最終話 可愛すぎるサキさんはとてもかわいい!
申し訳ございません、唐突ですが最終話とさせていただきます。
詳細は文末にて。
誠たちは3度の延長を経てカラオケボックスを後にした。
外はすでに薄暗い闇が迫りくる頃合いで、肌を刺す風も厳しさを増している。
「うは、寒っ」
「早く春になんないかなぁ」
「だね。今日は楽しかった、サキさん?」
「うん。誠が言ってたとおり、唯人はいい人だね」
「誠さん……俺のこと、どういう風に説明してたか聞いていい?」
「さぁ? 見たまんまを答えただけだし」
「そうなの? ……まぁいいや」
唯人に問われて記憶を掘り返して見たものの……特におかしなことを吹き込んだ覚えはない。
素直に褒められておけばいいのに。
唯人は誰とでもうまく距離を掴んで付き合う術に長けている反面、どこかしら韜晦を感じることがある。
「えっと、唯人」
「どうかした?」
「あの……これからも誠のこと、よろしくお願いします」
サキが神妙な表情で改まってそんなことを言う。
すっと頭が下げられて、ピンクブロンドの髪が揺れた。
ギョッと目を丸くした唯人は、しかし動揺をサキに悟られないように笑った。
「ご心配なく。誠がおかしなことにならないよう、ちゃんと見張っとくよ」
「ありがと。私、学校のことってよくわかんないから……」
頭をあげたサキの眦がしょんぼりと下がっている。
つい先日まで誠を苦しめていた香澄の件を思い出しているらしい。
唯人が不審げに眉を寄せた。次いで誠に向けられたのは……今までで一番厳しい視線だった。
でも、彼の口から出たのは詰問の類ではなくて、
「誠、彼女を困らせるんじゃねーぞ」
「言われなくてもわかってるし」
「いや~、誠さんは微妙にわかってない時があるから心配されてるんだぜ」
「ぐ……」
何となく心当たりがあるだけに、言い返せない。
言葉に詰まった誠の顔を見て笑い合うサキと唯人。
ダシにされたのは気に食わないものの、ふたりが良好な関係を築けそうでよかったと心の中で胸を撫で下ろす。
「そんじゃ、そろそろ帰りますか」
「そうだな。このままだと風邪ひきそう」
「だねぇ」
ざっくばらんに雑談を交わしながら駅に向かう。
誠とサキは地元だが、唯人は少し離れたところに住んでいる。
今日もここまでわざわざ電車に乗ってやってきた。
サキとふたりで唯人を見送るためにやってきた駅は、絶望的な表情に溢れていた。
「日曜の夕方って、胸にクるよなぁ……」
肩を竦めた唯人は駅のホームに向かい、すれ違いざまに誠の耳に囁きかけた。
サキに聞こえないよう、微妙に抑制された声で。
「お前ら、同じ匂いがするんだよな。気付いてるか?」
「……似た者同士ってこと?」
雰囲気の話だろうか?
眉を寄せて唯人を見返すと、洒脱な友人はマジな顔だった。
「そうじゃねーよ。そのまんま同じ匂いってこと」
「……」
「何か言うことありませんかね、誠さん?」
「別に。何にもないね」
追及をスルーしたものの、心の中は大混乱。
同じ匂いがする……たまたま体臭が似通っていて、石鹸も洗剤も何もかもが似通っていて……
そんな話が通用するわけないし、わざわざサキに聞こえないよう小声で呟くこともない。
つまり唯人はこう言っている。
『ひょっとして一緒に暮らしてる?』
『高校生の身の上で同い年の女子と同居なんて非現実的だろ!』と笑い飛ばすことはしない。
だからと言って『いいぞ、もっとやれ』と唆してくることもない。唯人はあくまで真剣に誠を心配してくれている。
友人の気遣いは理解できるのだが……唯人から視線を逸らせることしかできなかった。
煮え切らない誠の様子をしばし窺っていた唯人は、軽くため息をついて肩を叩いてくる。
「ま、誰にも言わねーから安心しな」
「……ああ」
「でも気を付けろよ。お前はともかく彼女を傷つけるような真似は絶対にするな」
「言われなくてもわかってるよ」
「この手のネタは男より女の方がダメージがデカいからな」
「肝に命じておく」
掠れた声で応えながらも、誠はゴクリと唾を飲み込んだ。
唯人は学校において最も誠に近しい人間であり、彼以上に距離を詰めてくる者はいない。
だからと言って彼だけが特別で、他の人間には気づかれないと考えるのは早計にすぎる。
つまり――
――ここらが限界か……
「どーしたの、ふたりとも?」
「なんでもないよ、サキさん」
「う~ん、男同士の秘密って奴」
「はぁ……そういうのってあるんだ」
サキを見て、唯人は優しい笑みを浮かべた。
彼は彼なりに彼女のことが気に入った様子だ。
無論、いかがわしい意味合いではない。
「それじゃまた学校でな」
「ああ。またな」
「つっても明日だけどな」
「言うなよ、それを……」
日曜の夕暮れにブルーになっているのは街を行く人々だけではない。
誠も唯人も似たり寄ったりだ。この時間帯は誰もが同じ思いを胸に抱いている。
そのあたりの事情に詳しくないサキだけが首をかしげている。
軽く手を振りながら人が溢れる駅に消えてゆく友人の背中を、誠はじっと見つめていた。
★
「匂いかぁ……」
人混みから離れるなりサキが問い詰めてきた。
気付かないうちに余程思いつめた表情をしていたらしい。
黙っているわけにもいかず、先ほど唯人からもらった忠告について説明した。
手を繋いで歩く桃色髪の少女は、鼻先に寄せた袖の匂いをクンクンと嗅ぎながら『なんだか犬みたいだね』などと呆れている。
「鋭い奴だとは思ってたけど、そんなところからバレるなんて完全に想定外だよ」
額に手を当てて天を仰いだ。
サキも首を横に振っている。
「すっかり混じってわかんなくなっちゃってたね、匂いなんて」
「確かに。どうしようもないな、これ」
上辺だけを誤魔化したところで、どうにもならない。
誠とサキの関係は深く、熱く、そして爛れきっている。
寝食を共にするどころか、身体も心も交わし合う関係。
――認めざるを得ないよな……
クリスマスイブの夜から始まった秘密の生活のそこかしこが、もはや隠しきれないほどにほころび始めている。
「……もうやめる、なんて言わないよね?」
『何を?』なんて問うことはしなかった。
サキの言わんとするところは理解できる。
「まさか。今さらそんなこと言うわけないじゃない」
ふたりの生活は相互扶助の契約をベースにしている。
誠はサキに生気と住居を与え、サキは誠に快楽を与える。
ただ……ふたりの関係はドライな約束事に縛られているものではない。
もはやサキのいない生活なんて考えられないし、彼女と致さない夜なんて想像もできない。
隣を歩く彼女もきっと同じように思っていてくれている……などと期待してチラリと視線を横に送ると、誠の方を向いたアメジストの煌めきが目に飛び込んできた。
お互いの視線が絡み合うなりサキの白皙が朱に染まり、何事もなかったかのように正面に向き直った。少し尖った耳まで真っ赤な横顔が可愛い。
しばしの沈黙。咳払い。そして――
「誠から私の匂いがしなくなるの、嫌だな」
小さな小さな呟きが、誠の耳朶を打った。
頬が急に熱を持つのを止められない。
「同感。だから……」
「だから?」
キョトンとしたまま語尾を拾ったサキを横目に、誠はポケットの中からスマートフォンを取り出した。
無機質なディスプレイに指を這わせて通話モードを立ち上げる。
表示されている相手の名前は――誠の父親だった。
「誠? な、何する気?」
「僕らの生活は、今のままじゃダメになる」
目を逸らしてきた事実を、あえて断言した。
サキは悪魔だから魔法の力を使えば大抵の問題は解決できる。
でも、万能と言うわけではない。
登下校の最中ですれ違う隣人たちは、時折不審げな眼差しを向けてきている。
そして会ったばかりの唯人には、速攻でバレてしまった。
金銭面ではもっと大きな問題を抱えている。
サキはアルバイトを始めてくれたが……身も蓋もない話、バイト代は人間ひとり分の生活費に到底届かない。
今は誠の貯金を切り崩しているものの遠からず限界が来る。これはあらかじめ予想されていた話でもあった。
唯人にサキを紹介してはっきりとわかった。
この生活はいつまでも続けられない。
……このままでは。
「ずっと先延ばしにしてたけど……話すよ、サキさんのこと」
「誠、でも!」
「大丈夫。何とかなる……じゃないな、どうにかする」
僕を信じて。
そう呟いて桃色の髪をそっと撫でる。
『信じて』だなんて……何の根拠もないただの慰めに過ぎない。
紫色の瞳に涙を一杯に溜めていた悪魔の少女は、それでも首を縦に振ってくれた。
紅潮した頬に後から後から水滴が流れ落ちる。
指でそっと雫を拭って唇に運ぶと、甘い味がした。
「で、サキさんにお願いがあるんだけど」
「……何?」
「手、握っててほしいんだ」
左手を差し出すと、少女の両手が絡みついた。
そのまま胸元に抱きしめられる。
「他には?」
「それだけでいいよ」
「ギュってしなくていい?」
「電話中に変な気分になると困るから……」
「もう! 何でこのタイミングでそんなこと言うかなぁ」
「いや、ここでしくじると冗談抜きでヤバいからね?」
「わかってる。どうなっても私は後悔しないから」
「……うん」
スマートフォンを握る手が震えている。
『親に隠れて同い年の少女と同居している』だなんて、素直に話したらどうなるか想像もつかない。
しかもサキはサキュバスすなわち悪魔だ。人間ではない。
誠からすれば『それがどうした』と一蹴するような話でも、両親がどう捉えるかは別の問題だ。
日が暮れて肌寒い風に晒されて、身体はすっかり凍えてしまっている。
でも、この震えは違う。これは――乗り越えなければならない震えだ。
左手にぬくもりを感じた。顔をあげると、すぐ傍に優しい笑顔があった。
クリスマスイブの夜に出会った運命あるいは偶然。
誠に生きる力と希望をくれて、ずっと傍で支えてくれていた少女。彼女のおかげで、誠は俯いていた頭を上げることができるようになった。
これからも彼女と共にありたいと強く願うからこそ、今ここで立ち向かわなければならない。
夢を見る時間は終わった。
夢を見続けるために、現実に向かい合う時間だ。
指がそっと父親の名前に触れた。スマホを耳にあてる。
ギュッと目を閉じるとサキの息遣いを感じた。
コール音が続く。永遠にも一瞬にも感じる時を経て――
「どうした、誠?」
「もしもし、父さん? 話したいことがあるんだ」
と言うわけで『幼馴染だった恋人に浮気されてフラれたけれど、サキュバス処女に慰められたので平気です。』は、これにて一時完結とさせていただきます。
ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございました。
閑話が~とか第2部が~とか言っておいてこの有様、本当に申し訳なく思っております。
ただ、完全に終了と断言することは致しません。
サキさんの内面とかあんまり書けてないし。よさげな話を思いついたら続きを書こうと思います。
どうかご容赦のほど、よろしくお願いいたします。
突然の終了について、一番の理由はモチベーションの低下。
原因はふたつあって、ひとつは身も蓋もない話、ポイント的に伸びしろがないなと感じました。
もうひとつの原因は、結果とは言えタグ詐欺的な展開になってしまったことにモヤモヤを覚えているからです。
『コスプレ~』の時も似たような感覚があったのですが、この思いを抱いたまま執筆を続けるのはしんどいです。
ふたつ目の理由は、第2部の新キャラとして構想していたキャラがどうにもサブ枠に収まらない感じがしてきまして、この子用に単独のストーリーを考えた方がいいんじゃないかという思いが強くなってきたからです。こっちはちょっと前向きな理由ですね。
最後に手前味噌な話ではありますが、今後の執筆の励みとするためにポイント評価を頂ければありがたく思います。




