第30話 甘い夢に溺れよう
本日2話目です。
全身が燃えるように熱い。
全身が押し潰されるように怠い。
――どうなってるんだ?
思考がまとまらない。
頭が締め付けられるように痛い。
「あ……うぁ……」
焼けただれたような不快感を訴えてくる喉を通って出た声はしわがれていて、力もなくて。
視界は霞んで滲んで、何もかもが曖昧で。圧倒的なまでの不安に押し潰されそうになる。
ふいに、額に感触。
少しひんやりして、滑らかで、優しくて。
『溺れる者は藁をも掴む』のことわざどおり、その『何か』を掴むために必死に腕を動かした。
「――」
声が聞こえた気がした。
何を言っているのかは判然としなかったものの、耳にしているだけで安堵を覚える。
そのまま意識が溶けていく。
優しい夢を見た気がした。
★
意識がゆっくりと闇から浮上してきた。
暖かい『何か』がすぐ傍にあった。
柔らかくて、少し重くて……
「なんですって!?」
耳元から響いた声の鋭さに驚いて目を見開いた。
まず視界に飛び込んできたのは、アメジストの瞳。
ついで瑞々しい唇と整った顔。ピンクブロンドの髪。
とにかく可愛いを詰め込んだ少女。誠の同居人であるサキだ。
「え?」
「今、『重い』って言ったでしょ?」
自室のベッドに寝かされていたと、この段階でようやく気がついた。
隣にサキが寄り添っていて……先ほどの優しい存在感は彼女のものらしい。
心の声――口から漏れたソレは、もはや心の声ではない――は、しっかり本人に聞かれてしまっている。
女の子に『重い』は禁句。言われなくてもわかっている。完全に失言だった。
「ご、ごめんサキさん。そういうつもりじゃなくて……」
フラフラフワフワした心持ちのまま、とにかく謝った。
記憶が繋がらない。いつの間に自分はベッドで眠っていたのだろう?
全身に圧し掛かる気怠い感覚は何だ?
今は何月何日だ?
そして同衾しているサキはどうして全裸……いや、これはいつもどおりだった。
「ふふ、冗談。身体の調子はどう?」
「……なんだか重いって言うか、怠い」
そう呟くとサキの手が伸びてきて誠の額に当てられた。
滑らかで、優しくて、少しひんやりして。覚えがあった。
つい先ほど(誠の感覚で)のアレは彼女の手だった模様。
「まだ少し熱があるみたい。食欲ある? 何かお腹に入れた方がいいと思うんだけど」
「熱? 僕が?」
「誠、どこまで覚えてる?」
「どこまでって……」
ぼんやりした頭で記憶を手繰り寄せる。
確か――
「香澄と話をつけて、学校から帰ってきて……帰ってきたよな、僕?」
「うん。帰ってくるなり、私の目の前で倒れたの。そのままずっと寝っぱなし」
凄い熱だったんだからね。
そう微笑んだサキの顔は、心底安堵を覚えているようで。
彼女に心配させた自分が不甲斐なくて、申し訳なさで胸がいっぱいになる。
「僕……風邪を引いたのか」
「ええ。3日も寝てたのよ」
「そっか……ありがとう、サキさん」
「ん?」
「看病してくれてたんでしょ? ちょっとだけ記憶があるんだ」
「別に改まって感謝されることでもないけど。一緒に暮らしてるんだから、これくらい当たり前だし」
「でも、ありがとう。ところで……サキさんは何してるの?」
誠は毛布を軽くめくりあげた。
一糸まとわぬサキの裸体が眩しい。見慣れはしたものの見飽きることはない。
そんな少女の肌が同じく服を脱がされていた誠にピッタリとくっついている。
「え? ああ、これ? 暖めてあげてるの。前にテレビで見た奴」
「うん、凄く暖かい。もう少し抱きしめててもいいかな?」
「好きなだけどうぞ。今日の私は誠専用の特製抱き枕よ」
耳元で囁かれる甘い声。
ぎゅっと抱きしめると蕩けるように柔らかく、そして確かな体温を感じる。
まるで生きる力そのものを抱きしめているような感覚。救われる気がした。
「あ……」
誠の下半身が急に熱を持った。
こちらは呆れるぐらいにマイペースだ。
「ふふ……今日はだ~め。風邪を治したら……ね?」
「うん。でも、その……これはほら、本能的なものだから」
本調子でないことは自覚している。
サキの言うことはもっともだ。
でも、抑えられない。
「わかってる。だから怒ってないでしょ」
「だけど、その……これ、止まらない」
「我慢しなさい。心配したんだから……これは罰よ」
罰。
何の罰だろうか?
首をかしげようとしても動かせない。サキの白い手が巻き付いている。
そんな誠に優しい眼差しを浴びせながら、サキュバスの少女は微笑んだ。
「本当に……心配したんだから」
★
結局サキを抱きしめたまま、さらに一日眠ってしまった。
誠の目を覚まさせたのは――よりにもよって空腹だった。
ずっと抱きしめられていたサキはとてもとてもご立腹の様子。
……なんだかんだ言って、彼女の方もかなり我慢していたのだ。
それでも誠の体調を優先してキッチンに向かう彼女のやさしさに、感謝することしきりである。
ついでに、全裸にエプロンという男の夢を具現化した光景にも感動を覚えた。
サキが作ってくれたおかゆは美味しかった。
基本的に濃いめの味付けを好む彼女らしくない優しい味わいが、病に痛めつけられた身体に染みた。
ゆっくりとおかゆを口に運びながら、すぐ横から見つめてくるサキに香澄との顛末を伝えた。
ふたりきりで話をしたこと。
切り札をちらつかせはしたが、結局使わなかったこと。
復讐的なことは行わず、不名誉な噂を払しょくさせるために働かせること。
そして――二度と関わらないようにすること。
「誠は……それでよかったの?」
「うん。これ以上アイツ絡みで思い悩むのは疲れるだけだし」
「ちょっとぐらい仕返ししてやろうとか、考えない?」
「それもないなぁ。仕返しとか、僕の柄じゃない」
香澄はこれまでとは態度を一変させて誠を擁護することになる。
しかも誠には一切近づかないように、だ。
前後の言動はチグハグになって不信を呼ぶだろうし、噂を片付ける方法なんて想像もつかない。
使わないとは言え切り札は誠の手の内にある。せいぜい頑張ってもらうとしよう。
「アイツのことはもう終わり。これからのことを考えよう」
「これからのこと?」
「そ。僕とサキさんのこと。噂はすぐには消えないだろうけど、今までみたいに人目を忍ぶ必要は無くなると思う」
誠の言葉を聞いて、サキは喜色満面。
「だったら……どこかに遊びに行こっか?」
「そうだね。唯人にも紹介したいし」
「唯人って……誠のお友達よね?」
「ああ。変わってるけど、悪い奴じゃないよ。ただ……」
「ただ?」
覗き込んでくるサキに、誠は真剣に語りかける。
「僕らの関係をどこまで話すか、あらかじめ決めておかないと」
下手に口を滑らせると、藪蛇どころの話じゃなくなる。
せっかく疑惑が晴れそうなのに、事実を追及されるなんて御免だ。
すでに散々やらかしてしまっているものだから、始末に負えない。
「それは……そうかも。私が悪魔だってことは内緒よね」
「僕らが一緒に暮らしてるってのも秘密かな」
「え~」
不服の意を示されても、これはなかなか難しい。
「今さら感あるけど、高校生が女子と同居って……」
「本当に今さらね。私たち、もっと凄いことしてるのに」
「ほんと。でも……僕ってまだ子どもだしなぁ」
慨嘆せざるを得ない。厄介事を片付けて、あとは平和に好き放題なんて甘い話はない。
『一般的』なんて表現がアリなのかどうかはともかくとして……同居とか同棲とか、その類の話は早くても大学生になってからのような気がする。
誠はまだ高校一年生。時間は一個人の都合で加速してくれたりはしないので、あと2年くらいは何だかんだと不自由な暮らしが続くことになる。
「ねぇ……誠」
「サキさん?」
ブルブルと頭を振って余計な思考を追い出した。
せっかく手に入れた平穏を、今は楽しむことにしよう。
「さっきお友達に紹介してくれるって言ってたけど」
「うん」
「ご両親には紹介してくれないの?」
「ぶほっ!?」
「誠!?」
サキの言葉に身体が強張った。
ついでにおかゆを噴き出しそうになった。
『両親に紹介』
それは、ずっと先延ばしにしてきた最大級の難題。
香澄とのアレコレなんか問題にならないほどの重要案件。
このマンションにしたって親の名義で借りているだけ。
高校生の誠は親の力無くしては生きていけない。
だから、サキのことも早く知らせておかなければならない。
それは理解している。理解しているのだけれど……
「えっと、その話はまた後日ってことで……ダメかな?」
「へたれ」
グサリと胸に突き刺さるひと言と共に、サキは誠の唇を塞いでくる。
柔らかくて瑞々しい感触。誠もまた、貪るように少女の唇を求めた。
しばらく水音を交わし合ったのち、開放された唇から欲望が漏れる。
「サキさん……僕、もう我慢できないんだけど」
「私も」
言葉は必要なかった。
桃色髪の少女の華奢な肢体を抱き寄せて、ベッドに押し倒す。
サキは一切抗うことなく、むしろ積極的に身体を絡めてくる。
問題は山積みで、考えなければならないことは数えきれない。
でも、今は――ただサキと共に快楽に溺れていたかった。
『幼馴染だった恋人に浮気されてフラれたけれど、サキュバス処女に慰められたので平気です。』
これにて第1部終了です。ここまでお読みいただきありがとうございました。
元々は香澄と決着をつけて完結する予定でしたが、まだ書けていない話があるので続きます。
紛らわしいこと書いて本当に申し訳ございませんでした。
詳細は後ほど活動報告にあげる予定です。
今後とも応援いただける場合はブックマークや評価等をいただけると、とてもありがたく思います。
あるのとないのとで作者のテンションが大違いなのです!




