第18話 外出しよう! その4
本日もお付き合いいただければ幸いです。
ふたりが連れ添ってやってきたのは、全国展開している衣料類の量販店。
今のサキに服を買うなら、何を置いても豊富なヴァリエーションが求められる。
何せ誠が貸したものを除けば露出度アゲアゲのサキュバス服一着しかない状態なのだ。
誠だって彼女には似合う服を着てもらいたい。安物で我慢させるようなことはしたくない。
でも、サキのグレードに相応しいファッションを求めると、一着当たりの金がかかりすぎる。
金銭的な問題にある程度の見通しが立つまでは、どうしようもなかった。
――ほんと、バイトしとけばよかった。
試着室に引きこもったサキを待ちながら、聞かれないようにため息。
経済的にままならない我が身を呪い、カーテン越しに聞こえる鼻歌の主を想う。
幸いと言うべきか、彼女はこの状況に不満を抱いてはいないようだ。
それが誠に対する気遣いなのか、ただの本心なのかはどうにも判断がつかない。
「ねー誠、これどうかな?」
カーテンを引いて姿を現したサキを見やる。
シンプルなスウェットシャツにスマートなジーンズ。
初めて出会った時の派手な装いからは想像もつかない地味な格好だった。
「サキさんってパンツ派なの?」
「そうでもないんだけど……こっちの方が動きやすいし、今は寒いからあんまり肌を出したくないの」
「そりゃそうか」
コートの下は胸と腰を覆っただけの大胆な姿が脳裏に描かれる。
あんな格好で雪降る街を歩いていたから、てっきり魔法的な手段で寒さをしのいでいるのかと思っていたのだが、別にそういうものでもなかったらしい。
「スカートの方が好みだった?」
「スカートも似合うと思うよ。でも、サキさんは活発なイメージがあるからパンツも似合うね」
「……」
見たままを褒めたつもりが、何だか驚かれている。
おかしなことを口にしただろうか?
自問しても答えが見当たらない。
「何?」
「え、あ、ううん、何でもない。色はどうかな?」
「それが気に入ってるんじゃないの?」
「迷ってる。こっちと」
そう言ってもう一着のシャツを掲げてくる。
サッと値札に目を走らせたところ、別に高くはない。
「どっちが似合うと思う?」
そう尋ねてきたサキが身に着けているのは無地の白。
対して手に持っているのは黒。物の見事に正反対だ。
誠は顎に手を当てて両方のシャツを交互に見やり、少し考えてから口を開いた。
「他との兼ね合いじゃないかな。上着はどうするの? そのコートだけでいいの?」
クリスマスイブに少女が羽織っていたのは黒のロングコート。
大胆に晒された白い肌と桃色の髪のおかげで違和感はなかった。
しかし黒シャツやジーンズと合わせると、白い部分が消えてしまってバランスが悪そうに感じられた。
「あのコートやジーンズと合わせるなら、僕は白の方がいいと思う」
「じゃ、こっちにしようかな」
「でも、どうせ着回さないといけないんだから、両方買えば?」
「……そういうことは先に言ってほしいんですけど?」
「『どっちが似合う?』って聞かれたのに『両方買えば?』だと答えにならないよ」
どちらかを選んでほしいと尋ねられたのだから、より良いと感じた方を答えた。
ただ、今後の生活を鑑みれば衣服は複数必要になるから、両方買うという選択肢を提示した。
『両方買えばいいから、別にどっちでもいい』では質問に答えたことにならない。
「む~、確かにそうなんだけど……む~?」
「ごめん、僕、変なこと言った?」
桃色髪の少女は機嫌を悪くした風には見えなかったが、戸惑いを覚えている様子。
身につけている白シャツと手元の黒シャツを見比べていたサキは、誠の問いに対して首を横に振った。
「ううん。誠の言うとおりだし、お言葉に甘えて両方買うね」
「別にこれくらい気にしなくてもいいって」
「そう?」
首をかしげるサキに、誠は肯定の頷きを返した。
「えっと……上着って何着もいるかなぁ?」
「もう一着ぐらいはあってもよさそうかな」
普段オシャレにあまり気を回せていない誠は、とりあえず清潔感だけは保つように心がけている。
ファッションにガチな女子の意識レベルはよくわかっていないから、何となくふんわりした意見しか口にできない。
「……お金は大丈夫?」
「大丈夫だけど……」
「けど?」
「これは話してなかったけど……もっと専門的なお店でひと揃い買いたいな~って考えてて、そっちに予算まわしたい気持ちはある」
「え、いいの?」
「うん。一張羅ってわけじゃないけど、グレード高い服が必要な時ってあると思うし」
「……本当に大丈夫なの?」
じ~っと見つめてくるアメジストの輝き。
上目遣いに捉えられて、見栄を張り切れなくなった。
「ま、僕の分を買わなければ問題ない、みたいな」
「それはダメだよ、誠」
「ダメじゃないよ。僕はすでに持ってる分があるから、どうしてもこのタイミングで買わなきゃならないってわけじゃない」
「でも……」
「サキさんにはお世話になりっぱなしだから、これくらいはさせてください。それに……アルバイト探すんでしょ?」
「それとこれとはあんまり関係なくない?」
「そんなことないって。他のサキュバスと会う時にはいい服を着なきゃ」
「それは……そうかも……」
サキは働き口を同族が営む店から選ぶ予定と言っていた。
種族単位で恋愛百戦錬磨のサキュバスたちのお眼鏡にかなわないような服では、お断りされてしまうかもしれない。
毎日そこまで気合いの入った格好をする必要はないだろうが、少なくとも面接ぐらいは見栄を張るべきだ。
本人もそのあたりまでは認識できているにもかかわらず……どうにも気後れしている模様。
――これは、何か理由付けがいるな。
「じゃ、サキさんがウチにお金を入れてくれるようになるための初期投資ということにしよう。ね?」
「む~」
納得できない。まんざらでもない。
相反する感情に揺れるサキの答えを、誠は静かに待っていた。
桃色髪のサキュバスは煩悶すること暫し――
「ちゃんとお返しはするから。絶対だから」
『絶対』を何度も連呼しながら、ようやく首を縦に振ってくれた。
★
「誠って辛抱強いよね」
そんな言葉が飛び出したのは、ブティックで一式買いそろえた後。
ひと息つくために喫茶店に入り、腰を下ろしてメニューを見ている時だった。
「そうかな?」
「……自覚ないの?」
誠に向けられるアメジストの眼差しは、珍獣を発見した際のそれに似ていた。
辛抱強いのは悪いことではないだろうにと思いながらも、あえて否定はしなかった。
量販店の次に入ったブティックでのサキの苦難は想像を絶するものがあった。
高価な衣服を買い与えられることへの罪悪感と、抑えきれない興味との狭間で揺れた。
なんだかんだ言っても眼前に良質な衣装を並べられると目移りし、つい手が伸びてしまった。
実際に試着した自分の姿を見ると……たまらなく欲しくなった。そんな魅力的な服がたくさんあるのだ。
しかし、購入することができるのはほんのひと握りのみ。吟味に吟味を重ねること量販店の比ではなく。
家を出たのは午前中だったのに、外はもう夕闇が迫っている。
いくら冬の日暮れが早いと言っても、相当な時間を服選びに割いていたことは事実だった。
にもかかわらず、誠の口からは愚痴のひとつも出てこなかった。ずっと待たせていたのに。
それどことか、サキが『これはどう?』とか『どっちがいいかな?』とか尋ねるたびに、丁寧に意見を返してくれた。
「お金に余裕がなかったのは申し訳ないと思ってたから、せめて納得いくものを買ってほしかったし。むしろ、ちゃんと見比べて決めてくれないと困る」
大量にぶちまけられた選択肢からひとつだけ選べなんて言われたら、誰だって迷う。
時間がかかるのは当たり前のこと。即決されると却って『大丈夫?』と問いかけたくなる。
財力を欠く自分の不甲斐なさを嘆くことはあっても、サキを責めるのはお門違いだと……
「どうしたの、サキさん?」
つらつらと話している誠の目の前で、サキの表情がどんどんおかしくなっていく。
非常に言葉にしづらい顔だ。様々な感情が入り混じっていて表現できない。
「サキさん?」
「……」
「コーヒー飲む?」
「ブラックはやだ」
「聞こえてるのにどうして無視するかなぁ」
「別に無視してるわけじゃなくて……う~ん」
今度は腕組みして悩み始めた。
何か心配事でも思い出したのだろうか。それとも忘れ物か……あるいは別の服の方がよかったか。
尋ねたい気持ちはあったものの、今度の表情はあまりにもシリアスに突っ走っていて言葉をかけづらい。
――女の子って、難しいな……
良好な関係を築けていると思い込んでいたサキのことさえ、サッパリわからない。
テーブルの一点に視線を固定させたまま口に手を当ててブツブツ呟いている少女を見ながら、誠はコーヒーを啜る。
何とも苦い味わいだったお陰で、違和感なく表情を歪めさせることができた。
冬休みの話はあと2話!
新学期までが長い……




