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南への道行き

「ますたー、つぎ、どっちー?」

「えーっと、右かな。ちょびっと上りになってる方」

「あいさー♪」


 息抜きがてら南への旅に出た俺は、騎乗形態のピーナッツ型<ワイルド・スライム>に乗って街道を進んでいた。いざというとき頼りになる上に速くて乗り心地が良くて、おまけに可愛い。ブラザー最高。


「いくの、みなみ、りょーふ。だよねー?」

「そう、南領府オファノン」

「いいとこー?」

「わからん」


 自分のダンジョンと王都しか行ったことない俺には、初めての土地だ。でも南領って、南端のクーラック・ダンジョンがこの国で最大の穀物の産地らしいから、少なくとも環境が良い……可能性はある。

 王都近郊のエルマールから南領府までの距離は、概算で百五十キロメートル(クロニム)前後。第二目的地のクーラック・ダンジョンは、そこから七、八十クロニムほど南下した山岳部にある。

 遠いと言えば遠いが、日本人としての距離感覚で言うとアーレンダイン王国がそれほど大きくはないとも思う。

 王都は国のほぼ中央にあるから、国土は東西、南北とも四百キロくらいしかないのだ。元いた世界のヨーロッパでも中程度……面積では北海道より少し大きいくらいじゃないか?


「どしたのー?」

「いや、ちっこい国だなーって」

「もう、ないもんねー♪」


 そうな。サイズも政治的にもちっぽけなアーレンダインは、王国としてもまたチンケな最期を遂げたわけだ。


「南領でウチに使えそうなものがあったら、持ち帰りたいんだけど、いいかな」

「だいじょぶー!」


 こう見えてブラザーのぷにぷにボディは、驚異の“収納”能力を秘めているのだ。小さめのトラックくらいの容量で、魔物や獣や魚を生きたまま取り込むという異次元機能。人間も出来るのかどうかは、怖いから聞いてない。


「あ、そうだ。クーラック・ダンジョンに大麦小麦があるんなら、奪ってこようか。育てるのは三階層に植物のプロがいるわけだし」

「おーむぎ、こむぎー♪」


 何でも消化可能なブラザーたちは、麦にそれほど思い入れはない。ダンジョン魔力で栄養補給が可能な俺も同様だ。でも流民たちの食料になるなら、エルマール・ダンジョンの利益にもなる。それを聞いて、ブラザーも奪取には前向きになってくれた。


「いっぱい、とってくー!」

「おお、頼りにしてるぞ。まずは様子見だ」

「おー♪」


 クーラック・ダンジョンも南領も、まだ直接こちらに敵対してはいない。接触も面識も関係もないが、だからといって味方でもない。アーレンダイン王国は敵で、南領は……敵の敵の共謀相手といったところか。

 南領伯ナリン・コーエンは、アーレンダイン王国の反対側に……要は自分たちに被害が少なそうな側にある、北東のルスタ王国と内通して国内に引き込んだ。この国での外患誘致罪は当然ながら極刑だけれども、東領伯と北領伯が同じことを西のモノル帝国に対して行ったことで話は面倒になった。ある意味では、シンプルになったとも言える。

 アーレンダイン王国は、終わったのだ。結果がどうあれ、辺境伯が揃って裏切ったという時点で終わっている。


「クーラック・ダンジョンの方は、いまのところ情報がないんだよなー」

「いんびじぼー、いるよー?」

「え?」


 不可視のブラザーか。それを聞いた俺は、慌ててマールを呼び出す。


「クーラック・ダンジョンに<インヴィジブル・スライム>が潜入してるんだって?」

“いま入ったところです。確認していますので、少々お待ちください”


 蕎麦屋か。というかマールも俺と同じく、事後報告を受けたところらしい。どうやらブラザーたち俺が調査――という名の息抜き旅――に出ると聞いて、事前の安全確保に動いてくれたようなのだ。基本的に空気な(エア・)マスターなエルマールには、あまり報連相の習慣がないからな……。


「だんじょん、しまってるー」

「え?」

“そのようです。メイさんのところに、モニター開きますね”


 マールの性能が上がったことで、簡易的になら出先でも機能制御端末(コンソール)機能が使えるようになった。複雑な作業だと反応遅延(ラグ)機能不全(エラー)の可能性があるので、大きなデータを扱うのは非推奨。だけど確認用のモニターを開くくらいなら問題ない。

 ダンジョン内と思われる洞窟のような空間で、<インヴィジブル・スライム>が明滅する壁に行手を阻まれていた。


「これ、塞いでるのは魔力的な壁?」

“はい。どのダンジョンにもある【魔導防壁】スキルですが、クーラックは厳重ですね”

「なるほど。守りに特化してるのかもな」

「どーんて、こわすー?」

「う~ん……いや、ここは無理せずいっぺん撤退してもらおうか」

「あいさー♪」


 あれこれ話しているうちに、街道にもチラホラと移動するひとたちが増え始めていた。

 ピーナッツ型のスライム騎乗形態(バイク)に乗った俺を見て、誰もが擦れ違いざまに怪訝そうな顔をする。あるいは武器を抜いて、警戒心を丸出しにする。荷物を手持ちで徒歩の者から、馬車を仕立てている者まで様々だが、見た感じどれも商人。一般人はあまり移動しないのか、利に聡い商人以外は出歩かないほどの状況なのか。

 エルマールに流れ込んできた流民を見る限り、後者の可能性が高そうだな。


「これ、そろそろ中央領を出る頃?」

“いいえ、もう少し先です。五十キロメートル(クロニム)ほど南に大きな河があって、そこが境界ですね”


 王都のある中央領は王家直轄地で、東西南北の四領は大貴族家が統治する大領地。その中間には、下賜(かし)された小領が点在している。中央領側は王家から、南領側は南領伯から下げ渡され、領主は防衛の任を命じられている。それは王家と領伯の緩衝地帯とも言えるし、関係が悪化もしくは敵対した場合には。


「この旅では最初の難所か」

“はい。そこが、叛乱の最前線ですから”

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