第22話 渦巻く悪意 後編
ヤバい、ストックが作れてません!
先週も同じことを言っていた気がします。
行けるところまでは頑張りますので、本日もよろしくお願いします!
スマートフォンを介して目にする電子の世界、そこには悪意が渦巻いていた。
『最低のクズ現る』
『浮気とか控えめに行って死ね』
『香澄、可哀そう』
『香澄さんに散々目をかけてもらっておきながら……』
『何あの顔、白々しい』
『人畜無害どころかただの畜生』
『面の皮の厚さはもはや才能』
書き込まれているメッセージは、誠に対する轟々たる非難の濁流だった。
思わず教室を見回すも――誰ひとりとして視線を合わせようとしない。
スマートフォンの中ではこんなにも饒舌に、情熱的に誠を叩いて悦に浸っているというのに。
その落差が、より一層恐ろしかった。
内容は――どれもこれも酷い中傷ばかり。
曰く誠が見知らぬ女と浮気して香澄とのクリスマスデートをすっぽかしたとのこと。
……チャットログを追うまでもなかった。こんなことを書きこむ人間はひとりしかいない。
『香澄』『クリスマスデート』『浮気』
どれもこれも見覚えのあるワードばかりだった。
――香澄、なんでこんなことを……
香澄を睨み付けると、あの浮気女はまるで自分が被害者であるかのように俯いて、目尻に雫を溜めている。
身体を抱いて震える姿は、裏切られた誠から見ても『あれは庇護欲を誘うよな』と感心させられるほど。
真実を知らない連中がころりと騙されるのも頷ける。
……などと黙っているわけにもいかない。いくらなんでも、これはない。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、みんな。僕は浮気なんて……」
「アタシ見たんだけど、そいつがピンクのウィッグ女と街歩いてるの」
誠の言葉は、横合いから差し込まれた新情報によって遮られた。
そちらに目を向けると口を歪めた女子が睨み付けてくる。香澄の友人のひとりだった。
誠とは特段仲がいいわけでも悪いわけでもない、そういう相手と記憶している。
「うわ、マジかよ」
「最低、死ね」
そのひと言を契機に、ラインの中に渦巻いていた悪意が現実に溢れ出してきた。
しかし……罵詈雑言の類はともかくとして、発端となった発言には聞き捨てならないセリフが混じっていた。
『ピンクのウィッグ女』
ウィッグではないが、桃色髪の少女については心当たりがある。間違いなくサキのことだろう。
誠とサキが冬休みの間に一緒に外出した機会は多くはなかったが、どこかで見られていたらしい。
油断していた……とまでは思わない。
あの時は、まさか冬休みが開けるなりこんなことになるなんて、まったく想像できなかったのだ。
「いや、違うんだ。話を聞いて……」
どうにかこうにか言葉を絞り出しつつ香澄の様子を窺うと、あちらはあちらで目を丸くしている。
――アイツの仕掛けじゃないのか?
出てくる単語を拾い上げていくと、どう考えても香澄が誠を陥れようとしているようにしか思えないのだが。
今の彼女の顔には純粋な驚きが広がっている。とてもウソをついているようには見えない。わけがわからない。
そしてヒートアップする教室。もはや誰も誠に抗弁の機会を与えてはくれない。
「誠、話があるなら俺が聞くぜ」
などと肩を叩いてくるのは、すぐ傍にいた唯人。
その顔に敵意や悪意の類は見当たらない。
こちらはただ事情を知りたがっているだけのようだが……いずれにせよ誠とサキの関係は説明しづらい。
『人間と悪魔の契約による同居』だなんて、実際に体験してみなければ到底信じてもらえないだろう。
そのまま口にしたら唯人は揶揄われたと思うかもしれないし、下手したら保健室か病院に放り込まれかねない。
あっという間に八方ふさがりに陥った誠に、更に声をかけてくる者がいた。嫌な千客万来だ。
「おい、誠」
深い怒りの籠った重量のある声。聞き覚えのある響きに顔を顰めずにはいられない。
香澄のグループと仲のいい男子のひとりが肩を怒らせて詰め寄ってくる。名字は……『近藤』だったはずだ。名前は記憶にない。
確かサッカー部に所属しており、一年生にもかかわらずレギュラーを勝ち取ったと聞いたことがある。
運動神経抜群で頭脳も明晰。見た目は爽やかなイケメンで、実家は何代も続く地元の名家。
生まれにも容姿にも恵まれ、文武ともに優れた能力を兼ね備える男。間違いなく校内ヒエラルキーの上位に座する完璧超人の類。
そんな近藤の眼差しは憤怒に滾っていて、教室という場を考慮に入れることなく今にも殴りかかってきそうなほどに燃えている。
「……何? 僕は今それどころじゃ」
声に棘が生えるのを止められない。両者の間には深い溝があり、高い壁があった。誠と近藤の軋轢の原因もまた、香澄である。
近藤が香澄に想いを寄せていることは気づいていたし、彼女の幼馴染にして彼氏であった誠に良い感情を抱いていないことも察していた。
誠にしても、自分の彼女(当時)と距離を詰めようとする近藤に対して友好的ではありえなかったし、焦燥感を掻き立てられる存在でもあった。
「香澄さんにこれだけ酷いことをしておいて、よくもおめおめ顔を出せたな」
「……」
近藤だってクラスの中心人物のひとりたりうる人材だ。一年生の頃から生徒たちの人気は高い。発言力も相応のものだ。
香澄が打ったと思われる布石と近藤の芝居がかった物言いのおかげで、『誠=悪』の図式が一方的かつ完全に成立してしまった。
周囲の様子を窺うと……誰もが香澄に深く同情し、彼女を庇う近藤を応援している。そんな空気が容易に見て取れてしまう。
「お願いだから、僕の話を聞いてくれ!」
叫びは騒ぎ立てる者たちの耳にも心にも届かなかった。
例外は――傍に居た唯人。『聞くぜ、ダチ公』などと肩を抱いてくる。
こっちはこっちで妙な口振りだ。何かの物まねだろうか?
でも、唯人だけだった。他の連中は誠の言葉に耳を貸そうとしない。
知らず、誠はスマートフォンを握りしめた。
――何なんだよ、これ!?
奥歯を噛みしめる音が脳内に反響する。新学期早々修羅場に放り込まれ、誠はすっかり混乱していた。
自分を衆目の中で吊るし上げようとする近藤への怒りや、無責任に囃し立てるクラスメートへの怒りがあった。
しかし、同時に目の前で義憤に駆られている近藤への哀惜も存在していた。
香澄に恋焦がれる近藤としてはポイントの稼ぎ所だろう。あさましい発想だとは思うが間違ってはいない。
でも……あの女は既にほかの男と関係を持っている。誠にぶつけられている怒りは、実際のところ迷子なのだ。
その事実を知ったとき、この男はどんな顔をするのか……想像すればするほど近藤はピエロだった。同じ男として深い悲しみすら覚える。
自信と憤怒に溢れた近藤の顔を見ていると、怒ればいいのか哀れめばいいのか、どうにも心が定まらない。
胸中の感情を持て余して言葉を失っている誠の様子をどう勘違いしたか、机に掌を叩きつけながら近藤が咆えた。
「お前は救いようのないクズだが、たったひとつだけいいことをした。わかるか? 香澄さんを解放したことだ!」
「……はぁ、それで?」
「彼女はオレが守る。お前はもう金輪際近づくな!」
それだけ言い置いて近藤は香澄たちの元に戻って行った。
遠巻きに観劇していたクラスメートからは一層厳しい視線が向けられる。
誠はそれを真正面から受けて――ふと気が付いた。唯人が自分の肩を抱いたままなのだ。暑苦しい。
「唯人はいいのか?」
「ん? 何が?」
「クズな僕と一緒にいると巻き添えを食うぞ」
「お前……自分のことをクズなんて言うな」
これまた珍しく怒りが混ざった口振り。
真面目な顔でそんなことを言われると、自虐が過ぎたかと頭を掻きたくなる。
でも……言わずにはいられなかった。
曲がりなりにも唯人のことを友人だと思っているがゆえに、言わずにはいられなかったのだ。
今や教室全体が誠を敵認定している。そんな自分とつるんでいたら、唯人の立場も悪くなる。
「幼馴染の彼女を捨てて浮気したなんて、どう言い繕ってもクズだろ」
「それが本当の話だったらな」
唯人はあっさりと誠が一番欲しかった言葉を口にする。
教室内に蔓延する空気など知ったことかと鼻で嗤っている。
整った顔立ちに浮かぶのは、皮肉げな笑みだった。
「……信じてないの?」
「あったりまえだろ。オレ達ダチじゃねぇか!」
「唯人……」
「マコちゃんにそんな甲斐性がないことはよ~く知ってるっつーの」
「……ねぇ、今、僕が抱いた感謝の気持ち、返してくれない?」
「残念ながら、あいにく当店ではクーリングオフは受け付けておりませんので」
「酷い奴だ」
「だろ?」
ふたりで顔を見合わせて笑った。気持ちのいい笑いだった。
唯人は酷い奴で……でも最高の友人だ。
誠は自分のことを幸せな人間だと思う。
サキのような素晴らしいサキュバスに出会うことができて、唯人のような男が傍にいてくれる。
――こんなことで負けてたまるか!
俯いていた頭をあげる。
自分を信じて支えてくれる人がいるのなら、負けられない。
事はもう自分と香澄だけの問題ではなくなってしまった。
理不尽を突き付けてくる奴らに屈するつもりなんてない。
『背筋を伸ばして……前を向いて』
声が聞こえた気がした。
耳慣れた甘くて優しい声が。
だから……決意を新たに誠は胸を張った。
みんなして、なかなか自分の思いどおりにはいかないの巻!




