スラップ&ビルド
御指摘いただきましたが、スクラップ&ビルドの誤記ではないのです。
そんな深い意味もないけど、前いた会社の内輪受けワード。
俺は四階層の湖畔にある第三作戦司令室で機能制御端末に向かい、淡々と【迷宮構築】を続けている。
やってることはサラリーマン時代と同じ。違うところはクリエイションに賭けているものがキャリアや給与査定ではなく命ということくらいか。
「ますたー、るーいん、じゅんちょー、だってー」
「おお、ありがとうブラザー」
五階層の湿地とジャングルを流民少年少女たちが住みやすいように調整、将来的に攻略してくるであろう冒険者の動線との切り分けを徹底した。最低限の衣食住も確保して、継続的な自給自足も可能なようにした。
七十名からいる子供らを率いるのは、中堅冒険者とはいえ十八歳の女の子だ。彼女にも年長の子たちも責任感や指揮能力があるようだが、不安がないと言えば嘘になる。拾ってしまったからには変な死に方されると寝覚めが悪いので、<ワイルド・スライム>に様子を見てきてもらったのだ。
ブラザーから聞いた限り、いまのところ困ったことはないようだ。
「あんま無理すんなって言っといて」
「あいさー!」
幸いジャングルはスライムの好む住環境でグリーン、ブルー、ピュア、インヴィジブルと大量に常駐している。人懐っこい彼らは、困ってる“身内”を見捨てたりしない。子供らの半数ほどがエルデラの眷属となっているから、困ったことがあれば“水蛇姫”も助けてくれるはずだ。
続いて六階層の砂漠ステージ。マールに増やしてもらった水場を、モニターでざっと確認する。生物たちが水場に集まっているかと思いきや、槍角羚羊とかいう羚羊の群れがいるだけだった。他に棲息しているのは、暑さに強い<レッド・スライム>と<砂漠大猫>くらいだからな。それ以外に配置した昆虫系は暑さと乾燥にメゲてたので、上の五階層に移した。
七階層の廃墟都市は、最初の構築時点でかなり手間暇かけたのでそのまま。逆にここだけ力を入れすぎて他とのアンバランスが気になるが、スルーだ。未完成部分が山ほどある状態で、終わったものを弄り出すとキリがない。
「なあマール、いま他のダンジョン爵はどうなってる?」
“東西南北の辺境ダンジョンは、四つとも健在です。ルスタ王国やモノル帝国も、現状まだ干渉してはいないようです”
性能が上がってすっかり敏腕秘書風になったコア・分身体のマール嬢だが、見た目はR指定ギリギリ……というか、たぶんアウトな紐ビキニ。仕事中は気が散るので、彼女の映ったモニターは最小サイズにしてある。
すごい数のモニターに囲まれて四方八方に手をやる姿が、いまも小さく映っていた。
「エイダリアも?」
“はい。魔物の大部分を失って、クラスは一気にCまで落ちましたが”
王家ごと王城を崩壊させたことで目的を達したのか、西端のダンジョンに籠もって守りに入ったようだ。
得られた限りの情報によれば、維持コストの高い攻撃型戦力など不要部分を切り捨て、コアとマスターの生存を最優先にしているらしい。
なるほど。西方三ダンジョンのマスターたちは破れかぶれの特攻だと思ってたんだけどな。最後のひとりエイダリアは……まだ生き延びることを諦めてはいないわけだ。
「再起を図ってる?」
“はい。いまエイダリアに対して実力行使に出られる勢力はありません。滅びかけのアーレンダイン王国にはもちろん、侵攻してきた二国も、他のダンジョン爵もです”
他のダンジョン爵は同格、といっても辺境に籠もったまま動かない三者だもんな。
俺たちエルマール・ダンジョンは、等級だけで言えば実力行使が可能だが何のメリットもないし、俺にその気もない。棚ボタでのクラス上昇だから実力が伴ってもいない。マールもそれを理解しているから、わざわざ発言しない。
「とりあえず、エイダリアは放置しておいて問題ないか」
“エルマール・ダンジョンとしては、まったく”
生き延びた四ダンジョンには天然の要害という立地的優位もあるが、それぞれに滅ぼされないよう強みと武器を持っていた。
岩塩が出る西端のエイダリア、迷宮内に穀倉地帯を持つ南端クーラック、王国最大の金鉱山があるという東端ルクソファン、そして北端ドルムナンは王国を支える大水源。どれも存在価値と財源になり、輸出を絞れば国への脅迫にもなる。いままでは徴税として互恵状態だってたのかもしれんが。
もうアーレンダインは国の体を成していない。それぞれ自助努力が必要になるわけだ。
“王都からは、再三の救援要請が入っています”
「また勅命? もう王城は壊滅したんだよな?」
“はい。なので今度は法務宮からです”
自助努力……せんのか。文官みたいだしな。国体が消えたら生き延びる力はなさそう。
先方が求めるのはダンジョン爵としての返答だから、いまのところ無視している状態だ。救援を拒絶する場合は、このままでも問題はない。
「放っとけ。助けてやる義理なんてないし、助ける気もない」
“了解です”
俺はいま、自分のことで手一杯なのだ。早く【迷宮構築】を済ませて、精度と品質の向上の作業に入りたい。速さ重視で組んでゆくと、不満ばかりが蓄積してくからな。
新規作成の八階層は西部劇調の荒野、九階層は荒野と繋げて入り組んだ鉱山地形にした。アイテムを配置すれば宝探しとして攻略する冒険者にアピールできる、かも。どこか上の階層に、わかりやすい宝の地図でも置くか。ステージの特性としては七階層の廃墟都市かな。
両階層とも地形は大まかな起伏だけざっくり組んで細かい部分は要所のみ。レベルデザインとしては手抜きなので、その要所を作り込む。オアシス、廃村、廃坑など人の暮らしがあった場所を重点的に入れて、そこに良い物と難敵を配置する。お宝を見せて、得るにはリスクとコストが必要だとわからせる作りだ。
要所はわかりやすく提示して、その移動中もダレない飽きさせない程度のトラブルと危機、発見と小さなご褒美を配置する。道に罠とか脇の藪に魔物、廃村に遺品ぽい財布や武器とかな。
「……こんなとこまで冒険者が降りてくるのは、いつになるやら」
それを考えてはいけない。ただでさえ弱っているモチベーションが切れる。
だいたい、市販パッケージゲームでもラストまでプレイするユーザーは三割程度なのだ。それでもエンディングは盛り上げ作り込みコストと人月を注ぎ込まなくてはいけない。自分の都合で顧客へのサービスを放棄するならクリエーションには携わらない方が良い。
この世界のダンジョン爵がエンタメ業界的な意味でのサービス業として成立しているかどうかは、かなり怪しいところだが。
「マール、八階層と九階層の【迷宮構築】は、だいたい終わった」
“はい。動植物の初期配置はこちらで行いますので、後ほどご確認ください”
「了解、頼む」
ピックアップする動植物は<ワイルド・スライム>たちが捕獲してきた生き物からだ。俺には環境に適応した魔物や生き物が何なのかという知識がないので、仮置き作業はマールに任せよう。アバター女史が有能で助かる。
十階層を終わらせたら休憩しようと思ったけど。もう無理。体力はともかく、集中力が限界。
「マール、ちょっと休む。何かあったら連絡してくれる?」
“お任せください。メイさん、どちらへ?”
「ああ。そうだな……」
何も考えてなかった。どこか息抜きに出掛けたかっただけだ。マール経由で聞いていた外の情報を少しだけ考え、俺は行き先を決める。
「南領府」
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