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第29話 もうひとつの決着

本日も2話投稿予定です。

これが1話目。


 魔界からやってきて(まこと)の家に居候している少女サキ。その正体はサキュバスすなわち悪魔である。

 豊富な魔力と弱肉強食の理が幅を利かせる魔界において、サキュバスはそれほど強力な種族ではない。

 しかし――魔力の乏しい人間界であっても、生気さえ確保できれば魔法を使うことができる。その点では他の悪魔より一歩勝る。

 毎日のように契約者である誠から生気を潤沢に注がれているサキなどは、魔力的には魔界にいた頃よりも充実しているくらいである。


 契約者である誠を学校に送り出した後、サキは魔力によって五感を強化して街を歩いていた。

 先だって人間界に移住してきた同族が営む喫茶店でウェイトレスのアルバイトをやっているのだ。

 時間にうるさい店主ではないが、雇われの身で遅刻するのはいい気がしない。

 そんなわけで正体を隠しながら人混みをすり抜けていたサキは唐突に顔をしかめてしまった。

 少し尖った耳に弱々しい声が聞こえてきたからだ。聞き慣れた声色だったからでもある。


(ん?)


 周りの様子を窺ってみても……道行く人には聞こえていないようだ。

 無理もない。魔力で聴覚を強化しているサキがようやく拾えるほどの声だ。

 放っておこうかと思いながらも何となく引っかかるものを感じた。直感だった。

 サキュバスのような弱小種族は、特にこの手の直感を重視する傾向があった。

 強豪ひしめく魔界で生き残るための生存戦略のひとつである。

 それはともかく……声は路地裏から聞こえてくる。今にも途切れそうな喘ぎ声。

 足を踏み入れた薄暗い路地裏の内側は、複雑な構造のせいで大通りを行く人の目には止まらない。

 

「うわぁ……」


 声の出元にたどり着いたサキは、予想どおりの光景に呻きを漏らした。

 目の前には男がひとり転がっていた。

 見知らぬ男ではあるが、身につけているのは誠の制服とほぼ同じもの。

 まぁ、そこはあまり重要でもないだろう。


 その男は――赤かった。


 具体的に言うと腹のあたりに刃物らしきものが突き刺さっていて、傷口から血が溢れている。

 男の身体を中心に赤い水たまりが広がっていて、制服は真っ赤に染まっている。

 通り魔にやられた……とは考えにくい。こんな路地裏にイチイチ足を踏み入れる必要はないだろう。

『犯人が』ではなく『この男が』である。


「あ、ァあ……誰か……そこにいるのか?」


「ええ」


 回れ右して見なかったことにしようかとも考えたが、一応答えた。

 この声を拾い上げた己の直感を信じたのだ。


「よ、よかった……き、救急車を呼んでくれ。何だか寒いんだ」


「わかる。見るからに寒そうよね。どうしたの、それ?」


「クソ、何でオレがこんな目に遭わなきゃならないんだ? チクショウ……」


 男はサキを見ていない。見えていない。

 ピンクブロンドの髪は人間界とりわけ日本という国では酷く目立つ。

 にもかかわらず、この姿を視界に収めても何ひとつ言及してこない。

 つまり、男の目にサキの姿は入っていない。

 それは……男の命が危ぶまれる状態であることを示していた。


「何の理由もなしにそんな目に遭うとも思えないけど」


「オレは……オレはちょっと遊んでやっただけなんだ。でも、アイツらが勘違いしやがって、それで……」


「はぁ、痴話喧嘩か」


 聞いて損した。

 声には出さないものの、軽くため息ひとつ。

 人間界のこんな平和そうな街でも、こんなつまらない事件があるのか。

『魔界かよ、ここは』なんて世知辛い思いに駆られる。


「クソ、くそくそくそ……ブスもババァもいらねぇ……オレにはかすみが……」


「……香澄(かすみ)?」


 直感を信じて損した。鈍ったかな。

 そう思って立ち去ろうとしたところで、足を止めた。

 男の口から聞き捨てならない名前が零れたから。


 香澄と言えば、同居人にして契約者である誠の元交際相手。

 サキが彼と出会う前に他の男と浮気していたとか何とか。

 誠自身は気づいていないかもしれないが、今でも時々夢でうなされている。

 その名前を聞くたびに、サキの心は無性にささくれ立ってくる。


(ということは……コイツ、ひょっとして)


「香澄って○○高校の1年の子?」


『かすみ』という名前の人間がどれくらいいるのかわからない。

 ひょっとして同名の別人かもしれない。

 ……男が身に纏っている制服を見る限り、その可能性は低そうだが。


「あ、ああ。お前、香澄の知り合いか。だったら話が早い。早く、早くオレを助けてくれ」


 急速に生気が失われつつある声に、僅かな喜色が混じった。

 ぬか喜びに終わる可能性が高いことを、本人だけが気づいていない。


「じゃあ、ひょっとしてあなたが香澄って子を寝取った男?」


「へ、へへ……人聞きが悪いな。寝取ったんじゃねぇ。オレが貰ってやったんだよ」


 男の顔が歪んだ。狂った優越感の顕れだ。

 この窮地にあって、よくもそんな顔ができるものだと呆れてしまう。


「あれはいい女だ。あ、あんなクソ雑魚にはもったい……ない」


「ふ~ん。言い忘れてたけど、私、香澄って子とは会ったことないのよね」


「な……じゃあお前は……」


 想定外の答えだったのだろう。

 男の声があからさまな狼狽に揺れた。


「さぁ? 好きに想像しなさい。それじゃ」


「待て。待ってくれ。早く助けを……頼む。何でもするから」


 ゴホゴホと血を吐きながら縋ってくる男にひと言、


「残念だけど……私、スマホ持ってないの」


 ウソはついていない。

 サキはスマートフォンを持っていない。

 契約できないのだから仕方がない。悪魔にとって契約は絶対だ。本当はサキだってスマホが欲しい。

 でもまぁ……この状況は運が悪かった。本当に運が悪かった。

 男の日頃の行いの悪さが、巡り巡ってこの場に不運を呼び寄せたかのよう。


「はぁ!? げほっごほ……」


「大通りに出たら誰かに声かけといてあげるから、運がよければ助かるかもね」


「そ、そんな……」


 男はその言葉を最後に意識を失い、サキは状況を概ね把握した。

 今、目の前で倒れている男こそが、誠の仇敵たる寝取り男に違いない。

 ここで何があったかはわからないものの……恋人の間に割って入って女を奪って悪びれない男だ。

 どうせ女絡みで恨みを買ってこのザマといったところだろう。魔界のスラムではよく聞く話だった。


「いっそのことさっさと死んでくれたら……はぁ、ダメよね。ほんっと、誠ってメンドクサイ」


 額に手を当てて『メンドクサイ』と言いつつも、サキの口は柔らかく弧を描いている。

 契約者である誠という男は、自分を裏切り浮気した香澄にさえ穏当な決着を求める奇特な人間だ。

 この男に対しても恨み骨髄であることは間違いなかろうが、死んでほしいとまでは考えないはず。

 むしろ死んだなんて情報が耳に入ったら、変に勘違いして気に病んでしまうかもしれない。

 

「あ~ウザ。仕方がない。誠のため、誠のため……」


『誠のため』を連呼しつつ右見て左見て周囲をチェック。誰もいないことを確認してから男の傍に屈みこんで手をかざす。

 掌から溢れる光が男の身体を包み込むと……腹に刺さっていた刃物が抜けて、土気色に染まりつつあった肌に色が戻る。

 呼吸が落ち着いていく男に向けていた眼差しを逸らし、腕を引っ込めた。

 額に吹き出た汗を袖で拭う。魔力に余裕があるとは言え、人間界で魔法を使うのは疲れる。


「完全回復は無理ね。私、治癒魔法って苦手だし」


 誰に聞かせるでもなく呟いた。

 男は最悪の危機を脱しはしたものの、重篤な状態であることは変わりない。

 今から誰かに助けられて病院に運ばれたところで……おそらく完治はしないだろう。

 しかし、それはもう自分や誠が関知するところではない。まさしく自業自得なのだから。

 

「あとはほかの人に任せましょっと。さ、仕事仕事」


 ことさらに明るい声で気合を入れなおして、事件現場に背を向ける。

 ちなみに、犯人探しになどまったく興味がなかった。


(今日は魔法使いすぎたし、誠からたっぷり生気を貰わないと)


 働いた後のご飯が美味しい様に、魔力を消耗した後に頂く生気は格別だ。

 誠から溢れる上質な生気の味を思い出すと、知らず知らずのうちに頬が緩む。


「誠、大丈夫かしら」


 浮気女と話をつけるということは昨晩のうちに聞かされていた。

 幼馴染に対する奇妙な信頼感を前提にした交渉の筋道、そして握り込んでいる音声データの存在も。

 

(まぁ、誠は使わないでしょうけど)


 あれはあくまで交渉用の手札のひとつ。

 絶対に切ることのできない切り札。抜けない伝家の宝刀。

『香澄は利に聡いので、存在を示唆するだけで話はまとまるのではないか』というのが誠の見通しだった。

 概要を聞かされて率直に『ぬるい』と感じたが……口を挟むことは憚られた。

 恋人関係であった幼馴染との縁を断ち切るという決意は、尊重すべきだと思った。

 

「ちょっと心配だけどね」


 慈悲でないとは言え、この期に及んで平和的な解決を求める誠に不安を覚えずにはいられない。

 でも……そういう甘さとも弱さともとられかねない性分は、サキにとって好ましいものであった。


(心配だけどね!)


 心の声を胸の内に封印したまま大通りに戻ると、そこには先ほどと何も変わらない光景が広がっていた。

 路地裏の一幕など誰も興味を示していない。気付いてすらいない。

 ありふれた日常の傍に横たわる闇に、うすら寒いものを覚えざるを得ない。


(人間界も魔界も、あまり変わらないわね)


「あの、すみません……あそこで人が倒れてたんですけど」


 落胆したのは、ほんの一瞬。

 いいところに警察がいたので、路地裏に男が倒れていると吹き込んでおいた。あとは人間の領分だ。

 引き留める声を聞こえないふりして、桃色髪の悪魔少女はバイト先に向かって駆け出した。



 先輩の扱いの雑さよ……

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『ガリ勉くんと裏アカさん ~散々お世話になっているエロ系裏垢女子の正体がクラスのアイドルだった件~』もよろしくお願いします。
こちらは普通の(?)現実恋愛作品となります。
『あの子が水着に着替えたら』もよろしくお願いします。
こちらは気になるあの子がグラビアアイドルな現実ラブコメ作品となります。
― 新着の感想 ―
[良い点] 唐突に間男が死にかけてて笑いましたw 間男の様子だとまた二股に近い状態だし、間男は主人公と違って幼馴染みが男取っ替え引っ替えのビッチだと広めそうだから、刺されなければ主人公の件含めてバレて…
[気になる点]  香澄、寝取り先輩と別れ話もしていないのに、先に近藤に対して付き合うことをOKしたのですね。。。ここでも再度、二股。  いったいどういう貞操観念・神経をしているのでしょうか?  たまた…
[一言] うーん、性格的な理由で主人公にざまぁさせたくなかったのなら、このクズ先輩に暴走自爆させて香澄を陥れる展開でも良かったのではないかと思いますね。 ちょうどお誂え向きに二股或いは乗り換えようとし…
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