心の奥の消えない烽火
後で修正するかも
「どうじゃメイヘム。ウチの取り込んだ流民どもも、少しは役に立ってるであろう?」
四階層のコテージで機能制御端末を操作している俺を眺めながら、<水蛇>の姫様は<ワイルド・スライム>に寄り掛かる。
器用にバランスを取りながらコロコロと転がっている感じは、完全に元いた世界のバランスボールだ。
「ああ。……いや、少しじゃないな。ダンジョンの数値が、ビックリするくらい増えた。“水蛇姫”の御慧眼ってとこだな」
「そうじゃろ、そうじゃろ♪」
エルデラの提案で流民を受け入れたあたりから、エルマール・ダンジョンはダンジョン生命力とダンジョン魔力が順調に、そして急激に伸び始めていた。
思い出したように踏み込んでくる外部勢力や攻略者を倒して喰らうとか、他のダンジョンを襲うとか。そういう攻勢的手法の方が数値の上昇は大きいのだが、一時的なもので継続性がない。
対してエルデラの行う肥育的な魔力搾取は、効率的で、安全で、安定している。
定住した流民たちの“体内魔素”と朝晩の祈りは、“外在魔素”としてエルデラに入り、緩やかにダンジョンへと還元される。その数値は流民たちの生活が安定するとともに高まり、乗算的に伸びてゆく。
それに加えて、王国の水源再生もだ。エルマール・ダンジョン四階層の湖水を王国の中西部エルマンエイルの地下水脈と連結したことで、王国中西部域の“外在魔素”が活性化され始めていた。マナは水に乗って、再びエルマール・ダンジョンにも循環される。
あれこれ消費したはずのDHPとDMPだが、数値は減少分を遥かに上回って増加し続けていた。
名前:エルマール・ダンジョン
クラス:A
総階層数:25
DHP:1214299
DMP:1030236
DPT:847
Dスキル:【魔導防壁】【隠蔽魔法】【生成】【合成】【調達】【連結】【解放】【豊穣】【開闢】【安定】
すげえな。数値の伸びが凄まじい。
問題は、俺の能力と手数が足りないことだ。ぐんぐん増えてるパラメータを生かせるほど、【迷宮構築】を進められていない。魔物の数を【生成】で増やして、戦力を嵩上げするのが精いっぱいだ。
要所を守る魔物だけでも“不確定進化”を達成するところまで育てたいのだが、それは数が揃わないと意味がない。そもそも要所が七階層までしかない。
まずは箱を作らないことには置くものも置けないのだが、新規ステージを構築しようとすると既存ステージとの動線構成が気になり出す。できてるものを調整し始めると先に進めないので、無理やりにでも作業を進めるしかない。細かい配置や仕上げや調整は、有能なコア・アバターとして生まれ変わったマール女史に引き渡す。俺はひたすら先に進むのだ。
そうして仮素材と仮配置で組んでいくうちに、気になるところが出始める。配置物が気になり、構造が気になり、構成が気になり、修正ミスが気になり、考えなしに置いた仮素材が気になって振り出しに戻る。あれもこれも不満に思えてくる。全てを最初から組み直したくなる。そんなこと、できるわけがない。やったところで泥沼に嵌まるだけなのだ。わかっているのに納得行かず、いつの間にやら作業の手を止めてしまう。
これは本当に、ゲームデザイナー時代の悪夢を見ているみたいだ。ここには整理と管理する者がいないから、より悪い。
だいたい一、二階層を潰すことになった時点で俺の理想とするダンジョンはもう喪われてしまったのだ。夢や理想を語るのはやめて、みんなが無事に生き延びられるのを第一目的にする……べき、だ。
「頭ではわかってんだよ、そんなことは。それができねーから制作職になったんじゃねえかよ……!」
「お主はさっきから、何をモニョモニョ言うておるのじゃ」
「……なんもかんも、ままならんな、ってさ」
そんなもんじゃ、とエルデラ姐さんは男前に笑う。
「なあ、そういやジャングルの子供らはどうなった?」
「幸せそうに暮らしておるわ。ウチの加護で、魔力を上げてやったからのう。魔導師の素養がある者は、もう火を熾すくらいは楽にできるぞ?」
攻撃魔法ってことかとも思ったが、話を聞く限りそこまで大仰なものではないようだ。狩りや煮炊きに使える程度の日常魔法。それを常用することで魔導師としての地力を伸ばしてゆく方針らしい。
「真面目に励めば、己と仲間の身を守る程度はできるようになるじゃろ」
結局、流民の少年少女たちは半分近くがエルデラの眷属になった。
最初は引率役の冒険者少女ルーインだけだったが、年長者七名がそれに続いた。口ではキツいことを言いつつツンデレな“水蛇姫”の優しさを見て取ったのか、日に日に希望者が増していったのだ。
全員じゃないのは、加護を渡すのは十歳以上とエルデラが決めたからだ。生まれも育ちもバラバラで物心ついた頃には路上生活というような孤児出身が多いため、年齢自体さほど厳密なものではない。要は眷属になるかの判断を、自分でできる年齢になったら、ということだ。
「我が身を使うことすら覚束ない者に、大きな力を渡すと道を誤る」
エルデラはルーインたちに、そう伝えて身を律するよう命じた。
実際、彼女の眷属として加護を受けた三十数名の子供らは、かなりの戦力になっている。個々の力は限られているが、ホロホロチョウやウシガエル、<沼田場鹿>程度ならば年少組でも仕留めるのだ。連携を保てば大型の魔物でも倒せるだろう。
言い方を変えれば。軍の小部隊程度は彼らだけでも殲滅できる。
五階層の子供たちをモニター上で眺めながら、俺はどうしたものかと頭を悩ませる。
彼らは大きな<ハイドラス>像の前に御供物を置いているところだった。皆で力を合わせて作ったお手製の彫像で、眷属の契約をした子もしていない子たちも、朝晩に祈りを捧げているのだという。
「なんじゃメイヘム、不満か?」
「……いや。この世界の常識に、まだ馴染めないだけだ」
エルデラは俺を見て微笑む。俺が異界から召喚された存在だとは伝えてあった。そこがどんな世界なのかは朧げにしかイメージできていないようだが。ずいぶんと価値観が違う場所なのだということくらいは、理解してくれている。
もちろん、元いた世界にも修羅の国みたいなところはあるんだけどな。
「ウチも、子供らを魔物の代わりにする気はないぞ?」
「わかってるよ。エルデラの判断や現状に不満があるわけじゃない。ただ、いま何かあったら彼らもダメージはまともに喰らう」
冒険者であれ兵隊であれ、全面的にダンジョン攻略が開始されると兵力の不利は明白だ。どうしたって数の暴力に押し込まれる。そうなると、後背地のないエルマール・ダンジョンに安全地帯はない。
「それでお主は、泡食っておるのじゃな?」
「あー、まあ、そうな。先延ばしにして来たものに、限界が来ただけだけどな」
いまになって問題が表面化したわけじゃない。危機的状況なのは、最初からだ。ある意味、何も変わってない。
そもそもの話。エルマール・ダンジョンは当初から、ごくごく少数の、凄まじいばかりの精鋭のおかげで成り立ってきた。
より正確に言えば、成り立っていないのに生き延びてきたのだ。
主戦力は一騎当千の強者である<ワイルド・スライム>のブラザーズ。そして、入り口の三階層を守る<食肉妖花>のラウネと、パートナーの暗殺者アハーマ。あとは四階層に<水蛇>のエルデラが加わったくらいだ。
他の魔物たちも種類や数はそこそこいるが、個体で見れば上位クラスどころか中位クラスの実力しかない。
もちろん彼らの責任ではなく、俺がきちんと段階的に計画的に育ててこなかったせいだ。
あのまま王国が滅びたりせず、冒険者たちの攻略が本格的にスタートしてたら詰んでた。エルマールは亡国の危機に乗じて、漁夫の利というか火事場泥棒的に能力を伸ばして来たからな。いつの間にやら王国最強のAクラス・ダンジョンにはなったけれども、そこまでの実力も経験も戦略も戦力もない。さらに言えば、展望もだ。
八階層と九階層を急拵えででっち上げながら、俺は敵情視察の必要性を感じ始めていた。しばらく外の様子を確認していない。三階層の最強ペアがいれば安泰とは言え、少数の精鋭に頼りすぎだ。
気分転換も必要だろう。【迷宮構築】作業に根を詰めすぎて、あんまり頭が回っていない。
「よーっし、俺は十階層まで組んだら、外に出るん……だ?」
振り返るとエルデラはおらず、テラスで<ブルー・スライム>たちと戯れているところだった。
考えなしに発したセリフは無人のコテージに、完全な死亡フラグみたいに響いた。
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