揺れるルーイン
「メイヘム、<ワイルド・スライム>を借りるぞ」
「いや待て、俺も行く」
マールに転移可能か確認しかけて、やめた。たしか俺とブラザーが下から通ってきたとき、五階層に入ったところでトラブルが発生したはず。それで、すぐに四階層に向かった。五階層で転移用の座標設定をした記憶はない。
……いや、遊びに来る気はないから要らない、みたいなことをブラザーに話した記憶がある。それでこの体たらく。
もう、ホント俺って馬鹿。
「ブラザー、頼む」
「あいさー♪」
エルデラと俺をふたり乗りで搭乗させると、騎乗形態の<ワイルド・スライム>は湖面を滑るように移動し始めた。攻略者用のルートは、流民たちのいる島から少し離れた湖面に浮かぶ難破船の甲板だ。そこで四階層ラスボスとの対決をしてもらって、次のステージである五階層に出る流れになっていた。まだ通過者はいないので画餅でしかないが、改めて見ると少しファンタジーが過ぎるような気はする。
「ブラザー、そこの船の上に出て。マール?」
“はい、転送用意できています”
このステージのラスボス本人と一緒に、俺は難破船の甲板で転移魔法陣に乗った。
転送後の五階層、大木の樹洞から出て、子供たちのいる場所を目指す。いまいる正規攻略ルートは、攻略者のためにデザインされた動線だ。子供らの位置からは七、八キロメートルほど離れている。
「マール、子供らに危険は?」
“問題ありません。いまのところ危険な魔物の配置は攻略ルート周辺だけですし、流民の移動範囲にはメイさんの張った結界が機能しています”
「了解」
こちらで設定した流民の居住区画は、山から降ってきた先の平地。そこには食用の葉や根茎を持つ植物、果実の生る樹木を設定して、食用のカクレヌマエビとヒラウナギが棲息する池、ウシガエルが棲む湿地を作っておいた。あちこちに――実際には、まだ前人未到なのだけれども――冒険者が置いてきた態で物資や武器も置いておいたので、頑張れば<沼田場鹿>も狩れるだろう。
「エルデラが話をつけるのか?」
「そうじゃの。このままだと、あの娘はずーっと自分を犠牲にして生きていきよる」
「その覚悟はしてるんだろ」
「わかっとるわ、そんなこと。だから、これはウチの身勝手じゃ。責は負うが、たとえお主でも文句は言わさん」
「言うわけないだろ」
だったら何で付いて来たんじゃいと、エルデラは不満そうな顔で振り返る。何でかと訊かれてしまうと返答に困るが、そうも言うてられんので曖昧に肩を竦める。
「これでも俺、責任者だからさ」
◇ ◇
「あー、水ッ! ほらルーイン姉、池があるよ!」
「うん。まだ気を抜かないでね」
子供たちの一団が、無事に居住区画まで辿り着いた。
少し離れた高台から、俺とエルデラはそれを眺める。音声は<インヴィジブル・スライム>からの転送。スピーカー役の<ピュア・スライム>に腰掛け、エルデラはバランスボールのように揺れている。
つまらなそうな顔で、何事か考えながら。
「年長組、小さい子たちが揃ってるか確認したら、固まって休ませて」
「「はい」」
年長組というのは、七人いるリーダー格のことだろう。行動の前と後には点呼を行うように決められているようだ。
水辺にはルーインという少女が単身で近付き、年長組の少年少女が周囲で警戒に当たる。魔物や危険な動物、そして人間がいないか。そして年少組が不用意な行動をしないか。
いまのところ、小さい子たちは疲れて動けないようだが。
「大丈夫そう。なんだか上の、湖の水と同じ味がする」
「よかった」
ルーインは飲めるかどうか確認した後で皮の水筒に水を汲み、年長者に配り始めた。彼らは小さい子たちからその水を飲ませてゆく。優先順位が徹底していて、その行動も自然だ。
「少し休もう。その後、あたしたちで野営の準備をするよ」
「「はい」」
彼ら行動は武張ったところのない軍隊というか、ボーイスカウト的な感じ。七十人もの大所帯だというのに、すべてが混乱もなくサクサクと進められてゆく。
前にもこういった経験があるのか。あるいは、ずっとそうしてきたか。
「ルーイン姉、美味しそうなカエルがいるよ。クルナに射ってもらう?」
「大きすぎる。倒すには毒が必要」
「麻痺毒なら、四階層でクロヅメドクエビから集めておいた」
「さすがショシュカ。いつの間に」
「ルーイン姉、湿地のなかに<沼田場鹿>の泥浴び跡があったよ。あれなら、ぼく罠で狩れるよ」
「それじゃアイオとクルナで食料確保をお願い。その間ふたりが見ていた年少組は、みんなで分担」
「「はい」」
年長組の会話が聞こえてくる。明るくも頼もしく微妙に物騒な話題だ。
「ルーイン姉、葉が厚い木を見つけた。デーオなら切り倒せそう」
「小屋を組むのに、どのくらい?」
「ひと組ぶんので、二日かな。急いでも、全部で半月近くは掛かる」
「大きい子たちは急がない。でも小さな子たちが濡れずに寝られる場所だけは、すぐに必要」
「わかってる。奥に小さな岩場があった。大きな窪みがあるから、急な雨も避けられそうだよ」
「それじゃ、拠点はその近くに。作業はデーオとマイケスでお願い。すぐに年少組を分け直すから」
「「はい」」
「邪魔するぞ」
話し合いが済んだ頃合いと見て、エルデラがズンズンと入ってゆく。白いワンピースの<水蛇>嬢に、付き従う感じのダンジョン・マスター。俺たちが開けた平地に姿を見せるよりも早く、年長組の全員が無言のまま散っていた。それぞれ分担した年少組を守りながら、武器を構えて臨戦態勢だ。
年長者たち全員から、子供らしい表情は掻き消えていた。にこやかな会話のときと打って変わって、そこにあるのは獣のような殺意と敵意だけ。
その中心で、ルーインがエルデラの前に立ち塞がる。背負っていた剣を懐に引き寄せ、お前の相手は自分だとばかりに睨みつけてくる。
「誰」
ルーインの口からボソリと発せられる。こちらの正体に興味を持っている風ではない。隙を作る手段か、殺す理由の詮索か。あるいは。
「お主らの追い求めておる、報復の相手ではないぞ。悪いが、湖から先に兵が入ることはない。ウチがみーんな、殺してやるのでな」
ルーインの目が、スッと細められる。低く身構えたまま、剣を抜こうとしているのがわかった。
「……流民たちが、言ってた“水蛇姫”」
「なんと呼んでおるかは知らん。湖を塒にしておる縁で、あやつらに手は貸したがの」
「あたしたちに、手出しは要らない」
突き放すような拒絶。ルーインの敵意が高まる。エルデラは動じる気配もなく、呆れ顔で首を傾げる。
「おお。能力だけで言えば、生き延びるのに苦労はなさそうじゃ。最初は、放っておこうと思ったんじゃがの」
「こんなところまで、あなたの縄張りだとでも?」
「こんな暑苦しい森になぞ、縁もゆかりも興味もないわい。あるとしたら、お主のそれじゃ」
指差されたルーインの身体が、ビクリと震える。身を守るように、分厚い着衣を搔き抱く。フードの陰で、目が剣呑な光を放つ。
「……お主、お仲間どもにはどこまで話したんじゃ」
「黙れ」
抜き打ちの構えで、ルーインは低く唸った。憤怒の表情でエルデラを睨みつけるが、まさか<水蛇>相手に勝てると思うほど馬鹿ではないだろう。
自分が死ぬだけではなく仲間たちに累が及ぶと、理解できないほど愚かでもない。
「「姉」」
小さく声が聞こえた。合図をもらえれば即座に、全力で殺してみせると、年長組の姿勢と目が物語っている。
その迷いない姿を見て、ルーインの表情が初めて揺らいだ。死や苦痛は怖れない彼女でも、仲間たちが傷つくのだけは許容できないのだろう。
エルデラが大嫌いだと言ったのは、きっと彼らではなく彼らをそんな風にした奴ら、あるいは社会だ。
「ああ、もう……お前ら、全員動くな!」
見てられないので声を上げると、子供らは影の薄い俺に初めて気付いたような顔をする。
正直、ちょっと傷つく。
「「な……ッ!」」
「うるせえ!」
抗議か警告か罵倒か、なにか声を上げようとする子供たちを怒鳴りつける。なんとなく伝わって来た境遇に同情はするが、付き合いきれん。呆れ顔でこちらを見る“水蛇姫”にもイラッとする。
「ひとんちでゴチャゴチャ能書きこいてんじゃねえよ、阿呆どもが」
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