剣王と聖騎士
武闘祭四日目。
現在勝ち残っている者は俺を含めて十五名だ。
今日は本戦トーナメントの第二回戦と準々決勝を行う予定だ。
つまり、今日の試合が全て終わる頃には、残ったのは準決勝へ進む四人のみになるという事である。
「さて、昼の休憩を挟んだら次はいよいよ準々決勝か。」
個室の観戦室で一人呟く。
トーナメントの第一回戦を勝ち進む人数が奇数である為、一人だけシードとして第二回戦を免除されるようになっていた。
本来はくじ引き等でシード枠を決定するつもりだったのだが、皇帝陛下の計らいにより、ランスの不意打ちで負傷していた俺がシード枠となった。
そんな事をしたら他国の人間や他の出場者から非難が殺到するのではないかと俺は危惧したが、意外な事に反対的な態度を取る者は極めて少数であったようだ。
それだけランスの悪行に怒りを覚えるものが多かったんだろうな。
というわけで、四日目の午前中は観戦室で体を休めながら、第二回戦の七試合を眺めていた。
そして、準々決勝へ進出する八人が決定した。
一人目はエレン。
第二回戦でも初っ端からスキルをフルに使って敵を圧倒していた。
そしてやはり試合後に俺のいる方を見て、目が合うと何やら不気味な笑みを浮かべた。
エレンと戦う二人目は、聖国という宗教国家の聖騎士。
鉄球を振り回す巨漢だが、第二回戦でどこぞの国の宮廷魔法師と当たってかなりの苦戦を強いられており、負傷もしている。
エレンはまだ少し魔力が残っているようなので、彼女の魔力が枯渇するまで耐えきれなければ巨漢の負けとなるだろう。
そして俺の見立てだと、今の負傷した状況であればエレンが押し勝つのは間違いないと思う。
三人目は帝国のS級冒険者。
個性を削ぎ落としたような無表情でぼんやりした男性だが、魔法使いとしての腕は間違いなく一流だ。
帝都ではあまり活動していないらしく、俺も武闘祭で初めて会った。
それに対する四人目はアマズ族のルフマー。
彼女は第二回戦も第一回と同様、相手を寄せ付けずに圧勝している。
しかし今度の相手は彼女と同じく遠距離攻撃を得意とした魔法使いだ。
これまでのようにはいかないだろう。
実力的にはどちらが勝ってもおかしくないと思っている。
五人目はフェイ。
彼女もエレン同様、初っ端から『並列魔法』で敵を吹っ飛ばしていた。
第二回戦の相手は魔法使いであったが、魔法を放つ速度がフェイに劣っており、明らかな力負けで叩き潰されている。
魔力もまだ半分ほどは残っているようだ。
彼女と戦う六人目は和国という東の島国から来たという剣士。
刀という特殊な形状の剣を使うのだが、持っているスキルもかなり特殊なようであった。
特に第二回戦で見せた瞬間移動のようなスキルは、距離を詰められたくないフェイにとっては脅威となるだろう。
だが防御は薄いようで、フェイの魔法が当たれば勝負はつきそうである。
ここは速さと作戦勝負になるだろう。
七人目は俺の対戦相手である王国の騎士。
女性の身で王国の騎士団長をしているそうで、確かに帝国の騎士団長にも引けを取らない力を持っていそうだった。
重そうな長槍を軽々しく扱い、その神速の突きは『英雄』を発動したランスよりも下手したら速いのではないかというほどだ。
第二回戦もその突きで相手を圧倒していた。
当たり前だが、油断ならない相手である。
そして八人目は俺。
ルースの回復魔法と午前中にしっかり休息を取ったお陰で体調もかなり良くなった。
万全とは言えないが、それは他の出場者も同じである。
全体のレベルやこれまでの戦いを見ても、カレトヴルッフの力と俺の魔力があれば、優勝は決して難しくはないだろう。
改めて、魔剣の力というものを実感した。
武闘祭四日目、本戦トーナメント準々決勝一戦目。
王国のS級冒険者エレン対聖国の聖騎士。
二人はステージで向かい合っている。
「迷える娘よ…其方の力、見させてもらったぞ。」
「そう…それで?」
傷だらけの厳しい顔の聖騎士に対し、エレンは興味なさそうに応対する。
「見ての通り我は傷を負っている。回復魔法にて治療を行ったが、されど完治には至らず。今の我では、其方を下すには及ばんだろう。」
「なにそれ、言い訳?」
「……左様、言い訳だ。仮に万全の状態だったとて、其方に勝る確率は半分にも満たぬだろう。それでも、万全の状態で其方と相対したかったと、願わずにはおられんのだ。」
「あっそ。意味わかんないけど、試合ってそういうもんでしょ。」
「ふっ、それもそうだ。……娘よ、たとえ負け戦だとしても、我は神聖なる聖騎士として恥じぬ戦いをせねばならぬ。此度の戦、主に捧げると決めているのでな。」
「……ねぇ、一々何言ってんのかわかんないんだけど。宗教家って皆そうなの?」
エレンがうんざりしたような顔をしている。
エレンは宗教や信仰なんかに関心がない。
ルースの前で神を貶めるような発言をしないよう、アルトは常に気を遣っていた。
エレンの発言に聖騎士は怒る事もなく、まるで悪戯っ子の孫を見るように小さく笑った。
「いやすまぬ。我が言いたいのはつまり……敵わぬとて全力で臨む故、ゆめゆめ油断するでないと、そういう事だ。」
「ふぅん……何でも良いけど、元から油断なんてするつもりはないわよ。アタシはとっととアンタを倒して、決勝に行かなければならないもの。」
「決勝…か。何やら目的があるようだな。」
「えぇ、そうよ。アタシは決勝でアイツと戦って、アタシの力を教えてあげないといけないの。」
聖騎士は初めて見るエレンの笑みを見て、小さく息を飲んだ。
その笑みは無垢な少女のようでいて、その瞳には暗いなにかが渦巻いているように見えたからだ。
「決勝という事は、そのアイツとやらは三戦もしくは四戦に出場する者なのだな。……あの茶髪の青年か。」
これまでの戦いやエレンの歳の頃から考えて、エレンの言うアイツとはアルトの事だろうと聖騎士は判断した。
エレンは聖騎士の言葉にニヤリと笑う。
「ふむ、彼は確かに恐ろしい力を持っているが、それにしても決勝で戦えるとは限らないのではないか?戦というもの、いつ何が起こるかわからぬものだ。」
「は?何言ってんの?アルトが決勝にこないわけないじゃない。」
「何故それほど確信を持って言える?」
「だってアルトを傷つけて良いのはアタシだけだもの。アタシ以外、アルトに勝っちゃいけないのよ。」
エレンのキョトンとした顔を見て、聖騎士は背筋に悍ましいものが走ったような気がした。
「……其方の目は危険だな。」
「はぁ?」
「いや、何でもない。もしあの青年が他の者に敗れたとしたら「そんな事あり得ないわ。」……何故だ?」
「そんなの見ればわかるでしょ。今のアルトがアタシ以外に負けるはずないもの。一応、アルトの力の程度によってはアタシが協力しようと思ってたんだけどね。」
聖騎士は眩暈を起こしそうになった。
目の前の可憐な少女が、悪魔のように見え始めていた。
「協力…だと?武闘祭は個の武を競うものだ。試合に他方の力が介入した場合、すぐに審判員の知るところとなる。協力など……」
ありえない…そう言おうとした聖騎士だが、エレンはニコッと笑った。
「試合じゃなければ、良いんでしょ?」
闇討ち。
そんな言葉が聖騎士の脳裏に浮かんだ。
この娘は危険だ。
聖職者の本能がそう告げる。
「ねぇ、もう良いでしょ?観客も待ちきれないみたいだし、いつまでも話していたって退屈よ。」
笑顔を消して興味のなさそうな顔に戻ったエレン。
聖騎士は覚えたばかりの恐怖を押し殺し、戦いに集中する事にした。
できる事ならば、この少女をここで止めてやりたい。
そう思いながら、彼は頷いた。
「歳を取ると話が長くなっていかんな。いざ、始めよう。………主よ、どうか迷える子羊に聖なる導きを。」
「両者、構え……始め!」
「っ!…ふぅぅぅぅぅ!!」
試合開始直後、エレンが歯を食い縛って息を吐きながら、飢えた獅子のように威嚇した。
それに応じて、エレンの体を眩い金色の光が包む。
「眼前にて体感すると、その小さき身からは想像もできん程の圧であるな。だが、我も負けてはおれんぞ。……すぅぅぅぅぅ…ぬんっ!!」
聖騎士もその巨躯を更に膨らませるように息を吸った後、全身に剛力を込めた。
煌めく銀色の光が巨体を包み、鎧に覆われた筋肉がはち切れんばかりに膨張する。
「ぬぅおぉぉぉ!!」
聖騎士が太い鎖を振り回す。
鎖の先に付いている巨大な鉄球から、唸るような鈍い音が響いていた。
「ふぅぅぅぅ!!」
エレンは髪の毛先を逆立てながら、その様子を鋭く睨みつけている。
彼女の体を包む金色の光は、ますます眩さを増していた。
「ぬぅん!!」
聖騎士が鉄球の付いた鎖を力強く振り下ろす。
エレンは素早く身を翻して鉄球を避けた。
そして聖騎士が鎖を引き戻す前に、前に飛び込む。
彼女の避け方や突っ込み方は、ネコ科の動物を思わせるようなものだった。
「ふぅぅぅ!がぁ!!」
エレンが剣を横薙ぎに振るう。
聖騎士の横腹に当たる寸前、素早く引き戻した鎖で受け止められた。
エレンは鎖ごと断ち切るよう力を込めるが、一流の鍛治師が鍛えた名剣でさえも切れないほど、その太い鎖は硬かった。
「ぐっ…ぅぅぅ!!」
「ふんっ!…ぬぅ!」
ギリギリと剣と鎖が競り合うが、単純な力では聖騎士に分があり、押しのけられたエレンが体勢を崩す。
そこに聖騎士の豪快な前蹴りが襲うが、エレンは押された勢いを利用して転がり回避した。
聖騎士が鎖を引いて鉄球を引き戻し、エレンが立ち上がりざまに素早く飛び退き、二人は距離を開けて相対した。
たった一度の攻防だが、その密度は武闘祭という戦士の祭典において頂点に近づいた者に相応しいものだった。
互いに全力でスキルを使い、魔力や体力の疲弊が凄まじい様子である。
二人とも鋭い視線を向けているが、どちらも小さく肩で息をしていた。




