武闘祭前日
「本日もありがとうございました。皆さんのお陰で多少は対人戦にも慣れる事ができました。」
「こちらこそ礼を言うぞ。貴君との訓練はこやつらにとっても良い訓練となっただろう。」
帝宮内部の訓練場。
俺と対面する騎士団長は、辺りに転がる騎士達を見てそう言った。
帝都に来て早四ヶ月。
武闘祭の出場が決まってからの三ヶ月間は、冒険者として魔物を討伐する傍ら、こうして訓練場を訪れては騎士達の訓練に参加させてもらっていた。
基礎体力を鍛えるトレーニングや剣の素振りなどはカレトヴルッフを使わなかった為、三ヶ月間で少しは地力を向上させられたと思う。
更に騎士との模擬戦も数多く行った。
冒険者は基本的に魔物の討伐を行うものであり、人と戦う経験など盗賊や山賊等の輩に遭遇した時くらいである。
対人戦のセオリーや、注意点などを学ぶ良い機会となった。
また、この模擬戦はカレトヴルッフを使う場合と使わない場合があった。
カレトヴルッフを使わない時は、対人戦のノウハウを学ぶ事に集中する。
そして使う時は、手加減の仕方を覚える事に集中していた。
カレトヴルッフを使った俺の戦い方は、基本的に力押しだ。
それでも対人戦について知識と経験が浅ければ足を掬われるかもしれないと考え訓練をしたが、武闘祭ではもちろんカレトヴルッフを使う事になる。
その時気をつけなければならないのが、カレトヴルッフの強化力が強すぎるというものだった。
魔物相手ならば何も気にせず、ただ両断するだけで良いが、相手が人となるとそういうわけにもいかない。
殺さず仕留める方法は色々とあるようだ。
犯罪者を捕縛する事の多い騎士に教えてもらえるのは都合が良かった。
最初は木の人形に鎧を被せたもので試していたが、力加減が身につくまではあっさり両断してしまっていた。
だが徐々に上達していき、なんとか模擬戦をしても外傷を与えず決着をつけられるようになったのである。
覚えの悪い俺の為に時間を割いてくれた騎士団長には頭が下がる思いだ。
「それでは、失礼致します。」
「うむ、武闘祭では貴君の活躍と勝利を期待している。」
武闘祭は二日後から五日間に渡って行われる。
明日は体調を万全にする為に休む予定だ。
翌日、朝食後は皇女殿下に誘われてお茶会をしていた。
紛う事なき平民で一冒険者の俺がお茶会というのは違和感がありすぎるのだが、殿下は楽しげな様子でコロコロ表情を変えながら話をしたり俺の話を聞いたりしてくれる。
「それで、私も剣を習いたいと言ったのですが、お父様はお許し下さいませんの。」
「皇帝陛下は殿下の身を案じていらっしゃるのでしょう。それでなくとも、殿下のような高貴なお方が剣を学ぶ必要などございませんから。」
四ヶ月も帝宮で生活していたからか、以前よりマシな敬語を使えるようになったし、自然に出てくるようにもなった。
「しかし、お父様もお若い頃は剣を振るっていたそうですわ。それにお兄様達だって……」
「それは、皇帝陛下や皇子殿下は男性ですからね。」
皇帝陛下には数人の男児がいる。
というか女児はグウェン殿下ただ一人だ。
しかも末子ということで、グウェン殿下は皇帝陛下だけでなく皇子殿下達からも溺愛されている。
俺もたびたび皇子殿下達にお会いするが、俺がグウェン殿下と親しくしていると凄い形相で睨みつけてきたりする。
それ以外の時は普通に良い方々だから、単純にグウェン殿下を大切にしすぎているだけなんだろうな。
「でも、私も剣を振るいたいですわ。……その、アルト様のように……」
頬を染めて上目遣いに見てくる殿下。
本当に可憐な方だと思う。
殿下と接するたびに、殿下に惹かれる自分を自覚する一方、かつて愛した幼馴染の顔が脳裏にチラつくのだ。
それに、どうせ叶わぬ想いなら、抱かぬ方が良いとも思う。
「俺の太刀筋はお世辞にも上手いとは言えませんよ。騎士団長にも随分と指導していただきましたが、それでも凡庸の域は出られませんでした。」
「しかし、アルト様は凶悪な竜を倒す程の戦士ですわ。」
「それも魔剣の力のお陰ですから。」
「だとしても、その魔剣を万全に使えるのはアルト様だからこそですわ。アルト様はもっとご自分に自信を持つべきです。」
「自信…ですか。」
S級冒険者として活動する中で、多少は誇れるようにもなったつもりだ。
それでも根っこのところに卑屈さが出てしまうのは、これまでずっとそういう扱いをされていたからなのだろう。
だとすれば、その過去を振り払うには、彼らを見返す事ができたと実感する必要があるのかもしれない。
だがそんな機会は訪れるのだろうか。
皇女殿下とのお茶会が終わった後、俺は帝宮を出て気晴らしに散歩をする事にした。
部屋に篭っていても、明日の武闘祭の事ばかり考えてしまうからな。
「おっ、これなかなか美味いな。」
武闘祭が近くなるにつれて人の数がどんどん増えた。
それに応じて露店や屋台なども多く出るようになり、俺はたまたま見つけた屋台で『イベリオークの串焼き』を購入していた。
イベリオークは帝国の南西部にあるイベリー半島に生息する特殊な豚の魔物であり、イベリー半島の木に実る栄養たっぷりのドングリを主食としているらしい。
イベリー半島のドングリを食べて育ったイベリオークはグルメな貴族にも人気の食材なのだとか。
「ふむふむ、こっちは『コカトリスの唐揚げ』……あれは『クラーケン焼き』か……色々あるんだな。」
金なら有り余るほど持っている。
ちょうど昼食の時間である為、目に入った美味そうなものをどんどん買いながら食っていった。
「ふぅ…だいぶ食ったな。どっかで休け「っ!」っと…すまん、悪かった。」
座れそうなところでもないかとキョロキョロ見渡しながら歩いていたら、人とぶつかってしまった。
反射的に謝りながら相手を見ると、同い年くらいの女性であった。
「いや、こちらこそ余所見をしていた、申し訳ない。」
随分と無骨な話し方をする女だが…美人だな。
ぶつかった女は、褐色肌で紫色のセミロングをポニーテールにしている大人っぽい美人であった。
鋭い目をしているが、申し訳なさそうに眦を下げる姿は少し可愛かった。
「気をつけて歩くよ。それじゃ。」
あまりジロジロ見るのも変なので、サッと目を逸らして歩き去ろうとした。
「あっ…ちょっと待ってくれ!」
二、三歩進んだところで呼び止められ、振り返る。
「…呼び止めてすまない。つかぬ事を聞くが、貴方は帝都に住んでいる方だろうか?」
「一応はそうだな。まだ住み始めて四ヶ月だが。」
「そうか。明日からの武闘祭が行われる闘技場の場所はご存知か?」
帝都には何代か前の皇帝が建てたドデカい闘技場がある。
武闘祭はそこで行われる予定だ。
「あぁ、知ってるぞ。」
「良ければ道を教えていただけないだろうか?私は帝都には来たばかりで、道がよくわからないんだ。」
「広場に案内図があったと思うが?」
結構大きなわかりやすいのがあったはずだ。
「そ、その……実は、地図などを読むのは苦手で……一度行けば覚えるのだが…その……」
恥ずかしそうな様子の女。
見た目とのギャップがあるな。
「あー……わかった。なら案内するから、ついてきてくれ。」
「良いのか?道を教えてくれるだけでも…」
「口頭で伝えてわかるのか?」
「うっ……つ、連れていっていただけるとありがたい。」
「構わない。どうせ暇だったからな。俺はアルトだ、短い間だがよろしく。」
「私の名はルフマーだ。よろしく頼む。」
道案内しながらルフマーと話す。
そして、成人するまでは彼女は森の奥で暮らしていた為、街中の案内図などを読み解くのは苦手なのだと聞いた。
「そうか、ルフマーはアマズ族の生まれなんだな。」
「知っているのか?」
ルフマーは意外そうに目を丸くした。
「一度だけアマズ族の女性に会った事がある。」
「ほう、珍しい事もあるものだな。」
アマズ族は男の奴隷を仕入れる時くらいしか森から出ないからな。
あれはまだ俺がエレンと二人で活動していた時だった。
街に来たアマズ族が奴隷商に騙されて無理矢理奴隷にされそうになっており、たまたま通りがかった俺とエレンが助けたのだ。
まぁ、奴隷商の部下達と戦ったのはほとんどエレンで、俺はアマズ族の女を守るだけで精一杯だったがな。
その後、街の衛兵を呼んでその奴隷商が違法に手を染めていた事が発覚し、俺達とアマズ族の女は無事に解放された。
「……そういえば、その時にこんな物を貰ったな。」
『空間収納』で保管していたネックレスを取り出して見せた。
何かの木の皮を紡いだような輪に、獣の牙を通してあるものだ。
すると、それを見たルフマーが目を剥いて驚いた。
「なっ!こ、これは!?」
「どうかしたか…?」
もしかして、見せてはいけない物だったか?
でもあの女は「いつか私と同じ一族の者に出会ったら、これを見せると良い。」って言ってたよな。
「これを、アマズ族の者から貰ったのか?」
「あぁ、そうだが。」
俺が頷くと、ルフマーは警戒心を捨てて満面の笑みを浮かべた。
「そうか!アルトは我が一族の友であったのだな!」
「……どういう事だ?」
俺が問いかけると、ルフマーは首にかけて胸元に入れてあったペンダントを引っ張り出して見せた。
俺が持っているものと同じようなペンダントだ。
「これは、アマズ族の戦士が一人前である事を表す首飾りだ。この牙は、自分が初めて一人で狩った獲物のものなのだ。」
「ほう、そんな風習があるのか。」
「そして、この首飾りを外界の者に渡すという事は、その者を全面的に信頼するという証でもある。」
おい、そんな事聞かされてないぞ。
「そのペンダントを一族の者より与えられた者は、アマズ族の友として扱われる。すなわち、その首飾りを持つアルトは、我が一族の友という事だ。私はアルトを、全面的に信頼しよう。」
このペンダント、そんな重いものだったのか。
それにしても会ったばかりの人間を、ペンダントを持っているというだけで信頼するっていうのは凄いな。
森の奥深くで一生を過ごすような人達が考える事は俺にはわからん。
「アルトよ。何か困った事があれば何でも言うと良い。この度の礼も兼ねて、力になろう。」
「あ、あぁ…ありがとよ。」
なにはともあれ、打ち解けられたなら良かった。
それから闘技場に到着するまで、ルフマーはそれまでが嘘のようにニコニコしながら話してくれた。
「ほぉ、これが闘技場か……壮大だな。」
円形の闘技場を外から仰ぎながら、ルフマーが感嘆の声を上げた。
「ここで…戦うのだな。」
「……やっぱり、ルフマーも武闘祭に参加するのか。」
話の中で、互いに冒険者として活動している事を話していた。
そして、アルトがS級である事にルフマーは驚愕していた。
「うむ、そうだ。…も、という事はアルトも出場するのだな?」
「あぁ。もし戦う事になったら、その時は容赦無用だぞ。」
「勿論だ。友であろうと…いや、友だからこそ、全力で挑ませてもらう。」
ルフマーは決意を持った瞳で俺を見た。
強くて真っ直ぐな瞳だ。
俺も負けてはいられない。
「それじゃ……互いに頑張ろうぜ。」
「うむ。さらばだ、我が友よ。」
互いに背を向けた俺達は、それぞれ一歩を踏み出した。
「アルト!宿への道がわからなくなってしまった!」
「一度行けばわかるんじゃなかったのかよ……」
大広場まで行けばわかるとの事で、そこまで案内した。
締まらない別れだ。




