第13話 避けて通れない道とは言え
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「さっきのお金の話で気になったんだけど、誠ってお金はどうしてるの?」
妙なことを尋ねてくるな、と思った。
生活費をすべて自分で賄っている学生というのは、あまりいないような気がするのだが。
誠は現在16歳で高校1年生。ごく一般的に考えれば親の庇護下にある年齢だ。
両親は仕事で海外に居所を構えているため、息子は日本にひとり残って生活を営んでいる。
日常生活にまつわるアレコレはどうにかこなせるようになってきたものの、金銭的な問題についてはいかんともし難い。
――別に……おかしくはないよな?
人間界では『普通』でも、魔界的には違うのか。
『普通』という表現はどうにも危うい。
「どうって……両親から仕送りしてもらってるけど」
「お仕事はしてない?」
「学校があるからね」
興味がなかったというわけではない。ただ、忙しかった。
高校に入ってひとり暮らしを始めたら、これが想像以上に大変だった。
学業の難易度も上がって予習に復習、試験勉強と手間を取らされる。
さらには香澄との交際もあって、アルバイトにまで手が回らなかった。
「う~ん、そっかぁ」
誠の答えに、サキは桃色の髪を弄りながら考え込むような素振りを見せる。
詰るような眼差しではないけれど……言っていいものか迷っているような雰囲気。
そういう態度を目の前で取られると、物凄く気になるのが人情だ。
「サキさん?」
「あ、うん。えっとね……だったら、ご両親には説明した方が良いんじゃないかなって」
「え……」
おずおずと指摘されて、誠の身体が固まった。表情もストーンと抜け落ちてしまった。
サキは悪魔だ。サキュバスだ。本人には言いづらいが、人間から見ると非現実的で非常識な存在である。
ゆえに……彼女にまつわる情報は、相手が家族であっても迂闊にバラすべきではないと自然と思い込んでいた。
――え、あれ……でも、う~ん、話した方が良いのか?
混乱しながら思考を整える。
遠く海の向こうに住まう両親にサキのことを素直に告白するとなると、一番大きいメリットは罪悪感からの解放だろう。
年頃の女の子とひとつ屋根の下というだけでも、シャレにならない大問題なのだ。
それを親に隠れて密やかに……となると、どうにも後ろめたさが拭いきれない。
いっそ素直に話してしまった方が良いのではないかという気さえしてくる。
親公認となれば堂々とイチャイチャできる。これは大きい。
その反面、両親が『いやいや、アンタ何やってんの?』とNOを突き付けてくる可能性が怖い。
しかも、そうなる確率は高い。誠の両親は、どちらもごく普通の感性を持った大人だ。
自分のことすらままならない息子が、よその娘さんと一緒に暮らすだなんて気が気でないだろう。世間体というものもある。
しかも誠とサキの関係は単なる男女交際とはわけが違う。ふたりは、既にえちえちなのだ。
――怒られるだけじゃすまないよな、どう考えても。
と言うか、両親はまだ誠と香澄が破局したことを知らないはずだ。あれ以来一度も連絡していない。
彼らの意識では、息子とお隣の娘さんが清く正しい交際を続けていることになっている。
『別の女の子と~』なんて話をいきなり投げ込んだら大混乱を招くだろう。
両親を納得させるだけのストーリーは作れそうにない。
ここまでは、サキが普通の女の子だった場合の話。
『普通』と言うか『人間』の女の子だった場合の話だ。
根本的な問題として『悪魔の女の子と同居することになりました』なんて信じてもらえないのではないだろうか?
他ならぬ誠自身がサキと出会うまでは、悪魔だのなんだのは架空の存在だと思い込んでいたくらいだ。
バカ正直にありのままを話すと、海外からすっ飛んできた両親に病院に放り込まれかねない。
息子がひとり暮らしの寂しさに負けて幻覚を見始めたのか、と。あるいはヤバい薬でもキめてるんじゃないか、と。
サキが居合わせて正体を明らかにしてくれたら病院送りは免れるだろうけれど……その後どうなるかは、もはや想像の埒外である。
「説明、いるかなぁ」
「……言いにくいのはわかるけど。いずれバレるに決まってるし、先に言っといた方が印象いいんじゃない?」
「印象、ねぇ……」
「お財布を握ってる相手の機嫌を損ねるのは、どんな状況でも悪手よ」
「あ」
そうなのだ。
これから始まるふたりの生活は、両親の援助を前提としなければ成立しない。
何も言わなければ、両親は従来どおりにひとり息子が生活していけるだけの金額しか振り込んでくれないはず。
仮に説明したとして、彼らが誠とサキとの関係を認めてくれなかった場合は仕送りを止められるかもしれない。
この問題を放置していると、遠からず金銭面から誠たちの生活は崩壊しかねない。
「それに私、ちゃんとご挨拶しておきたいし」
「ちょ、ちょっと待って。それはストップ……貯金があるから当面は大丈夫、のはず」
「誤魔化しきれないと思う」
非常識な生活を始めようとしているのに、非現実の最たる存在であるサキは割と現実を見ていた。
「……僕もアルバイトしようかな」
「何でそうなるのよ! 学校行って勉強するんでしょ!」
親バレするくらいなら働こうかと思ったものの、しっかり怒られてしまった。
『サキさんは真面目だなぁ』とは口にできなかった。火に油を注ぎそうだったから。
寝室に引っ込んだサキは、すぐに戻ってきて誠の前に仁王立ち。
「ほ~ら、電話!」
「え、今すぐ?」
「こういうことは思い立ったときに速攻で動かないと、ズルズル引きずるの」
「そ、それは、そうなんだけど」
「つべこべ言わない。はいコレ!」
ずずいとスマートフォンを突きつけられる。
ディスプレイは点灯しておらず、途方に暮れた誠の顔が映っていた。
チラリとサキの様子を窺うと『さっさとやれ!』と肩を怒らせている。これは逃げられない。
ため息をついてスマホを受け取り指を滑らせる。すぐさま父親の連絡先が表示され――
――なんて言えばいいんだ、コレ……
「誠!」
「は、はい!」
怖気づいていたのは一瞬のこと。声に押されて連絡先をタップ。
ゴクリと唾を飲み込んでスマホを耳にあてると、数回のコールの後に通話が繋がった。
『ん、どうした誠?』
しばらくぶりに聞いた父の声。
無性に懐かしい気持ちが溢れてくる。
「あ、いや、その……久しぶり」
『いきなり電話してくるなんて……なんだ、お前ひょっとして寂しいのか?』
「それはない。今、時間は大丈夫?」
『ああ。仕事の方はひと段落付いたところだ』
「よかった」
日本に住む誠と海外在住の父親の間には時差がある。
ちょうどあちらは……『ひと段落』ということは、まだ仕事は終わっていないらしい。大変そうだ。
『大丈夫』と言われても、素直に頷けない。
さっさと用件を済ましてしまう方がよさそうだった。
『それで? めったに電話してこないお前がわざわざ掛けて……何かあったのか?』
父の声に剣呑な色合いが混じる。
向こうは誠が何か厄介なトラブルに巻き込まれていると勘違いしているようだ。
誠の目の前ではサキが『同居。お金』などと書いたメモを掲げている。
「えっと、そういうわけじゃないんだけど」
事ここに及んでも、ありのままを話すことは憚られた。
『サキュバスと一緒に暮らすので、仕送り増やして』なんて素面じゃ言えない。
沈黙する息子を海の彼方で待っていた父が口を開く。
『……何もないならそれでいい。高校の方はどうだ?』
「うん。まぁ、何とかやっていけてる」
『ちゃんと勉強してるか?』
「してるよ」
『飯は食ってるか? コンビニ弁当ばっかりじゃダメだぞ』
「自炊してるし。そっちこそちゃんと食べてるの?」
『……』
「何で黙るのさ」
『あ、いや……まぁ、その、アレだな。俺も母さんも色々と忙しくて……そうだ、お前、香澄ちゃんとは仲良くやってるか?』
父親は露骨に話を逸らしてきた。
しかも、一番聞いてほしくない方向へ。
胸の奥に蟠っていた重みが喉を通ってせり上がってくる。
「ちゃんとやってるよ」
カラカラに乾いた口から平坦な声が出た。
動揺を勘付かれないように意識すると、声から感情が消えた。
演技未満の下手なトークだが……これ以上は無理だった。
『ならいい。家は離れちまったが長い付き合いなんだ。困ったことがあったら助け合いなさい』
幸い父親は勘付かなかった模様。
「言われなくてもわかってるし」
『そうだな。お前に限って、そのあたりの心配はいらないか』
父親の信頼が、耳に痛かった。
とっくの昔に心は離れていて、浮気されてフラれたとは言えなかった。
食事すらままならない生活をしているらしい両親に、余計な不安を与えたくない。
『心配と言えば……困ったことがあったらどうするか、ちゃんと覚えてるか?』
「覚えてるよ。何度聞かされたと思ってるのさ」
『大切なことは何度だって言うのが親ってもんだ』
「はいはい。もう切るね」
『ああ。たまには母さんにも連絡してやれ。寂しがってるぞ』
「……うん。それじゃ」
耳元からスマートフォンを話してディスプレイをタップ。
胸に手を当てて大きく息を吐き出し、前を向くと――
「へたれ」
桃色髪の少女が残念なものを見る目を向けてくる。
その視線が、やけに痛かった。




