「え?」
「ちょっと、まってねー、いま、つれてくるからー」
「ぶんぶーん……!」
「ひゃあぁー♪」
<ピュア・スライム>に乗せられたチビっ子が階段を登ってきた。姉ちゃんの心労も知らずエラいご機嫌である。
「ミコラ!」
「ねーちゃん!」
抱き合う姉妹を見て、無体なこともされんだろうと安心したのか、他の被害者たちも少しだけホッとした顔になる。
「んで、盗賊団は潰したし、あんたたちが帰るなら送ってくよ」
「本当ですか!」
成人女性が女の子を抱き寄せて訊いてくる。顔もそっくりだし服装も似たような感じだし、母娘か。
「ああ、うん」
「わたくし領府で小さな商会を営んでおります、カーマイケルの妻ヘルンと、娘のマインです」
「おー」
ブラザー愛想よく返事したが、あんまわかってない風。商会とか知らんだろ。俺もこの世界の商人なんて王都の露天商くらいしか接点なかったけどな。
幸か不幸か、男女三人の子供は孤児だった。飯や小銭で釣られて人買いに捕まったようだ。領府に親がいるのは姉妹の方だけだが、それも教会に置いてもらってるその日暮らしの母子家庭だとか。その母親と連絡を取るために、姉の方から居場所を聞いておく。
「領府って、夜でも入れる?」
「いえ。夜は門が閉じますから、日の出まで待たないと。ですが、行方不明の者がいるときは衛兵が人手を集めて捜索に出る可能性も……」
そうか? そんな状況なら集落の盗賊連中も備えているはずだ。さっきの状況を考えれば無防備なままだった。ということは、だ。
これ、領府の上と盗賊はズブズブなんじゃね?
「マール、領府に監視は」
“送っています。いま門内に衛兵は集まっていますが、外に出る様子はありません”
俺はモニターを開いて衛兵たちの様子を確認する。<インヴィジブル・スライム>による中継を見る限り、ニヤニヤ笑いながら馬鹿話をしてる。途中で小銭が稼げたとか言ってるのが引っ掛かった。
「いまの小銭って、人攫いの分け前か?」
“それもありますが、商会を潰す計画に関与したようです”
ああ、もうホント、終わってんな。
カーマイケル氏は横流しの濡れ衣を着せられて牢に入れられてるとか。要するに領府での犯罪を全部ひっかぶらされて殺される運命らしい。奥方と娘さんはタイミングよく盗賊男に捕まったと。
笑わす。いや他人事だけど。まったくもって縁もゆかりもない他所の台所事情だけどさ。
「なあブラザー、ちょっと領府を見に行かないか?」
「いくー♪」
ズブズブどころか、互いに利益を共有してる。そうじゃないかと思ってたのだ。ここ隠れ里とかじゃねえもん。まったく隠れてない。昼の間は農夫のフリしてるだけでな。途中で通過した畑は荒れ放題だったし、倒した奴らの服装も手の荒れ方も体格も、農耕に従事している人間じゃない。
「マール、ここ守れる仲間は揃ってる?」
“直近に<ワイルド・スライム>が三体、<インヴィジブル・スライム>二体、<ピュア・スライム>七体、周辺上空に<半鳥女妖>が四体。増援もすぐに送れます”
「むしろ過剰戦力だな。そんだけいたら王都でも滅ぼせそうだ」
もうないけどな。そんな彼らに少しだけ被害者たちを守ってもらう。
「そんじゃ、ヘルンさん。少しだけ、ここで待っててくれるかな」
「領府に、救援要請を?」
「悪いけど、それは無意味みたいだ。あなたたちは、騙されて陥れられて財産を奪われようとしてる」
「……」
奥方は驚いているものの、意外という感じではない。
「身に覚えはあるか」
「はい。もともと中央領にいたので、ずっと余所者扱いは受けてきましたから。ここまで十余年、がんばって町のため皆のために努力して認められてきたと思っていたのですが……」
「いや……認めてる人も、いたかもな。俺には、なんとも言えんけど。罠に嵌めたのは領主か商業ギルドか知らんけど、上の連中みたいだよ。それに衛兵が手を貸してる。ご主人は捕まってるっていうから、そのひともついでに連れてくるよ」
「主人は、生きているんですか?」
わからん。もし大丈夫そうなら映して、とマールに伝えると目の前にモニターが開いた。
“メイさん以外にも見えるように調整します”
石造りの汚れた床に縛られ転がされている男性が見えた。ボコボコにされたっぽいが、まあ生きてはいるな。いますぐ死にそうな怪我でもない。
「あなた!」
「あ、ごめん声は届かない。遠くが見える魔法みたいなものなんで」
「あなたは、魔導師様なのですか⁉︎」
「違う。かな。俺の話はいいや。もしよかったら、中央領に戻らないか? 商売をするなら場所は用意する。ダンジョンの入り口だけど」
「???」
その話は後でいいか。とりあえずヘルンさんに子供たちを頼んで、俺は騎乗形態スライムで領府に向かう。
「なんでこんな正義の味方みたいなことする羽目になったやら」
“すみません、わたしたちの身勝手で”
「ごめんなさい、ますたー」
「いいよ。俺もダンジョンにまともな人材は欲しいと思ってたしな。ちゃんとした商人とかいると、将来すごく楽しそうだろ」
「そー、なの?」
さすがに、まだわかんないか。街場暮らしの楽しさとか、発展してく嬉しさとか、そういうのもダンジョンのみんながわかるようになってくれたら嬉しいな。
ブラザーはギュイーンと高速で野山を突っ切り、十分も走ると領府の城壁が見えるようになってきた。
壁の上にはいくつか篝火が焚かれ、それが動いている。俺にはそれが、警戒状況のように見える。
「マール、あれは」
“さきほど、盗賊集落から伝令が。足の早い子供を使いに出したようです”
「それで俺たちの襲撃を知ったか」
なるほど。次に襲われるのが、自分たちのいる領府だと考えたわけだな。マールによれば、衛兵たちは守りを固めて、“謎のスライム使い”を迎撃すると息巻いているらしい。
なんだその肩書。いいけどさ。俺は使役してるというよりブラザーのお世話になってる感じなんだが。
「やれるもんなら、やってみろ。いくぞ、ブラザー!」
「あいさー♪」
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