第24話 悪魔のルール
何とか頑張れてますが、そろそろヤバいかも~
「ごめんね」
もはや恒例となりつつある夜のひと時。
汗みずくの身体を重ね合わせたまま、息を整えるためにベッドに横たわっていた時のことであった。
仰向けになった誠に寝そべっていたサキが耳元でいきなり謝罪の言葉を囁くものだから、すわ何事かと心臓が跳ねた。
あまりの驚きに身体が硬直する。密着した体勢からの完全な奇襲だ。動揺を隠すことができなかった。
「え?」
「『育ててあげる』なんて言っておいて、私、何もできてない」
『浮気して香澄を捨てた最低のクズ』なんてデマを流されて吊し上げられた3学期初日。
どうにかこうにか帰宅して、明らかに様子がおかしかった誠に詰め寄ってきたサキに事情を話して――すでに数日が過ぎている。
しかし、今日にいたるまでの間に、誠もサキも有効な対策を思いつくことができていない。
『しばらくの間、学校を休んではどうか?』というサキにしては珍しい撤退案を誠は退けた。
学費を払っている親に申し訳ないというのが表向きの理由だけど、本音はこんなことで挫けて堪るかという意地が大きかった。
「サキさん?」
「……誠、ずっと無理してる」
ことさらに虚勢を張っている朝。
疲労困憊で帰ってくる夕方。
そして貪るように求めてくる夜。
日に日に憔悴していく誠が心配で仕方がない。
原因は明白なのに、今の自分には何もできない。
大見得切っておきながら、この体たらく。申し訳なくて顔向けできない。
ポツリポツリと唇から漏れてくる言葉をまとめると、どうもそういうことらしい。
「そんなことないって。サキさんにはよくしてもらってばっかりだし」
サキの悲嘆を否定した。
『無理してる』という部分は否定できないけれど、それとこれとは話が違う。
彼女が何の役にも立っていないなんて、そこまで卑下するのは絶対に違う。
家に帰ればサキが出迎えてくれる。
一緒にご飯を食べて他愛ない話をして、テレビでも見ながらまったりして、しかる後にベッドイン。
ふたりで過ごす時間はとても楽しい。サキのことを想うだけで、辛くて苦しい学校での諸事にだって耐えられる。
サキに悪いところなんて絶対にない。その気持ちだけはわかってほしくて……誠は少女の肢体を抱きしめる腕に力を込めた。
「でも……私、サキュバスなのに。悪魔なのに……」
「……それは別に関係なくない?」
唐突な悪魔宣言。誠の疑問にサキは首を横に振った。
口には出さないけれど、誠は彼女がサキュバスであることを忘れかけていた。
というか……尻尾が生えている(普段は見えない)点を除けば、サキはごく普通のえっちな女の子と何も変わらない。
このあたりの話題は何となく地雷っぽい雰囲気がプンプンするので、絶対に口には出さないことにしている。
「サキュバスだって悪魔の端くれだから、魔法のひとつやふたつは使えるわ、でも……」
「でも?」
「……」
「えっと……言いにくいことなら、無理しなくてもいいから」
サキが言い淀み、誠が促した。サキは逡巡し、誠は言葉を付け足した。
話しにくい事情があるなら聞かないし、話したいのであれば聞きたい。
しっとりと湿ったサキの背中をゆっくりと撫でながら、誠は待ち続けた。
「私たち悪魔は……人間界で濫りに力を使うことを禁じられているの」
「そうなの?」
少し意外な気がした。
悪魔は人間――特にろくでもないことを考える人間に召喚されて、その絶大な力でハチャメチャするものだとばかり思っていた。
「昔はそういうこともあったらしいわね。でも、最近はそうでもないわ」
人間界は人間のもの。魔界は悪魔のもの。
悪魔にとって人間界はあくまで他所の世界だから、迷惑をかけてはいけない。
そういう穏健的な思想が現代の魔界における主流となっているとのこと。
「人間よりもずっとまともじゃないか」
「……そうなるまでに色々あったって聞いたわ」
誠をはじめ人間が一般的に抱いている悪魔のイメージも別に間違ってはいないそうだ。
高位の存在は膨大な力を有していて、弱肉強食の理が平然と語られる。
魔界は基本的にそういう世界であり、そして魔界の現状と理は何ら矛盾していない。
今代の魔界最強すなわち魔王が、たまたま穏和かつ平和的な性格をしているというだけの話だ。
「それは……まともと言うのとはちょっと違う感じがするね」
「まぁね。サキュバスってそんなに強い種族でもないから、今は助かってるけど……」
『割と振り回されっぱなし。生きていくのは大変なのよ』とサキは薄く笑った。
魔王の首がすげ変わったり、あるいは気まぐれで路線変更されたり。
今日は良くても明日どうなっているかなんてわからない。
荒波に翻弄されるのはいつだって弱者。弱肉強食の魔界では特にその傾向が顕著だ。
「そんなわけで、魔界から人間界に移住してくる悪魔って別に珍しくないの」
移住するのは弱い悪魔が多く、ひと口に人間界と言っても比較的安定した国が好まれる。
力ある悪魔の場合、人間界への移住は『逃げ』と認識され侮蔑の対象となる。
侮られることを良しとしない者たちは魔界に縛られて相争い、力をすり減らして没落することもある。
「だから、私は『逃げる』って別に悪いことじゃないと思う」
自分たちの境遇になぞらえてはいるものの、サキの言葉は誠にまっすぐに向けられている。
……日々責められて消耗している誠に休息を促しているのだ。
『学校をしばらく休む』という案は一度却下しているけれど、どうやら諦めてはいないらしい。
「ありがとう、サキさん。でも……僕はまだ頑張れるから」
「その『頑張る』ってのが不安なのよ。誠はもう十分に頑張ってるわ」
「そうかな?」
「そうよ。自覚しなさい」
「……」
思い返してみると、彼女の口から『頑張れ』という言葉は滅多に出てこない。
サキが『頑張れ』を口にするのは誠と致している時だけ。
『頑張れ、頑張れ』と語尾にハートマークを付ける感じで、これは明らかに用法が異なっている。
それを除けば……誠の日常やら学校、勉強やら何やらに関して『頑張れ』なんて言われた記憶がない。
――頑張ってる? 僕が?
サキが言うのなら間違いないという気持ちはある。
一方で『自分は頑張っている』と認めるのは甘えではないかという気持ちもある。
――休んでいいのか?
間近で見つめてくるサキの瞳があまりに透き通っていて、意識が飲みこまれそうになる。
すんでのところで踏みとどまった。この状況で大きな意思決定を行うことに恐れを抱いた。
「そう言えば、サキさんのバイト先もサキュバスがやってるんだっけ?」
「……ええ」
わざとらしくはあったものの話題を変える。
『移住してきた悪魔』というワードを軸に、話を元の流れに戻した。
サキも誠の意図に気付いたようだが、ことさらに異議を唱えようとはしてこなかった。
冬休みの間に、サキはアルバイトを決めてきた。
以前話していた同族が経営している喫茶店で、ウェイトレスをやっている。
そうやってサキ以外のサキュバスも人知れず人の世に紛れ込んでいる。
彼女たちは概ね人間と仲良くやっていて、お互いにウィンウィンの関係を築いていることが多い。
「悪魔と一緒に暮らしてるなんて僕だけかと思ったけど、別にそう言うわけじゃないんだなぁ」
「うん。私たちは割と人間に近いところにいるのよ。びっくりした?」
「そりゃもう。でも、その割にオカルティックな揉め事を聞かないってのは……」
「さっきも言ったとおり、禁じられてるからね。生きていくために必要な力を行使することは構わないけど、やりすぎると執行者が派遣されて――」
サキュバスの少女は首元で指をピッと横に引いた。
殺される。そういうことだろう。
冗談ではなかった。
「そこまでしてくれなくていいよ。サキさんは今のままで十分だ。いてくれないと困る」
「誠……」
すり寄ってきたサキは、そっと誠に口づけた。
甘やかな香りと馥郁たる味わいがふわりと広がる。
身体に押し付けられる柔らかな感触と合いまって、学校ですり減らされた心も身体も力を取り戻す。
これ以上何を望めというのだろう?
顔にかかる桃色の髪を指で弄びながら、誠はサキの少し尖った耳に息を吹きかける。
「サキさん、もう一回いい?」
「何度でも。望むだけ私に溺れなさい」
少しでもあなたの心が癒されるのなら。
優しく囁くサキの口を塞ぎ、ふたりの身体は再びひとつになった。
冒頭にもちらっと書きましたが、ヤバいです。マジヤバい。
今のペースで行くと今週末あたりでストックがヤバい。
しかも先の展開を少し変えたくなったのでさらにヤバい。
今週末から来週にかけて、しばらくお休みを頂くかもしれません。
どうなるかはわかりませんが、心に留めておいていただけるとありがたく思います。




