第33話 初めてのカラオケでテンションアゲアゲのサキさんはとてもかわいい!
「へ~、カラオケってこんな風になってるんだ」
3人で連れ立って足を踏み入れたカラオケボックス。
案内された室内をひと目見たサキの第一声がコレ。
サキュバスの少女は初めて目にする機器に驚き、何故か壁をトントンと叩き始めた。
「あれ、何やってんの?」
「僕に聞かれてもなぁ」
互いに目配せを交わし合う男たちを尻目に、サキは膨れ上がった好奇心を隠そうともしない。
薄暗い部屋を歩き回り、ひととおり内装をチェックして、誠の耳元でそっと囁いた。
「なんだかいかがわしいね」
「言っとくけど、防犯カメラがあるから」
「な~んだ」
一か月以上も共に過ごしてきたのだ。
彼女が何を考えていたのかは想像がつく。
大方ここでナニすることを妄想していたのだろう。
――漫画とかの読みすぎじゃないかな。
家に帰ったらノートパソコンの履歴を調べておこうと固く誓った。
スマートフォンが持てない代わりに、ノートパソコンを自由に見られるようにしている。
誠が家におらず、彼女のアルバイトがない時間を持て余してしまうのではないかと配慮した結果だが……おかしなことになっているかもしれない。
――普通、こういうのは男女で逆なんじゃないかな?
『まぁ、サキさんはサキュバスだし、そういうこともあるか』などと強引な理屈で理解を示した振りをする。
性欲に振り回されるのは男ばかりではないということかもしれない。
「……誠さん?」
「いや、その……サキさんは、ほら、細かいところが気になるタイプでさ」
訝しげな眼差しを向けてくる友人への回答は、今までにないほど苦しい言い訳だった。
『これは無理だろ』心の中で声にならない悲鳴を上げていたのだが……
「なるほどなぁ……見た目は派手だけど、結構お堅いのな」
唯人、謎の納得。
セリフから推測するに、おおよそ正反対の解釈をした模様。
誠は友人がよくわからなくなった。
そして――
「いぇ~~~~~い! みんな、私の歌を聞きなさ~~~い!」
サキ、熱唱。
★
「誠さん、ここは一発かますところだっただろうに」
「お前が僕に何を期待しているのかわからないな」
マイクが回ってきたので一曲披露したところ、こんな感想を頂いた。
誠は殊更に歌を好んでいるわけではないが、別に苦手としているわけでもない。
入力されていた曲は最近ヒットチャートを賑やかしているもので耳にしたこともあった。
感動を呼び起こすほどうまく歌い上げることはできないにしても、無難にやり過ごすくらいなら造作もない。
「誠、次こっち! 私が歌う!」
「うん。今日は好きなだけどうぞ」
「わ~い!」
意外なことに、彼女は一度握ったマイクをなかなか離さないタイプであった。
誠も唯人もカラオケに強い興味を抱いていなかったので、うまい具合に噛み合っている。
これでサキの歌が絶望的に下手なら地獄なわけだが……別にそういうこともなかった。
実に平和な、どこにでもありそうな若者たちのお楽しみタイムが繰り広げられている。
「誠さぁ、あんないい子とどこで知り合ったか聞いていい?」
気怠げな口調で横合いからズバッと尋ねられる。
軽く咳払いして、あらかじめ用意してあった答えを返す。
「香澄に振られてショックを受けてたところに、街でたまたまって感じ」
「自分から声をかけたワケ?」
「……サキさんの方から声かけてくれた」
「だよなぁ」
しみじみとした唯人の声。
このあたりの問答については、事前にサキと口裏を合わせている。
誠の方からサキにナンパを……という設定にしようとしたものの、香澄に振られてすぐにそれでは説得力がない。
そう懇々と諭されて、やむなく折れた。自分でも無理があるなと思っていたので強行できなかった。
その結果逆ナンに引っかかった形になってしまったのだが……サキはあまり気にしないようだった。
「でもまぁ、よかったっつーか」
「何が?」
「いや、誠って良くも悪くも真面目過ぎるから、香澄さんに振られたら『生きていても仕方ない。死のう』とか言い出しかねない感じがしてさ」
「……」
「そこで黙るのかよ……サキさんに会えてホントよかったな、お前」
「否定しない。彼女にはどれだけ感謝してもし足りない」
「その割にはカラオケにすら連れてきてあげてない、と」
「ぐ……」
じわじわと詰め寄ってくる唯人。
軽佻な声にわずかながらの非難が混じっている。
客観的に状況を鑑みれば、この男の言葉は理に適っている。
「あの子はそんなに怒ってないみたいだけど。甘え過ぎんなよ」
「わかってる……つもりだよ。僕としてはもっと甘えてほしいぐらいなんだ」
慨嘆しつつサキを眺めやった。桃色髪の少女は歌に熱中している。
室内は彼女の声で満たされていて、男同士の密談は誰の耳にも届いていない。
当の本人たちだけの間で交わされる、女子には聞かせたくないトークだ。
「どうだろうなぁ。お前さんが頼りなく見えたら甘えられないだろうし」
「うぐっ」
「そもそもあっちの方がガンガンに男を甘やかしたいタイプかもしれん」
「……そう見える?」
「わかんね。今までに会ったことないタイプだわ、あの子」
「そうなの?」
唯人の声にネガティブな要素は含まれていなかった。
ただ……サキという少女を計りかねている風ではあった。
誠の知る限り、唯人の交友関係は相当に広い。
校内に限定しても様々なカテゴリーの人間と友好を築いている。
その彼をして見たことがないと戸惑わせるとなると、これはただ事ではないように思える。
氷が溶けかかっているコーラを喉に流し込んだ唯人は、誠の問いかけにしばし考える素振りを見せる。
「一見すると典型的な陽キャって感じなんだけど……どうも引っかかるんだよなぁ」
「引っかかる?」
「めっちゃ明るそうに見えるのに、なんか寂しそうにも見える」
矛盾してるな。
唯人は自嘲気味な笑みを浮かべた。
「明るそうなのに寂しそう、か……」
「ま、俺は今日会ったばっかりだし。あんま深刻に捉えられても困る」
「……」
両手を組んで顎を乗せて目を閉じる。
唯人の言葉に誤りはない。
彼女はただの人間ではない。悪魔だ。
魔界から人間界にやってきたサキュバスの少女、それがサキの正体。
――唯人が引っかかりを覚えているのは、サキさんが悪魔だからか?
サキを評する唯人の口ぶりに焦りにも似た感情を覚える。
クリスマスイブの夜に出会って、共に暮らし始めてひと月と少々。
誠は自分のことにいっぱいいっぱいで、あまりサキのことを慮ってこられなかった。
すぐ傍にいるのに何もわかっていない。その事実が誠の胸に深く重く突き刺さった。
「それとも……他に何かあるのか?」
「……その言い方、心当たりある?」
つい口から零れた言葉を拾われ、誠は軽く硬直した。
ギギ……と顔を横にスライドさせると、唯人の真剣な眼差しがあった。
「ごめん、言えない」
「そっか」
唯人はそれ以上踏み込んでは来なかった。
サキの正体にまつわるアレコレは、おそらく永遠に語ることはないだろう。
自分のことを真摯に考えていてくれる友人に対して申し訳なく思う。
でも、これはさすがに無理だった。
ふたりの前で楽しそうに歌っている少女も望んでいない気がする。
「ごめん」
「いいって。でも……もし悩みがあって俺が力になれそうなら、遠慮なく言えよ」
「……ありがとう」
「ちょっとそこ! テンション上げて!」
しんみりしかかっていたところに、マイク越しのサキの声が重なった。
顔をあげるとキラキラ輝くアメジストの眼差しが向けられている。
「う、うん」
「サキさん、しっかり楽しんでる?」
「私、超楽しい! ふたりとも、今日はほんとにありがとね!」
ここに来るまではガチガチだったサキも、すっかり力みが取れて明るい笑顔を振りまいている。
そんな彼女が堪らなく眩しかった。あの笑顔を守りたいと素直に思える。
「楽しそうじゃん、彼女。今のところはあれでいいんじゃね?」
「そうだね」
ふたりで笑みを交わし合う間にも、ずんずんとサキが近づいてくる。
誠の前で仁王立ちして、マイクを突き出してひと言。
「歌って」
「え?」
「私、もう喉カラカラ。ちょっと休憩」
そう言うなりぼすっと誠の隣に腰を下ろして、ウーロン茶を喉に流し込み始めた。
鼻を掠める甘い香り。ずっと歌い続けて体温が上がったサキの汗の匂い。
一瞬、唯人が妙な表情で首をかしげた。
しかし、その不審なムーブを問い詰める時間はなかった。
期待の籠ったサキの眼差しがふたりに注がれていたから。
「ほれ誠、お姫様のお達しだぞ」
「了解。サキさん、ちゃんと聞いててね」
「うん!」
――サキさん楽しそうだし、まぁいいか……
脳裏を掠めた違和感を振り払い、唯人とふたりでデュエット。
タンバリンを手に声援を送ってくるサキ。どこもかしこも『楽しい』で溢れている。
わざわざ肩を組んでくる唯人に若干のウザさを感じるものの、こういう日も悪くないと思う誠だった。
唯人への紹介話は次で終わりの予定です。




