子取り鬼
チョイ切り分け短い。後で続き上げます。
――泣く子は、子取り鬼に攫わられる。
南領府で生まれ育った少女、イオーラは床に転がされたまま大人たちの話を思い出す。
暗くなったら、大きな音を立ててはいけない。怒鳴ったり大声で笑ったり、泣き叫んだりしてはいけない。
ずっと、そう聞かされていたのに。泣く妹を、彼女は止め切れなかった。
だから。わたしは鬼に捕まったのだ。
野草を摘みに出た帰りの山道で、姉妹は母親とはぐれてしまった。四歳になったばかりの妹ミコラは夕暮れの闇に怯えて泣き出す。宥めれば宥めるほどミコラは大声で泣き喚き、何かが近付いてくる気配を感じながらイオーラは必死に妹を抱き締めることしかできなかった。
「おい」
顔を上げると、それは松明を掲げた農夫たちだった。近郊に畑を持っているのか、領府に出入りしている姿を何度か見た覚えがある。ホッとして助けを求めようとしたイオーラは、妙な違和感に気付く。農夫たちは笑みを浮かべているが、薄暗がりのなか松明の明かりに下から照らされたその顔は。
鬼のような形相に見えた。
「あ、あの……」
「銀貨二枚、てとこだな」
農夫のひとりが言って、イオーラの手を捻り上げる。
「い、痛ッ!」
「うるせえな。騒ぐとぶちのめすぞ」
「顔はやめとけよ、売値が落ちる」
ミコラをイオーラから力尽くで引き剥がし、髪をつかんで顔を松明で照らす。泣き続けて消耗した妹は、ろくに抵抗する力も残っていない。
「このチビは売れねえな。育ててまで使うほどのツラじゃねえ」
「捨てておけ。夜のうちに山の魔物が持ってくだろ」
「ミコラ!」
蹴り飛ばされた妹は悲鳴も上げず茂みのなかに転がった。助けに向かおうとするイオーラは髪をつかまれ、無理やりに引きずられる。屈強な大人の力に、彼女が抗う術はない。
「……アンタたちが、子取り鬼、なの」
男たちは鼻で笑うだけで何も答えようとはしない。それでも、イオーラは理解した。母親や大人たちが恐れ遠ざけようとしていたものたちの正体が、手遅れになったいま、ようやくわかった。
「いまんとこ売値が付きそうなのは三人か。端金にしかならんぞ」
「まあ、いいさ。奴らが来るまでには、まだ間がある」
闇に沈みかけた山道で、ミコラの放り出された茂みがガサガサと動くのが見えた。魔物が襲おうとしているのか。
「ミコラ、逃げてッ!」
「この、ガキぃッ!」
男の手を振り払って走り出そうとしたところで捕らえられ、殴られて目の前が真っ暗になった。
気が付くと、饐えた臭いのする暗い部屋のなか。両手両足は縛られ、口には汚れた布を詰め込まれていた。
周囲には同じような格好で転がされた女性がふたり。領府で見かけた商人の娘と、その母親だ。いつも小綺麗な格好をして、明るい笑顔が評判のふたり。どちらも気を失っているのか、ピクリとも動かない。
イオーラは不自由な身体を動かして周囲を探る。少し離れた場所に、あまり育ちの良くなさそうな子供たちが三人。こちらはかなり雑に縛り上げられていた。見覚えはないが、身なりからして貧民街の浮浪児や孤児だろう。意識はありキョロキョロと目を動かしているが、逃げる方法は見付かっていないようだ。きっと彼らは、状況を把握している。自分たちがどうなるかもわかっている。こちらを見る目にも感情は籠もっていない。
恐怖と絶望に震えるイオーラの耳に、近付いてくる足音が聞こえてきた。




