決勝前夜
短いです。
「今日は本当にお疲れ様でした。決勝進出おめでとうございます、アルト様。」
「ありがとうございます。」
準決勝の夜、俺はグウェン殿下に招かれてテラスでお茶を嗜んでいた。
いつもは昼間にするお茶会だが、たまには月を眺めながらというのも悪くない。
王国にいた頃は自分がこんな風流な事をするとは考えもしなかったが、慣れた今となっては悪くない。
「昨夜はどうなることかと思いましたが……」
「ご心配をおかけしました。すみませんでした。」
「いえ、そんな……いつも通り、カッコよかったですわ。」
「…ありがとうございます。」
頬を染めて気恥ずかしそうに笑う皇女殿下。
相変わらず可憐な人だ。
この方といると、冒険者として活動している時の忙しさや、かつての苦しみを忘れられるような気がする。
優しい微笑み、風に揺れる髪を押さえる仕草、鳥の囀りを聞いて嬉しそうにするところ、俺が依頼を受けて遠出する時の心配そうな顔、帰ってきた時の安堵の表情。
それらを思い浮かべるだけで、胸に小さな灯火が灯るような気がした。
「……アルト様?どうかされましたか?」
惚ける俺を不思議に思った殿下が首を傾げる。
俺は慌てて首を振り、話を誤魔化した。
「あ、いえ…何でもありません。明日の事を考えていました。」
「そうですか。明日はいよいよ決勝戦ですね……」
決勝の相手はエレンだ。
昨日の恐怖が蘇りそうになる。
だが、グウェン殿下の顔を見ていると、自然と落ち着く事ができた。
「………殿下。」
「はい、何でしょう?」
こんな感情を抱くのはいつ以来だろう。
かつてはあの幼馴染にも向けていたはずのもの。
その幼馴染と、明日戦う。
数奇なもんだな。
「明日の試合、必ず勝ちます。……だから、観ていて下さい。」
貴方が観ていてくれれば、きっと俺は大丈夫だから。
「……勿論です。ずっと観ています。ですから……どうか、ご無事で。」
勝って下さい、ではなく無事で、か。
こんな時にも…いや、こんな時だからこそ俺の身を案じてくれる。
それが、どうしようもなく嬉しかった。




