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光焔の剣

ステージで睨み合うエレンと聖騎士。

一度の攻防で、両者は体力気力共に消耗していた。

魔力量に不安のあるエレンと前の戦いでの負傷を抱えている聖騎士は、互いに短期決戦を望んでいる。

二度目の攻防、先に動いたのはエレンであった。


「ふぅぅ!!」


神速の踏み出し。

あまりの速さに多くの観客はその姿を見失った。

だが聖騎士は焦らず鎖を一周振り回し、前面に振り下ろした。


「ぬんっ!」


「しぃっ!!」


エレンが速度を落とす事なくサイドステップで避け、そのまま前進した。

聖騎士はここで鎖を引き戻すのではなく、体ごと回転して振り回した。

どれほどの膂力があれば、あの巨大な鉄球をこれほど速く振り回せるのだろうか。


「ぬぅおぉぉ!!」


「っ!!」


突き進むエレンの横から、鉄球が高速で迫る。

今度はサイドステップでは避けられないし、剣で受け止める事もできないだろう。

跳んで避けようにも、より速く前進する為に前傾姿勢を取っていた状態では、たとえエレンでも即座に跳び上がる事はできない。

勝負あったか、とほとんどの人間が思った瞬間。



「なっ…めんじゃないわよぉ!!」


「なぬっ!?」


大衆の予想を裏切るように、エレンは前傾の姿勢を持ち上げるのではなく、更に体を前に傾けた。

この土壇場ではあまりにも無茶な体勢。

聖騎士も思わず目を剥いて叫んだ。


エレンの体はほぼ水平といえるような姿勢になっている。

体が倒れるよりも速く次の一歩を踏み出しているのだ。

少しでも気を抜けば転倒するという状況で、エレンは鎖を避けながら走り続けた。


「しゃぁぁぁぁ!!」


そして、ついにエレンは聖騎士の元へ辿り着く。

彼女が剣を薙ごうとすると、聖騎士は手に巻きつけた鎖で防ごうとする。

だがその動きをエレンは予想していた。

彼女は振り払おうとしていた剣を素早く引き戻し、聖騎士の首元へ突きを放った。



「ぐぅ…甘いわぁ!!」


聖騎士は鈍重な鎧に身を包んだ見た目にそぐわぬ俊敏さで体を後ろにそらした。


「こっちの台詞よぉ!!」


しかし、エレンは体ごと前にぶつかるようにして、突きを伸ばす。

そして、彼女の剣の切先が、聖騎士の左眼を抉った。


「ぬぐっ…貴様ぁ!!」


「がふっ…!!」


聖騎士の拳がエレンの腹部を捉え、彼女の体がくの字に曲がって吹き飛ぶ。

鮮血が溢れ、完全に見えなくなった左眼を手で押さえながら聖騎士はさがった。




「小娘がぁ……よくもやってくれおったなぁ!!」


「ぐっ…ぅぅぅ……アンタこそ、そのままくたばれば良かったのに…」


エレンは腹に手を当てて痛みに唸りながらも、獰猛な笑みを浮かべて立ち上がった。


「覚悟せよ!我が裁きにて、其方の体を砕いてみせようぞ!」


「やれるもんならやってみなさいよ。次の一撃で、アンタの無駄に太いその腕、断ち切ってやるんだから。」


「ぬかせぇ!ぬぉぉぉぉぉ!!!」


聖騎士が咆哮し、煌めく銀色の光が一層強くなった。

そして鎖を高速で振り回し始める。



「悪いけど、もう本当に時間ないみたいなのよ。だから……力勝負になんて、付き合ってやらないわ。」


エレンが正眼に剣を構える。


「ふぅぅぅぅ……はぁぁ!!!」


彼女が目を瞑って念じると、真紅の炎が剣を包み込んだ。

エレンの体を包む金色の光と交わり、幻想的な美しさを醸し出している。


「これで、終わりよ。」


「うぅぬぉぉぉぉ!!!くらえぃ!!!」


聖騎士の渾身の一撃が振り下ろされる。

その速度はこれまでよりも更に速く、スピードに自信のあるエレンでさえ咄嗟には避け切れないほどだった。

だが、彼女は元々避けるつもりなどなかった。



「すぅぅ…………ふっ!!!」


鉄球がエレンの頭に直下する寸前、彼女が剣を振り上げた。

炎を纏って輝く剣は、超高密度を誇り恐ろしく硬い鉄球を、真っ二つに両断した。


「なっ………」


これまで幾度の戦で傷一つ負わずにいた鉄球が斬られ、聖騎士は呆然とする。

そんな彼に高速で迫るのは、エレンであった。


「くっ……あぁぁ!!」


「ふぅぅぅ……がぁっ!!」


苦し紛れに剛腕を振るう聖騎士だが、エレンは細かなステップでそれを避け、剣を振るった。

聖騎士の右腕が宙を舞う。

これで鎖を持つ手が無くなった。

左手で鎖を拾おうにも、その前にエレンの刃が届くだろう。


聖騎士が膝から崩れ落ち、地面を殴りつけた。

勝敗が決したのである。

審判長の副団長がすかさず試合終了を告げた。


準々決勝一戦目、勝者エレン。







試合後、エレンと聖騎士はそれぞれ治療を受けた。

エレンは聖騎士のボディーブローによって肋骨を折っており、更に内臓も破裂寸前になるほどダメージを負っていたようで、回復魔法師達は慌てて彼女を治療した。


聖騎士は聖国が保有する神の秘薬という希少な魔法薬によって、斬られた片腕をくっつける事ができたようだ。

聖国の代表として観戦していた教皇倪下が、聖騎士の為に神の秘薬を使うと決めた時、その薬の希少性を知っていた聖騎士は自分などには勿体ないと慌てたが、教皇猊下は誇りある自国の戦士の為ならばと惜しみなく神の秘薬を使った。


その結果、斬り落とされた右腕は繋がり、暫く安静にしておけばまた鉄球と鎖を振り回せるようにもなった。

しかしズタズタに抉られた左眼はそうもいかないようで、今後は眼帯をして生活していく事になりそうだ。




出場者や運営しか通る事のできない裏通路。

観戦室に向かって歩くエレンの前に、鎧を脱いで屈強な肉体を顕にしている聖騎士が現れた。


「アンタ……腕、くっついたんだ。」


エレンはつまらなさそうな目で聖騎士の腕を見た。

その視線に聖騎士は苦笑しつつ左手で右腕の傷痕を摩った。

くっつきはしたが、横一閃の傷は残ったようだ。


「主の祝福と、教皇猊下の思し召しのお陰でな。左眼(こちら)はこのままだが…直に慣れるだろう。」


「ふぅん……まぁ、似合ってんじゃない。」


変わらず興味のなさそうな表情だ。



「……其方との戦い、敗北はしたが誇れるものだと思っておる。」


聖騎士は優しい瞳でエレンを見た。

エレンは訝しげな目を向ける。


「急に何よ?」


「いや…其方ほどの強者と多少なりとも渡り合えた事で我も己を信じられるようになった。其方との戦いに感謝している。」


「……相変わらず何言ってんのかよくわかんないけど……アンタもそこそこ強かったわよ。アタシの相手じゃないけど。」


ぶっきらぼうに言うが、エレンも聖騎士の力は十分に認めていた。

あの拳の一撃が万全な状態でクリーンヒットしていたなら、彼女は内臓を破裂させていたのかもしれないのだから。



「其方の炎は実に美しかった。あのような美しき炎を授かった其方だからこそ……堕ちては欲しくないのだがな。」


「はぁ?……何の話よ?」


エレンは眉を顰めて首を傾げる。


「ふむ、自覚はなし…か。其方の心に闇が巣食っておる。原因は知らぬが……恐らく、かの青年が関係しておるのであろうな。」


「……??」


難解な問題に挑む学者のように顔を顰めるエレン。

彼女はまだ、己の闇に気付いていない。


「無力な我ではその闇を晴らす事は叶わなんだ。誰か其方を救う者が現れる事を祈るばかりだ。」



「……ねぇ、もう行って良い?」


うんざりしたような顔でエレンが言った。

これでも彼女にしてはちゃんと我慢した方である。

それだけこの聖騎士の存在を認めたという事だろう。


「引き止めて悪かったな、娘よ。以降の戦いも観戦するのか?」


「当たり前でしょ。他の奴らはどうでも良いけど、まだアルトの試合が残ってるんだから。」


まるでアルト以外は相手にしていないかのような発言。

表情は変わっていないのに、その瞳だけひどく暗くて悍ましい何かを湛えているようであった。


「そうか……我は、己の無力を嘆く他ない。」


聖騎士はエレンの瞳を悲しげに見つめた。

彼女はもう、何も言わずに聖騎士の横を通り、観戦室へ向かった。

残された聖騎士は過ぎ去るエレンの背を見送り、ポツリと呟いた。


「願わくば、かの青年が其方の闇を晴らさん事を。主よ、若き魂をお導き下され。」





エレンが観戦室へ向かっている頃、ステージでは準々決勝二戦目が行われようとしていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 聖騎士を応援してたのに、負けてしまって無念。聖騎士の腕だけでなく、眼も治ってくれれば良かったのに。エレンにはヘイトが溜まり過ぎて、もはや出てくるだけでムカつくレベル。いきさつに関係なく、無条…
[一言] 聖騎士が正しく聖騎士してる作品久々に見た。眼を失わせた相手を心配できるとかメンタル天使か。
[一言] エレンとは仲直りして欲しくないなぁ このまま堕ちて絶望しながら死んで欲しい
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