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第19話 外出しよう! その5

外出編は今回で終わりです。

本日もよろしくお願いします!


 冬の夕暮れは足が速く、見る見る間に街が闇に沈む。

 それでも明かりが照らす道は明るくて、人通りも相変わらず。

 ……オフィスから漏れる光が指し示す意味について思索に耽っても、きっと幸せにはなれない。


 喫茶店を出た(まこと)たちは帰り道でスーパーに寄った。

 せっかく外出したのだから食糧調達というわけだ。

 いい感じにタイムセールにかち合って、十分な収穫を得ることができた。

 これで今晩は美味しいご飯が食べられそうだ。

 

「ねぇ、みんな凄くない?」


「そう?」


 血相変えた買物客にあてられて、サキはうんざりした模様。

 なんだかんだ一年近くひとり暮らしを続けている誠にとっては、もはやお馴染みの光景なのだが。

 初めて――人間界そのものにすらまだあまり慣れていない悪魔少女にとって、あの時間帯のスーパーはショッキングな世界だったかもしれない。


――さて、どうしたものかな……。


「これから家事を分担するとなると、サキさんにも買い物をお願いしたいんだけど」


「うぐっ」


「やっぱり買い物は僕が行こうか?」


「ううん、一緒に暮らすって決めたんだから、私も行く」


 むしろ新学期が始まったら学校で忙しくなる誠よりも自分の方が行くべき。

 桃色髪の少女はキッパリ言い切った。買ったばかりの服が入った袋をぎゅっと抱きかかえている。

 そんな様子を横目で見ていた誠としては、どうにもコメントしづらい。

 過酷で熾烈な戦場にサキを放り込むことに対する躊躇いがある。

 ……あれはどう考えても体力仕事だし、男の自分が担当するべきだと思えてくるのだ。

 だからと言って、サキの意気込みを頭ごなしに否定するのも気が進まない。


「慣れるまではふたりで行って、何とかなりそうだったらお願いするってことでどうかな」


「む~、わかった」


 強張っていたサキの顔に穏やかな雰囲気が戻った。

 なんだかんだと言っていても、不安に思っていたらしい。


――無理しなくてもいいのに。


「ねぇ、誠」


「何?」


 ふいに横から強い視線を感じた。

 サキの表情がシリアスだ。真面目な話だろうか。

 誠は彼女のそういう顔を見るたびに、ちょっと身構えてしまう。


「……誠って、いつもこうなの?」


「えっと、どういうこと?」


 サキの問いは要領を得ない。

 割とはっきり意思表示を行うタイプだと思っていたのに。

『らしくないな』と思いながらも、勝手に彼女を型に押し込めている自分に嫌気がさす。


「なんて言ったらいいのかな……気が利くっていうか」


「僕が? どの辺?」


「服を買う時にずっと待っててくれたり」


「……予算が限られているんだから、ちゃんと選んでもらわないと僕が困るかな?」


「えっと、私が『どっちがいい?』って聞いたときのこと覚えてる? 『両方買えば』って言う前に、ちゃんと自分の答えをくれたよね?」


「そりゃ、訊かれたことには答えないと失礼だし」


「あとあと……」


「あの、サキさん」


「何よ」


「全部普通のことだと思うんだけど」


「普通!? それ、どこの普通なの?」


「それは……」


 答えようとして、言葉が喉に詰まった。

 誠が知る『普通』の基準なんて考えるまでもない。

 異性との交際経験なんてほとんどない。過去にひとりだけだ。

 口ごもる誠を見て思い当たったサキも、慌てて口を閉ざす。


「……ごめん」


「いや、別に謝られるようなことじゃないから」


「でも……」


「僕は楽しかったよ。色んな服着てるサキさんを見てるの」


「むぅ、誠ってすぐそういうこと言う」


「そりゃ言うよ。ホントのことなんだから」


「ウソついてないのはわかる」


「いい服買えてよかったって思うし、やっぱり今日買い物に行ったのは正解だったなって」


「むぅ~~~~~」


 必要に駆られた外出だったけど、思いのほかに収穫があった。

 ずっと家に籠ってイチャイチャするのも楽しいだろうが、それではこの満足感を得ることは叶わなかった。

 寒い中、一念発起した甲斐があったというものだ。


「うぅ~~~~~~~」


 とてもいい一日だと思っていたのだが、サキは違ったのだろうか?

 どうしてサキュバス少女が隣でふくれっ面になっているのか、さっぱりわからなかった。

 

「難しいなぁ。サキさんは楽しくなかった?」


「……楽しかった。あんな風に服を選ぶのって初めてだったし」


「そうなの?」


 年頃の女の子が服を選んだことがないという。これは驚きだ。

 尋ね返したのは失礼にあたったかもしれないと、声に出してしまってから気付かされた。

 思わず隣に視線を向けると、寂しそうな表情を浮かべたサキが頷いている。


「人間界ってみんな人間じゃない?」


「人間以外の動物もいっぱいいるよ?」


「あのね……私が言いたいのは文化とか文明とか、そういうレベルの話」


「……まぁ、人間だけだね」


 人間が気づいていないだけで動物たちも独自の文明を築いている可能性は否定しきれなかったが、サキの言葉の意味は理解できた。


「でしょ? でも魔界って色んな悪魔がいるの」


「そりゃそうだろうね」


「うん。私たちサキュバスは二足歩行ってゆーか人間とほとんど変わらないけど、他の連中は全然違う姿してたりして」


「……それはまぁ、そうかも?」


 ゲームや漫画を始め、昔からあるフィクションなどで描かれる悪魔は、確かに人型ばかりではない。

 四つ足の獣だったり蛇みたいだったり、いろんな生き物をくっつけたような姿をしていたり。

 実際の悪魔がどうかは見たことがないものの、サキの口ぶりだと誠の想像は概ね間違ってはいないのだろう。


「そう。人間界の服屋がああやってお店を開いていられるのは、お客さんが人間ばっかりだから。でも魔界だと……」


「客に合わせた服を用意するのが難しい?」


 誠の言葉に、サキは首を縦に振った。桃色の髪がふわりと揺れる。

 既成の衣装を店舗に並べるという感覚がないとのこと。パターンが多すぎて対応しきれないから。

 せいぜいが布地を始めとする素材を取り扱うだけで、縫製等は自作あるいは専門の技術者の手を介さなければならない。


「ええ。力のある悪魔は大抵オーダーメイドするし、そうじゃない悪魔は顧客として勘定しづらい……ってことなんじゃないかな」


 人間のアパレル関係を見て回って、つい先日まで魔界で過ごしてきたサキなりに思うところがあったようだ。

 

「だったら、人型の悪魔は人間界の方が暮らしやすい?」


「かもね。それに人間って短いサイクルで次々と新しいものを作り出すし、凄いって思う」


「なるほどなぁ」


 誠は直接魔界を目にしたことはないけれど、人種どころか種族すらバラバラの連中が同じ区画で暮らすとなると、街並みや生活スタイルも人間とは大きく変わってくるであろうことは推測できる。

 そして、そういう街はきっと力ある者を基準に構築されるであろうことも。弱肉強食というルールに支配された世界は、ただ日々を生きるだけでも大変そうだ。

 異世界的なものに対する憧れを人並みに持っていた誠ではあったが、実際に話を聞いてみると人間に産まれたことに感謝したくなってきた。


「なんか私、自信なくなって来たかも……」


「そう? サキさんなら人間界でもうまくやっていけると思うけどなぁ」


「え?」


「え?」


「……」


「……?」


 互いに顔を見合わせて、沈黙。

 ……今の会話は、何となく噛み合っていなかったような気がした。

 サキは何を言おうとしたのだろう?


「えっと……」


「な、何でもない。ほら、さっさと帰りましょ」


 慌て気味の口ぶりからは『聞いてくれるな』という意思を感じた。

 踏み込むべきではないと判断した誠は、素直に話の流れを変えることにした。


「そうだね。晩ご飯もつくらないと」


「その後もね。今日は思いっきりするから、覚悟しなさいよ」


 先ほど見せたアンニュイな表情を誤魔化そうとしているのか、やけに挑発的で挑戦的な少女だった。

 今は隠されている尻尾がピコピコ揺れているさまを幻視しかけて、今度は誠が取り繕い気味に咳き込んだ。


「んんッ! 何でそんなに意気込んでるのか不思議だけど、その言葉はそっくりそのままお返しします」


「む~~~~~~~~っ!」


――『む~~~~』ってマイブームなのかな。


 怒っているのだろうが、可愛すぎてまったく迫力がない。

 言葉と一緒に身体をぶつけてくるものだから、衣服越しに感じる柔らかな肢体に思いを馳せて頬が緩んでしまう。

 鼻を掠める香りと、耳朶を打つ甘やかな声。ふたりで歩く街並みはどこか暖かくて心が浮き立つ。

 吹き抜ける風の冷たさも、迫りくる夜闇の寂しさも、サキと一緒ならどうということはない。

 今ここにある優しい世界に誠は心から感謝していた。 

多分次で冬休みをまとめてやって、第21話から3学期の話になる予定です。

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『あの子が水着に着替えたら』もよろしくお願いします。
こちらは気になるあの子がグラビアアイドルな現実ラブコメ作品となります。
― 新着の感想 ―
[一言] 他の方の感想でも少しでていますが、一連の話で主人公がそれほどダメダメな奴ではなく、むしろ結構気遣いができる人間だということがわかる会だったのですね。 その割には自己評価が低いところも再度でて…
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