第31話 鏡の前で慌てるサキさんはとてもかわいい!
みなさま、本日もよろしくお願いいたします。
しばらく第2部までのアレコレを不定期に更新していきます。
全体的に軽めの話になる予定です。
「ね~、誠~」
耳に届いた彼女の声はとても甘かったけど、苛立ちが隠しきれていなかった。
その矛先が向けられるのは誠ではなく、鏡に映し出された彼女自身。
やり場のない感情と不安の狭間で、当の本人は鏡とにらめっこしていた。
「サキさん、どこが不満なの?」
誠は腕を組んだまま、先ほどから鏡の前でくるくるとポーズを決めている同居人に尋ねかけた。
鏡に映るその姿はとてもビビッド。桃色髪に紫の瞳、少し小柄で華奢な体型の少女。
やたらと目を引く彼女こそはクリスマスイブの夜に出会ったサキュバスで、名前をサキという。
サキュバスすなわち悪魔である。その証拠に真っ白なお尻から黒い尻尾が生えている。
『なぜお尻の様子がわかるのか?』と問われれば『今の彼女が全裸だから』と答える、そういう状況である。
そう、全裸。
常日頃から露出度の高い格好で日常的に誠を誘惑してくる彼女だが、それでも日が昇っている間は一応服を着ていることが多い。
にもかかわらず今は全裸なのだ。真っ昼間っから露出度100%の美少女が誠の目の前にいた。自室に美少女の全裸。夢のような光景だった。
シミひとつない白い肌。
慎ましやかな胸元から描かれる柔らかい肢体の曲線。
何もかも丸見えで、控えめに言って……とてもかわいい!
見慣れた感はあるものの、見飽きることは全然ない。
ぎゅっと抱きしめてそのまま――したくなる欲求を我慢するのに必死だった。
「なんだかわかんないけど~」
ぶ~ぶ~不満を垂れる彼女を尻目にポケットからスマートフォンを取り出して時間をチェック。
無機質なディスプレイに表示された数字は、時間に余裕があることを示しているものの……素直に告げると、このファッションショーは永遠に終わらなさそうな予感がする。
ほんの少し考えた末に、誠は口を閉ざした。
――いくらなんでも根を詰め過ぎじゃないかな、サキさん……
今日の予定については、あらかじめ伝えておいた。
おかげで昨日はたった(自主規制)だけで眠りにつくことになった。
サキと出会って以来初めての事態であり……これは誠にとって驚きだった。
そして今朝は目が覚めるなり、お風呂に入って丁寧に身体を磨き上げていた。
お風呂から上がって髪を乾かし『あ~でもない、こ~でもない』とさして多くもない手持ちの服を鏡の前でとっかえひっかえ。
オシャレにかける女性の情熱に際限はなく、思い立ったら納得するまで止まらない。もはや執念をと称して差支えないレベル。
時節は未だ春と呼ぶには早いどころか1月の末。眼福ではあるものの、見ているだけで背筋に寒気が走る。
エアコンを使っているとはいえ、素っ裸でいては風邪をひいてしまうのではないかと不安になる。
「まだ髪の毛もセットしないといけないし……唯人との待ち合わせの時間まで、あまり余裕ないよ」
「あ~ん、わかってるし! 時間止まって~~~~~私、超かわいくしたいの!」
「それは無理じゃないかなぁ……」
時間を止められる悪魔とかいるのだろうか?
どうでもいいことを考えながら、誠はそっとため息をついた。
サキに見咎められないよう気を配りつつ、スマホに指を滑らせる。
『ごめん、ちょっと遅れるかも』
――これはアレだな、うん……
目覚めてからずっとドタバタと大騒ぎしているサキに妙な既視感を覚えていた。
何だったかなぁと首をかしげていたのだが、ようやく思い至った。
「授業参観とか家庭訪問だ……」
記憶の奥に埋もれていた誠の母親(存命。海外在住)がこんな感じだった。
別に誰かに見られるわけでもないのに、やたら気合いが入っていた。
父親がしょんぼりしている姿もワンセットで脳裏に焼き付いていた。
あれは母親特有の奇行だとばかり思っていたが、どうやらそう言うわけではなかった模様。
「誠、何か言った?」
「ううん何にも。サキさん、その服似合ってるよ」
「え、ホント? これにしようかなぁ……でもこっちの方が大人っぽい」
似合っているというのはウソではない。
誠が買い与えたものも、サキが自分で買ったものも、すべて彼女の魅力を存分に引き立てている。
だからこそ迷うのだろう……というところまでは理解できる。服が似合わなくなるよりはマシだ。
ブブと手元のスマートフォンが震えた。唯人からのメッセージだ。
『女の支度にゃ時間がかかる。わかってる』
★
誠にはもともと恋人がいた。彼女の名前は香澄といった。
幼馴染にして学校のアイドルと名高い黒髪ロングストレートの美少女だ。
しかし、クリスマスイブの前日に彼女の浮気が発覚。そこから始まる一連の騒動は誠をおおいに苦しめた。
紆余曲折あったものの、同居人であるサキと友人の唯人に支えられて苦難の日々を耐え抜いた。
高校入学と合わせて海外に転勤してしまった両親の教えに従い、浮気現場の録音データという動かしようのない証拠を握っていたことが功を奏した。
最終的に香澄の浮気を許すことはなく、よりを戻すこともなかったけれど……誠を取り巻く諸問題は解決の兆しを見せている。
『なぁ、誠さんや。いい加減、例の子紹介してくれよ?』
状況が好転するにつれて、付き纏ってくる唯人を躱しきれなくなった。
彼にはいつも世話になっているし、香澄との対話の件でも骨を折ってもらっている。
高校に入ってからの付き合いだが人間的にも信頼できる奴ではあるし、サキも誠の友人である唯人には興味を示していた。
ならば――と重い腰を上げてスケジュールを調整して、当日。この有様であった。
★
「くしゅん」
平和になったなぁ……と現実逃避気味に回想していた誠の耳に、小さなくしゃみが飛び込んできた。
案の定というべきか、裸で部屋をウロウロしていた少女が部屋の空気にあてられたらしい。
目を向けると、サキは生まれたままの肢体を両手で抱きしめて震えていた。アメジストの瞳が潤んでいる。
「いい加減にしないと風邪ひくよ」
「わかってる……わかってるけど……」
「サキさん……」
「よし、決めた!」
決意の籠ったガッツポーズに誠も一安心。
「お疲れ様、じゃあ次は……」
「もう一回お風呂入ってくる!」
「え、そっち!?」
全然安心できる話ではなかった。
「シャワーだけだから! さっと暖まってくる!」
返事を待つことなく風呂場に飛び込んだサキ。
その大胆過ぎる決断に感心しつつ、指をスマホに這わせた。
『思ってたより深刻』
『あいよ。ゆっくりでいいぞ』
返信はほとんどノーレスポンス。
しかも、どこかしら余裕を感じさせる文面。
――唯人、こういうのに慣れてるのかな……
同じ男として感嘆せざるを得ない。
度量とか器量とか、そういう部分の大きさは見習いたい。
……こういうシチュエーションに慣れたいとは思わない。
何はともあれ――
「僕も頑張らないとな」
「誠、何か言った?」
「なんでもない。サキさん、髪も乾かさないとダメだよ」
「あ」
間の抜けた『あ』の声は、降り注ぐお湯に流されて消えていった。
普段はツインテールにまとめられているサキの桃色の髪は、それなりにボリュームがある。
当然の話ではあるが、乾かすとなると相応に時間がかかる。
さらに――着ていく服が決まっていない。髪型もまだ未定。
「前途多難すぎる……」
壁に背を預け、額に手を当てて、大きく大きく息を吐いた。
『ただ友達に引き会わせるだけ』だなんて軽く考えていたのは、ひょっとして自分だけなのだろうか?
スマートフォンの向こうで待っている唯人はどうなのだろう?
――何だか大事になってきたぞ。
思わず天井を仰いだ。
風呂場の方から、可愛らしいくしゃみがもう一度聞こえてきた。
時期的には香澄との決着をつけてから後、作中で新年度が始まるまでの内容となります。
第2部に向けて新キャラとかも出せればなぁと考えております。
なお、予定は未定です。




