サムバディズ・メアス
「……ひとんち?」
「そやつは、エルマール・ダンジョンのマスターじゃ」
ひとりが漏らした疑問に、律儀な“水蛇姫”が答える。ルーインのみならず年長者たちまで、武器を構えかけたまま息を呑んで固まった。ダンジョンの階層の主とラスボスに囲まれたら、そらそうなる。
いや、このダンジョン最強のラスボスは最初のフロアにいるんだが。
「くッ……これは、罠⁉︎」
ルーインの呟きが聞こえたのは、たぶん俺とエルデラだけだ。年長者たちの表情は恐怖というより緊張と困惑だったから、状況はあまりわかっていない。
「そんなわけなかろうが。殺すのが目的なら、四階層に居ったときに島を沈めるだけで終いじゃ」
「そ、それじゃ……肉として、飼う……」
「お主らの豊かな想像力には感心するがの。美味そうな肉なら、ほれ。他に、いくらでもおるわい」
エルデラが指差した先の水辺には、巨大なカエルと丸々太ったヌタジカが寝そべっている。緊張感のない光景だが、たしかに肉として子供らを飼う意味がないことは一目瞭然だ。
「……だったら、なぜ」
「ウチらはのう、攻め込んできた敵は殺す。身内は守る。迷い込んだ部外者も、有益であれば放っておく。問題は、いまひとつ判断に困るお主らじゃ」
と、ダンジョン・マスターが言うておる。みたいな顔で、こちらに話を振るエルデラ。
ムチャ振りすんなや。戦々恐々な顔で一斉に見られて、空気マスターはリアクションに困る。
「ああ……そうだな。俺は、お前らがどうなろうと、どうでもいい。好きに暮らしていけば、こっちは“体内魔素”を得られて“外在魔素”に変わり、それの一部をお前らに下げ渡せば相利共生になる」
「邪魔になったら、魔物に喰わせれば良いしのう?」
エルデラの合いの手を聞いて、全員がビクッとなる。
無意味な悪ぶりはやめろと目で伝えると、苦笑気味に肩を竦められた。
「……やっぱり、たべるんだ⁉︎」
「いやいや、望んで喰いはせん。せんが……ウチらはマスター殿には逆らえんのでな。命ぜられれば、泣く泣く従うしかないのじゃ」
「おい」
小さくツッコミを入れると、美少女<水蛇>はニッと悪びれずに笑う。ホントにもう……。
「お主らの処遇はマスター殿に委ねるにせよ、その前段として生き延びる手が、ないではないぞ?」
そこでエルデラは、ルーインに目を向ける。
「ウチの眷属になるなら、加護も力も与えてやるがのう」
「断る」
「勘違いするでないぞ。使役もせんし、縛りもせん。何をせいとも、するなとも言わん。ダンジョンに留まろうと、どこぞに旅立とうと勝手じゃ。お主らの思うように生きれば良い」
「断る。魔物の眷属にならなくても、生き延びていける」
「……ふむ。ちっこい奴らは、そうかもしれんがの。お主は、持って二年じゃな」
「「⁉︎」」
エルデラに身構え、それ以上話せば殺すとばかりに目で脅すルーイン。怒りに震える顔は、しかし一瞬で青褪めている。
「……な、何の話か……」
「わからんとは言わせんぞ。どうやら、嘘は苦手なようじゃしの」
エルデラがフードの裾を指先で跳ね上げると、剣を抜こうと身構えたルーインの腕が覗く。一瞬だけだが、その肌には赤黒い蜘蛛の巣のような染みが広がっているのが見えた。
「……ッ!」
「ウチの目まで誤魔化せるとでも思うたか? お主の身体は呪いに蝕まれておろうが」
抜きかけた剣は“水蛇姫”の指先ひとつで柄頭を押さえられ、押し殺した唸り声を上げながら睨みつけるしかできない。
「どれだけ一身に背負って来たか知らんが、たかが人の子。頼るばかりの幼子の群れを、率いるには力が足りぬ」
「黙れッ! お前に! あたしたちの何がわかる⁉︎」
冒険者として流民の子たちを統率し育て支え守り続けて来た彼女も、前に聞いた情報によれば十八やそこらだ。
あまり虐めてやるなとは思うが、ここで突き放したところで待っているのは死。そうなれば、子供らはいずれ全滅するだけだ。
「ルーイン姉⁉︎」
「だ、だって! ぜったい、大丈夫だって……⁉︎」
「それは、言うであろうな。何も知らん無力な幼子を、ただ不安にさせて何の益がある?」
悪ぶりながら言うエルデラの目には、怒りが宿っていた。何に対してかは、なんとなくわかる。
そうなるしかない状況を作った、この国。手を差し伸べず見殺しにした大人たちにだ。無差別に王国丸ごと滅ぼしてやろうとはならないにしても。あのとき彼女が言ったように。
“……ああいうのが、大嫌いじゃ”
エルデラは、この気に食わない状況を消し去ろうとしているのだ。
「ウチの眷属になって全てを得るか。ここで幼子もろとも短い生を終えるか。いますぐ決めよ」
「……ふざけるな! あたしは!」
「お主がどう思おうと、何を願おうと世は変わらん。腐り切った死にかけの王国も、その死骸を貪るクズどもの存在もじゃ」
エルデラは小さく溜め息を吐き、ルーインと彼女を囲む子供らに背を向ける。チラリと見せた痛ましげな視線は、俺の目にしか入らなかった。
「であれば、選ぶべきはふたつ」
エルデラは俺を見て、すまんとばかりに目顔で謝る。そんなに辛いなら、やらなきゃいいのに。流民を拾うにせよ見捨てるにせよ、その責任も。拾った連中の世話も責任も悪者の役目も。本来ならダンジョン・マスターである俺が背負うべきことなのに。
役立たずのマスターをお飾りと神棚に上げ、誇り高き神獣は全てを受け止めてなお背筋を伸ばし、笑った。
「おめおめと踏み潰されるか、逆に叩き潰すかじゃ」
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