子取り取りが子取り
「マール、子取り鬼って?」
暗闇のなか集落に潜入した俺は、増援に来てもらった<ピュア・スライム><インヴィジブル・スライム><ワイルド・スライム>のブラザーズとともに盗賊のアジトを目指していた。
並走する<ピュア・スライム>の背中には、グッタリしたままのチビっ子。盗賊のクズに蹴飛ばされたところを助けた。簡単に治療は済ませたが、大した外傷はなく気絶しているだけ。それ以前に電池切れのようだ。
“子取り鬼というのは、南領に古くからある伝承です。半分は子供の我が儘を諫めるための嘘。ですが、もう半分は事実だったんでしょう”
人攫いに捕まらないための脅しか。子供に言い聞かせるには、わかりやすい。日本でもあったな。
伝承になるくらいだから、人身売買を行う組織は古くからあったわけだ。その本拠地が領府から十キロ圏内にあるとか、どうかしてんだろ。この規模の集落で昔からずっとそんなことしてバレないとか、どこをどう考えても為政者との癒着があったとしか考えられない。
死ね。もうホント、関わった奴も見て見ぬふりしてた奴も全員、死んじまえ。
「ますたー、みつけたー!」
「でかした。周りに敵は?」
「よっつー! すこーし、はなれて、じゅー、なな?」
“スライムちゃんの言う通りです。正確には屋内に四人、建物の周囲に五、警戒のため巡回中の盗賊が十二”
「ころすー?」
「子供らが危なくなったら、やっちゃって」
「あいさー!」
<スライム>と<ハーピー>の監視網に助けられ、俺たちは巡回と歩哨の隙をついて裏口から入る。
集会所の一階は、柱があるだけで仕切りもない倉庫だ。盗賊が奪ったものらしい雑多な物資が集められ、積み上げられている。サポートのブラザーが、二階にいると示してくれた。
軋む階段を登っている途中で、上から悲鳴と泣き声が響く。
「ピーピー泣くんじゃねえ! 殺すぞ!」
中年男の怒鳴り声が聞こえてゲンナリする。ホントこの世界、クズばっか。
ドン、と肉を打つような音がして安普請の床が揺れた。連続して揺れた後で静かになる。先に潜入してくれてたスライムの誰かだろう。
「何人やった?」
「まだ、ひとりー」
二階の扉を蹴り開けると、殺風景な部屋の中に転がされている女子供の姿が目に入った。怯え切った少女の前には、首が二回転くらいしている男の死体。子供の安全を守るために無力化してくれたようだ。姿がないということは<インヴィジブル・スライム>だな。
室内に残る敵は三人。どれも薄汚れた中年男だ。いきなり入ってきた俺と、なぜか捻り殺された仲間とを交互に見ながら混乱状態にある。
「な、なんだ、お前。なに、しやがった」
「決まってんだろ。殺したんだよ。そしてこれから、お前らを殺す」
ドヤ顔で言ってはみたものの、見掛け倒しの空気マスターである俺は攻撃能力を持たない。魔法と物理に対する抵抗はあるから盗賊程度に傷つけられることこそないが、両手振り回してポカポカ殴るみっともない泥試合にしかならん。
カッコつけて出てきてそれはあんまりなので、頼りになる部下に任せよう。
「ブラザーたち、やっておしまい!」
「あいさー!」
「敵し、ゆッ⁉︎」
「おい侵入者だ頭数、をぅッ」
外に向かって叫び始めた男たちの首がグリンと捻られ、次々に崩れ落ちる。すげえな。秒だよ、秒。
「敵襲!」
「敵襲! 警鐘鳴らせ!」
建物の外で騒ぎ立てる声がしたかと思えば、ガランゴロンと汚らしい響きの鐘が打ち鳴らされ始めた。その音が合図だったのか、手に手に武器や農具を持った男たちが踏み込んでくる。なかには女もいるようだが、薄汚い格好で見分けがつかない。こんな奴らの性別なんて正直どうでもいい。
階段の上から一階を見下ろす俺に、農夫的な盗賊的なクズどもが揃って敵意と殺意を向けてきた。
「覚悟しやがれッ! もう逃げ場は、ねえぞッ!」
「心配するな。たかが盗賊相手に、逃げる気などない」
ドヤ顔でキメつつも、参ったなとは思う。鐘が効いたのか、集まった盗賊集団は十七どころかその倍はいそうだ。俺個人で言えば、逃げる気どころかその能力もない。チートな仲間たちを頼りに生きてます、はい。
「貴様ァッ! 何モンだ!」
「そうだ! どこのモンだ! 名を名乗れ!」
「あ?」
えっと……いや、なんも考えてねえ。名乗るほどの者ではない、というのもアリだが。今後のことを考えれば“子取り鬼”を許さないという示威と見せしめは必要になるか。
「クックック……では、教えてやろう」
「「「‼︎」」」
「我らは、子取り鬼を喰らう……」
大喜利でネタ飛んだ感じで、妙な間が一秒。ブラザーにアイコンタクトすると、瞬時に応えてくれた。
「ことりおにとりおに! だー!」
ああ、さんきゅーブラザー。わかるけど。コンセプトは正にそれなんだけど。ムッチャ言い難い……登場シーンで噛むのとかイヤん。今後の登場がないことを祈ろう。
「ふざけッ、なッ⁉︎」
「がッ」
「げふぉッ!」
あちこちからスライムの身体が伸びては盗賊たちの頭をつかみ、グリングリンと首が捻り折られる。蹂躙と呼ぶにも、一方的過ぎる光景だった。あまりに素早く的確に淀みなく進むそれは、まるで単なる作業だ。
バタバタと倒れる者たちに足を取られ、転がった者たちもすぐに物言わぬ骸の仲間入りを果たす。
「ブラザー、何人か生かしといて。歩けるように、足は残して」
「あいさー♪」
首を捻り殺す作業を中断して、狙いを腕に変更してくれた。悲鳴を上げて崩れ落ちた盗賊どもの上腕下腕は、ありえないほどグニャグニャに曲がっている。複雑骨折か粉砕骨折か。スクリュー状に超高速で捻られた結果だ。
この世界の治癒魔法がどれほどのものか知らんけど。もう再起不能に近いのではないかと思われる。
泣き叫びながら転げ回るお仲間を見て、生き残りの盗賊たちは怯んだ顔になった。
「子供を攫うものは、こうなる」
「……ま、……待て、降参だ。……俺たちは、抵抗……」
「知ったことか。お前たちだって、無抵抗の子供らに容赦なんかしなかったんだろう?」
息を吞む音がして、空気が変わった。覚悟を決める者と心が折れた者とに分かれたようだが。
「お前たちの始末が済んだら、次はお前たちの家族だ」
「「「なッ」」」
「何を驚く。いままで、何人もの子供を奪い、弄び、売り払ってきたんだろう? なぜ自分たちは同じ目に遭わないと思う?」
「待て! それだけは……」
「心配するな。俺たちは、お前たちがやって来たこと以外を、するつもりはない」
何してきたか知らんが、俺の言葉に盗賊たちはビクリと硬直した。
「お前たちを始末したら、次は領府だ。心配するな、お前たちのお仲間は、みんな同じ目に遭わせてやるさ」
震えあがる盗賊たちを前に、俺は笑った。
「味わえ。圧倒的な暴力で、何もかも奪われる絶望をな」




