第20話 瞬く間に時は過ぎ……
タイトルどおり、楽しい時間はあっという間に過ぎていきます。
クリスマスイブの夜から始まった誠とサキの生活は、控えめに言って爛れていた。
朝起きて飯食って外出。サキはバイト探しに奔走し、誠は同居人の日用品を買い集めて生活空間を整えた。
家に戻ってきたら分担して家事をこなす。後は飯食って風呂。ここまではまともで健全な高校生っぽい。
それ以外の時間は……とにかくヤってヤってヤリまくった。場所を問わず、昼夜を問わずと言った有様で。
若いふたりはひたすらに愛し合った……などと言うと美しい響きだが、ただの色ボケ欲ボケである。
大みそかの晩に至っては、どこぞの誰かが突いている除夜の鐘をBGMにひたすらサキを突きまくっていた誠である。煩悩の数よりたくさん突いた。
年が明けてもふたりは変わることない暮らしぶり。でも……そんなハチャメチャ生活にも終わりはやってくる。
「ああ、もう明日は学校か」
あっという間に冬休み最終日を迎えていた。淡々と時を刻む時計の針が恨めしい。
カレンダーを眺めつつ口から零れた声に落胆の響きが混じるのを止められない。
学校があるということは、一日中サキといちゃいちゃえちえちできないということだ。
この2週間ほどで誠はすっかりサキに酔いしれていた。割と最初からぞっこんであった。
桃色髪のサキュバスと身体を交わしていると、かつて父に勧められて口にした琥珀色の液体が思い出される。
浮かべられた氷塊とグラスが打ち鳴らす音に似た、芳醇にして澄んだ声。
口に含むとカッと身体に火が灯り、頭の中は心地よい酩酊感で満たされる。
サキの肢体は極上の美酒に似て、それを上回る快楽を与えてくれる。
肌の感触はしっとりとしていながらすべすべで張りがあり、それでいて暖かく柔らかい。
彼女の中は……こちらはちょっと例えようがない。表現するには誠の語彙は貧弱過ぎた。
もちろん誠も彼女の身体に溺れていたわけではない。
できるだけのことはしたと自認している。決して自惚れではない。
現にサキは喜んでくれていた。時には涙を流していたほどだ。
糸を引くような悲鳴を上げて、泣いて許しを乞うてくることすらあった。
あの表情が演技だとは思えない。というか、大抵は彼女の方が先にKOしていた。
『アンタは男で私は女。持久戦なんてサキュバスとしてのプライドが許さないのよ!』
頬を膨らませながら抗議するピンクブロンドの少女を押し倒して更に勝ち星を増やすと、サキは涙目で……否、ガチ泣きされた。
さすがにあのときは申し訳なく思ったものの、慰めたところで逆効果であることは明白だ。
かける言葉は見つからず、こればっかりは彼女の努力が実るのを待つしかないと諦めざるを得なかった。
サキはそっち方面でも精進してはいるものの、回を重ねるごとにふたりの差は広がる一方という気がしている。
『わ、私、別に弱くないもん』
『じゃあ僕が強いってこと?』
『……多分』
『マジか~』
潤んだ紫色の眼差しに偽りは見えず、誠は嘆息せざるを得なかった。
何をするにも冴えない自分に、こんな才能があったのかと衝撃を受けた。
下手したら一生気付かなかったかもしれない。
ついでに言うと、普通に暮らしている分には役に立たない才能でもあった。
『僕の方が、えっと……男の場合はインキュバスだっけ? そういう悪魔みたいだね』
『アンタね……』
仏頂面のサキに思いっきり頬を抓られた。プライドを強かに傷つけてしまったらしい。
艶めく唇から『絶対勝つ』と小さな呟きが零れた。実に物騒な口ぶりであった。
咄嗟に口を口で塞いでもう一戦。また、わからせてしまった。
閑話休題。
問題は目前に迫った学校である。回避不可のオプション付き。
新学期なんてただでさえ気が重いのに、今回に限っては従来の比ではない。
「そんな顔しないの」
誠の腕の中に横たわって、無精ひげが生えた頬を撫でながらサキュバスの少女は笑う。
ふたりともベッドの上で、生まれたままの姿で重なり合っている。
シーツはしわくちゃで、水分を過剰に吸収していて肌触りがよろしくない。
どちらも息が荒い。つい先ほどまで一戦交えていたばかりなのだ。回数を数えるのはとっくの昔にやめていた。
不満げに鼻を鳴らす誠の視線の先でサキの表情はコロコロ変わる。そのどれもが蠱惑的で魅力的。
いつまでだって見ていられるし、飽きることはないだろう。何なら永遠に見惚れていたくなる。
「だって……」
「だっても何もないでしょ。誠は学生なんだから、ちゃんと学校に行きなさい」
一時期サキは誠のことを『マコ』と呼んでいた。
でも、なんだか女の子っぽいし……それはあの幼馴染がかつて使っていた呼称でもあった。
その旨を説明すると、あっさりサキは引き下がった。基本的に相手の嫌がることはしない少女である。
物理的な距離をゼロにすることはできても、心理的な距離をゼロにすることはできていない。
ふたりの関わりは契約から始まった。呼称の変更は親愛の情の顕れだろうから素直に嬉しかった。
できれば別の呼び方にしてほしいと頼んでいて、現在は保留中。未来に期待といったところ。
仲は当初から良好であったものの、ふたりの契約はあくまで等価交換を基本としている。
誠は生気と住居をサキに与え、サキは誠に快楽を与える。お互いに対等でありウィンウィンでもある。
……実際のところ、ひとつ屋根の下で冬休みを共に過ごした少年と少女の関係は、そこまでドライなものではなくなっている。
『ではどういう関係か?』と問われると返答に窮するのだが。
「学校かぁ」
学生という身分が煩わしく感じられる。これまでは意識したこともなかった。
せめて大学生だったら、もう少し自由にふるまうことができるのに。
誠はいまだ高校一年生。順調に高校生活を過ごしたところで、大学なんて2年以上も先の話。
遠かった。そんな未来はあまり現実味がない。現実味がない冬休みを謳歌しておいて何だが。
サキの背中に回した手を引き寄せて桃色の髪に顔を埋める。甘い香りを胸一杯に吸い込んだ。
「サキさんは……ていうかサキュバスには学校とかないの?」
「ん~、そういうのはないわね。魔界では親から子に教えるのが普通」
サキュバスの少女は誠に抱かれた肢体をくねらせながら答えた。腕から逃れようとはしない。
家庭教師的な職に就いている者もいるが、サキは彼らの世話になったことはない。
そもそも魔界は広くて悪魔と言っても多種多様。中でもサキュバスは文化にせよ思想にせよ他とは一線を画した性質を持つ。
同族で勉強会的なものを開くことはあるけれど、そこに他の悪魔が招かれることはあまりないとのこと。
「私は……学校って面白そうだなって」
「どうだろう? 僕はあんまり気が乗らない。魔界流の方が性に合ってそうだ」
「そうかしら? ウチだけかもしれないけど、親とマンツーマンって嫌すぎ」
「あ~、それは確かに」
『隣の芝は青い』という話かもしれない。魔界の流儀なんて一介の人間には関係ないかもしれない。
別に構わなかった。誠にとってサキと交わす何気ない会話のすべてが新鮮で刺激的。とにかく楽しい。
もちろん、この少女の声が耳に心地よいということは言うまでもない。
「……大丈夫?」
ふいにサキが問うてきた。
先ほどまでの甘やかなピロートークとは異なる、心配そうな声色で。
覗き込んでくる透き通ったアメジストが不安げに揺れている。
「大丈夫って……何が?」
「何って、その、元カノとか……」
「ああ」
共同生活の合間に誠の高校生活にまつわる話題があった気がする。
クリスマスイブ前日に誠を捨てた浮気女こと香澄とは同じクラス。
学校に行けば嫌でも顔を合わせることになる。サキはそれを案じているのだ。
――う~ん……。
紫の瞳に見つめられて、誠は新学期に思いを馳せた。併せて、すっかり色あせてしまった記憶のページを捲っていく。
あの幼馴染に浮気をされてから、まだ然程の時は過ぎていないはずなのに……随分と昔のことのような気がする。
サキを撫でていた手を自分の胸にあてる。心臓の鼓動は落ち着きを取り戻しており、乱れてはいない。
「……どうかな。正直よくわからない」
ウソ偽りのない素直な答えだった。
以前のように『死にたい』という直接的な気持ちは、この二週間ほどの間ですっかり洗い流されていた。
毎日目を覚ますのが楽しみで仕方がないというところまで精神状態は回復していた。すべてサキのおかげだ。
あの雪の夜に、このサキュバス少女と出会わなければ、きっと今頃ここにはいなかった。否、この世にはいなかっただろう。
でも――完全に回復したかと問われれば、まだ自信が持てないでいる。
香澄と積み重ねてきた16年という時間は、今なお誠の胸の中で相応の存在感を保ち続けている。
サキは『さっさと忘れろ』と言ってくれたけれど、おそらく一生忘れることはできないだろうなという予感がある。
「無理しなくていいわよ。私はちゃんと待ってるから」
辛いことがあったら帰ってきなさい。
誠の頭を抱きしめてそっと撫でてくれる。まるで子どもをあやすように。
種族は違えど同い年の少女に甘やかされると気恥しい。
でも、サキが自分を気にかけてくれていることは嬉しい。
――複雑だな……。
柔らかな感触で包み込んでくれる裸の胸元に顔を埋めた誠は、少女の華奢な肢体に回した腕に力を込めて目を閉じた。
と言うわけで、次回から3学期が始まります。
冬休みを事細かに書こうとしても、蕎麦食って餅食っておせち食ってひたすらいちゃちゃみたいな話にしかならないかな、と思いまして省略しました。
相変わらずストックはヤバめですが頑張りますので、応援いただければ幸いです。




