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イン・ジ・エアー

 ルーインは、決断した。エルデラの眷属になることにしたのだ。


「……自分は、何でもする。だから、子供たちは放っておいて欲しい」


 この世の終わりみたいな顔で項垂れ、膝をついて頼む彼女の前で、“水蛇姫”はモニョッとした顔で俺を見る。


“なんじゃ、これ。ウチが取って喰うみたいな言われようなんじゃが”


 念話でボヤかれた。いや、俺に言われても知らんし。エルデラが基本的に善意でやってることは微塵も伝わっていないようだが、原因の大半は彼女が無駄に悪ぶったせいだ。照れ隠しからだとしても、そこは自業自得だろ。


「ルーイン姉! ひとりだけ犠牲になるなんてダメだよ! それなら、わたしたちも!」

「そうだよ、ぼくらも一緒に!」

「ああーん、姉がぁ……」


「あー、お主らどうも勘違いしとるようじゃがの。こやつを眷属にすることで、ウチには特に利はないぞ?」


 子供ら、聞いてない。もうエルデラはゲンナリした表情を隠そうともしない。

 イラッとして傍らの<ピュア・スライム>をひっつかむと、丸まって嘆いている子供らを片っ端からしばき倒した。


「やかましいわ、ガキども! ウチの話を聞けぃ!」


 しばくと言ってもぷにぷにの<ピュア・スライム>なので、びょーんと跳ね飛ばされるだけでハリセンほどの威力もない。近くに他のスライムもいるなかで、いちばん柔らかボディの<ピュア・スライム>を選ぶあたり、姫けっこう冷静である。

 当の<ピュア・スライム>だけはエルデラの手のなかで“なんで?”という顔をしているが、すまん助かったと労っておく。


「ええか? 眷属にならんと、加護をやれん。加護をやれんと、呪いは解けん。呪いが解けんと、そやつは死ぬ。そのくらいは、お主らもわかっとるじゃろがい!」

「「「……」」」

「お主らに何ぞ他の方策でもあるなら、ウチはいつでも手を引くがの」

「ちなみに他の手はあるのか?」


 小声で訊いた俺に、エルデラは小さく肩を竦める。

 ルーインは年長者たちに囲まれているが、彼らの耳はこちらに向いているのがわかる。


「ないこともないがの。どこでどれだけ喰らったのか知らんが、こやつの呪いは大小四つの重ね掛けじゃ。わりあい軽い三つは、魔導師が浄化魔法でも掛ければどうにか……」

「無理」


 ルーインは俯いたままで告げる。なんで断言できるのかと尋ねる間もなく、エルデラが代わりに答えてくれた。


「それもそうじゃな。浄化魔法を使えるような魔導師は、たいがい抹香臭い連中か、その子飼いじゃ。ここぞとばかりにカネを貪ってきよるんじゃろ」

「……貴族でも躊躇するほどの金額」

「仮に払えたところで同じじゃ。残ったデカい呪いは、ひとには解けん」

「!」


 ビクリと身を震わしたのは当のルーインではなく、年長組では最も小さな女の子だった。青褪めた顔は泣き出しそうな表情で強張っている。


「……わたしの、せい」

「違う。ヤカダは何も悪くない」

「わたしが、あんな古い(ほこら)を見つけなかったら」

「違う。みんなのために頑張った。宝物を、見つけようとした。そして見つかった。お陰で半月は食いつなげた」

「でも、そのせいで姉は」


 互いに庇い合っているが、俺にはよくわからん。ただエルデラは、理解しているようだ。


「ほう、祠とな。そこで、どこぞの龍種から(けが)れでも受けたか。この辺りに、そんなもんが()るとは知らんかったがの」

「エイルケインの“聖贄”跡で」


「「げふッ⁉︎」」


 エイルケインは、かつて王国中北部にあった大湖だ。湖水の“外在魔素(マナ)”が穢れたことで狂乱状態になった<水蛇(ハイドラス)>が大魔導師に封印され、神の怒りを鎮める名目で祀られていた。

 エルデラが、その“どこぞの龍種”本人なわけだが。

 穢れ自体を発生させたのは人間で、彼女はそれに巻き込まれた被害者……ではある。とはいえ(いささ)か気不味いらしく、俺が目を向けると、ついーっと視線を逸らす。


“ちなみに聖贄の正体は、(いにしえ)の魔物としか伝わっていません”


 解説ありがとうマール。いまのところ、祠とエルデラの関連性に気付いているものはいないわけだ。

 マールを含むダンジョン・コアのアバターたちは、実際にその当時を知っているからな。


「……ええい、忌々しいッ!」

「おいエルデラ、何する気……」

「決まっておろうが。ウチの眷属になるというならば、余計なものは何もかも奪ってやるのじゃ!」


 エルデラ先生、逆ギレっぽい感じでルーインに詰め寄り、肌を隠していたフードを無理やりに毟り取る。


「「ダメ、やめて!」」

「やかましいッ!」


 抗議し止めようとした子供らをキッと睨み据え、呪いに染まった少女の頭にアイアンクローをかますとエルデラは全身から青白い光を(ひらめ)かした。加護とか恩恵とかいうイメージではない。絵ヅラは完全に拷問。バチバチと電気ショックでも受けたみたいに痙攣しているので、気が気ではないけれども。

 数秒で解放されたルーインの肌は、スベスベした綺麗なものになっていた。


「全ての呪いは消えたのじゃ。その暑苦しいボロ切れは捨てよ、目障りじゃ!」


 だから、そういうとこだよ? もう少しホラ、シモジモの人気を得て上手いこと転がしてく感じの部分もさ……

 エルデラから、お前が言うな的な顔で見られた。俺の内心のツッコミを、念話能力で汲み取ったか。


「「ルーイン姉ぇ……ッ!」」


 抱き合って喜ぶ子供らを見て、まあ結果オーライだろうと俺たちは肩を竦めた。

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