第25話 学校の片隅で
本日もよろしくお願いします!
閉鎖された屋上に続く階段で昼食を摂る。こんな僻地だ。暖房なんて効いておらず、隙間風が身に染みる。
元々は晩飯の残りを適当に詰め込んだ面白みのない弁当を持参していたのだが、3学期が始まってからはサキが弁当を作ってくれる。
色鮮やかで味も良く栄養価までしっかり考えられている最高の弁当は、校内で悪意に晒されてガリガリと削られる誠の心を慰めてくれる。
「お、今日も美味そうじゃん」
教室においてもはや孤立したも同然の誠だが、何故か今日も隣には唯人がいた。
「最近料理に凝ってんの?」
「……まぁね」
どうにも口が重い。
クラスメートを敵に回してしまった今の自分の傍にいては迷惑が掛かると思って、何度となく距離を置くように伝えてみたものの、この男にはまるで効果がない。
教室を離れ、転々と場所を変えながら弁当を食べるようになったにもかかわらず、唯人はいつも誠を見つけて何事もなかったかのように横に腰を下ろす。
「唯人さぁ……何で僕に付き纏うわけ?」
「ダチと飯食うの、そんなに変か?」
「変って言うか教室の雰囲気とかさ……」
「教室? あんなところで飯が食えるかっつーの」
「いや、あの……」
「飯ってのはよ、多くの命の上に成り立ってるわけ。だったらせめて美味しく食べてやるのが礼儀ってもんだろ?」
「……それ、本気で言ってる?」
「うんにゃ。でも、空気の悪いとこで飯食いたくねーし」
「悪かったな。僕のせいで……」
「それは違うんじゃね?」
「違う?」
「お前さんが浮気したなんて思っちゃいねーがよ。仮に浮気してたとしても、それは誠と香澄さんの問題であって他人が口出すことじゃなくねってこと」
教室の空気を悪くしているのは、この騒ぎに乗っかったつもりでいる連中だ。
当人同士で解決すればいい話を面白おかしく吹聴して当事者ぶりたがっている。
しかも一方的に誠を攻撃することが正義と思い込んでいるから余計に質が悪い。
SNSなどではよく見る光景だが、リアルで目の当たりにすると辟易させられる。
「俺はあんな奴らと一緒になりたくねーの」
「唯人……」
いつもはチャラチャラしたところのある男だが、ちゃんと心に芯が通っている。
香澄を取りまくクラスの上位層と比べても遜色ないほどの器量を持ち合わせているにもかかわらず、唯人は彼らとは距離を置いている。
その代わりに誰とでも分け隔てなく関わりを持っている。変わった人間だと思う。
「と言うわけで、もーらいっと」
「ああ―――――ッ! 僕の唐揚げ!?」
唯人の割り箸が伸びて誠の弁当箱から唐揚げを摘まみ上げ、そのまま自分の口に放り込む。
「ん~~~~~美味ぇ~~~~~」
「お、お前……それは僕がとっておいた唐揚げ……」
「いや~、残してるからいらねーのかと思って」
「そんなわけないだろ!」
「まぁまぁ。それにしても腕を上げたな、誠。前に食った奴より今日のが美味いぞ」
「それは……」
思わず口ごもる。唯人の言葉の外に込められた意味に気がついたからだ。
この弁当の制作者が誠ではないとバレている。
『最近の弁当は件の浮気相手が作ったものと認識されている』と教えてくれているのだ。
悪戯者じみた唯人の瞳は『なんか反論ねーの?』と問いかけてきている。
しかし、誠は何も答えられない。
教室に蔓延する偏見は悪意に満ちた誤りではあるけれど、ごくわずかに正鵠を掠っている。
誠は浮気なんてしていないが、弁当を作っているのは噂に登っている『ピンク髪の少女』で間違いない。
自分とサキの関係を説明することはとても困難だ。バカ正直に話せば正気を疑われるし、曖昧に情報をピックアップすると説得力が失われる。
そもそも発言力皆無の誠には『クラスメートという曖昧な存在の意思に宿った誤解を解く』なんて高難度ミッションは無理ゲーなのだけれど。
「誠?」
「僕から言うことは何もないよ」
「そっか」
唯人はそれ以上追及しては来なかった。
――いつか唯人にはサキさんのことを紹介できるといいんだけど。
この男には『この子、実は悪魔なんだよ』と告白しても『なるほど……よろしく、お嬢さん』と軽く受け入れてくれそうな雰囲気がある。
……現段階でそこまで思い切る勇気は持てていないのだが。
「それにしても、たまらんなぁ……アレは」
そう嘯く唯人は、隣で煩悶している誠の様子に気付いているのかいないのか。
コンビニ弁当の梅干しに顔を顰めさせつつ、教室の重苦しい空気を思い出してウンザリしている模様。
誠も全くの同感だった。異常な雰囲気に飲み込まれると、息をするのも煩わしくなる。
――クソッ、香澄の奴……
演劇部でもないくせに彼女の演技は相当なものだった。ただのコミュニケーション能力だけでは説明がつかない。
まさかこんな才能を隠し持っていただなんて想像が……
――いや、そうでもないのか。
仮にも彼氏であった誠に浮気相手の存在を勘付かせなかった女だ。
あのクリスマスイブ前日にたまたまラブホ街に足を踏み入れなければ、今もずっと騙されたままだっただろう。
……考えただけでも吐き気がする。偶然とはいえ、あの場面に居合わせたことは運がよかったのかもしれない。
――あんな酷い出鱈目を、どうやったらみんなに信じ込ませるなんてことができるんだ?
情報収集のため、嫌々ながらチャットのログを辿ってみた。
どうやら発端は、情報通を自認するクラスメートのひとりが『香澄が男に冷たくあしらわれて泣いているところを見た』というツイートを発見したところらしい。
断定できないのは件の投稿を見つけることができなかったから。考えられるとすれば……ツイートが既に削除されているとか、そういうことだろうか?
状況が状況だけに、そのクラスメートに話を聞くこともできない。
わざわざ1年6組の事情通の目に留まるように呟き、しかるのちに証拠を隠滅した者がいる。
自称情報通は嬉々として話題を1年6組のグループチャットに報告し、あっという間に炎が燃え上がった。
この流れがあまりにもきれいにハマり過ぎている。ツイッターとライン、ふたつの動きを監視していたとしか思えない。
そしてラインの方は1年6組のクラスメートしか閲覧できない。限りなく疑わしいのは香澄だ。ただ、証拠がない。
今や香澄は悲劇のヒロインで、誠は健気な幼馴染彼女を弄んだ最低の男。
これが1年6組どころか全校生徒における共通認識として広まってしまっている。
学校という閉鎖された世界において醸成されたこの空気を払しょくすることは難しく、誠の精神は確実に侵食されている。
「……訳がわかんないよ」
なぜここまで自分が貶められなければならないのか。
誠にとって香澄はもはや過去の存在。今さらよりを戻そうなんて考えもしない。
できれば今後二度と関わり合いになりたくない類の人間だ。
香澄にとっての誠も同じようなものだとばかり思っていたのに。
なぜ間接的にとは言え、香澄は誠に関わろうとするのか。
どれだけ思考を巡らせてもさっぱり理解できない。
教室での香澄はこれまでにも増して輝いて見える……らしい。
曰く天使だの女神だの、そんな風に褒め称える声が後を絶たない。
『これまでにも増して』のくだりは『誠から解放されて』としか聞こえないのだが。
誠的には、彼女の外見に磨きがかかればかかるほど内面とのギャップが悍ましく思える。
ついでに香澄の妄言を真に受ける連中のことも信じられなくなっている。今や校内は唯人以外ほとんど敵だらけといった有様だ。
それでも、誠は学校に足を運ぶ。
家にはサキがいてくれて、学校には唯人がいてくれる。
彼女たちの助力を思えば、自分だけが挫けてはいられない。
そんな意地が今の誠を支えている。
でも――
――やっぱ気付かれるよなぁ……
昨晩のことが思い出されて、ため息とともに肩を竦めた。
誠の失調にサキは気づいていた。仕方がないと言えば仕方がない。
毎日寝食を共にしているのだ。そうそう隠しごとはできない。
泣きだしそうなサキの顔、そして声。
自分が至らないばかりに……なんて言わせたくない。
彼女は――誠にとってかけがえのない恩人であるサキュバスの少女は、よりにもよって自分を責めている。何も悪くないのに。
「僕が不甲斐なさすぎるんだよなぁ」
ついつい愚痴がこぼれ落ちてしまう。
「まぁ、それは否定できんな」
「否定してくれよ」
「自信あんの?」
挑発じみた唯人の問いに、温くなったお茶で喉を湿らせてから答えを返す。
「……何とかしてみる」
耐え続けていても事態は好転しない。
それは3学期が始まってから今日までの間に痛感させられた。
逃げ出すという選択肢を自ら排除した以上、動くしかない。
――手がないわけじゃないんだけど、難しいんだよなぁ……
ポケットから取り出したスマートフォンを弄びながら、軽くため息をついた。
1月22日追記
最後のあたりを修正しました。
また、数日の間お休みをいただきます。
香澄絡みの話はもう少し引っ張るつもりでしたが、さっさと終わらせた方が良さそうですので。
まだまだ方針変更の可能性はございますが、更新についてはしばしお待ちください。




