第四話「七曜混合」
月と火が腹部で巡る。
木と土も内にある。
四曜の交わり。
脳髄へ作用する。
残る三曜は、迷宮の中に――
木徳直人は立ち止まった。
全身に電気が走る。
脳裏で映像が過る。
時間は数秒間。
彼は瞬時に悟った。
気狂いのエルの力に似ていると――
躬冠泉と葛葉レイの中が見える。
内側が弾けた。
彼女達の感情が溢れて偏向される。
黒川ミズチから出た黒いエネルギーも共にある。
産まれた卵から花が開く。
制御と暴走。
だがここではない。
過去へ向かう。
部室が見える。
女子が四人で輪になる。
次元由美と友紀陽子の生命の源。
命の力が泉とレイの内へ向かう契約が締結された。
視界が四人の輪の中心へ。
ぐるぐると渦巻きながら。
一気に吸い込まれる。
泉の部屋だった。
携帯電話を凝視している。
何が書いてあるかは見えない。
だが彼女の心は分かる。
助言を与えられた。
兄がいない性愛の隙間につけ込まれた。
そそのかされている。
復讐者として仕向けられた。
メールの送り主に。
その先に答えがある。
見つけ出す為。
携帯電話の中へ。
一気に吸い込まれる。
霧争和輝の部屋。
VRゴーグルをつけている。
硬直していた。
目から侵入されたのだ。
侵入者は、ブラックサイト。
そうなる前。
対戦相手だったメッセージの送り主。
イエローバスタード――
やはりそそのかされた。
敵対者として仕向けられた。
彼の虚無につけ込んでいる。
闇が増幅したのだ。
またゴーグルの中へ。
グンと入り込んでいく。
躬冠司郎がいる射場。
彼の携帯電話。
ここから始まった。
メールの送り主はイエローバスタード――
違う。
――親愛なる友人。
連鎖的に感じる。
他と似た誘い文句。
全員に糸を引いた人物。
探り当てなければならない。
三曜を取り込む為に。
再び携帯電話へ。
深く潜る。
水。
水中。
蛟を感じる。
蛟の本質。
海の魔物――
悪魔とも呼ばれる。
合致していく。
何かがある。
巻き戻さねば。
見る為に。
過去へ。
金。
財力。
資産家の夫婦がいた。いわゆる富豪である。
夫婦には秘密があった。一部の人間にしか知られていない秘密。
夫が財を成した事にも関係していた。
二人は運悪く子供を作れなかった。
養子を考えていた折、彼らは不思議な子供の話を耳にする。
とある赤子が産まれた。
性別は男。
彼は母親を殺しながら産まれた。
父親はいなかったので孤児として施設へ預けられた。
園児としては奇妙な男児だった。
母親の胎内にいた頃の記憶がある。辿々しくも周りの人間へ話す程度に。
話すのは胎内の記憶だけではなかった。
けれどそちらの話は益々突拍子もなかった。
子供が欲しい夫婦と保護者が欲しい彼は、施設内で運命の出会いを果たした。
二人は男児と面会した部屋で奇妙な話を聞く事となる。
夫婦は彼の話を信じた。そして買い物を済ますが如く養子縁組の手続きに入った。
三人で秘密を共有する為に。
夫婦の秘密。それは悪魔崇拝。
彼らは奈落の王を崇拝していた。
一般的にカルトと呼ばれ複数の地下組織とも通じていた。
彼の話。それは前世の世界。
闇と悪意が生まれる場所に纏わる記憶と予言だった。
門と通路、門番の種族にも関わっていた。
二人は男児を大切に育てた。
しかし彼が小学校に上がる頃には他人へ養育権を譲る事にした。
愛情を失ったからではない。
二人と一人の間には最初から愛情は存在しなかった。
あったのは畏敬と崇拝の念。
彼に言われたから行動したのだ。
自分を他所へ預けろと――
桜が舞い散る。
彼はその光景をよく覚えている。
小学校の入学式を終えた日、車で着いた施設の前で車中から桜を見ていた。
施設から女の子が出てくる。同い年の子供。
彼がいた頃にはまだ見かけない顔だった。しかしよく知る相手だ。
記憶の通り、如何にも美少女の原形だった。これなら必ず男の目を引くと彼は確信した。
彼女は施設の前で誰かを待っている。
様子を見てから、彼は車のドアを開けた。
すたすたと歩いて近づく。
女の子と目が合う。
「美月ちゃんだよね」
聞かれた彼女は目を丸くした。
「どうしてわたしの名前、知ってるの?」
彼は微笑した。
「ぼくの前のお義父さんとお義母さんが、今日から君のお義父さんとお義母さんになるんだよ」
女の子は益々目を丸くした。
「じゃあ、きょうだい?」
「違うよ。ぼくはもう他所の子だから」
「そうなんだ……」
残念そうな顔をしていた。
「だけど、ぼくらは本当に兄妹みたいなものかもね」
「? よくわからない」
「出て来た所が同じって意味」
「ふーん。じゃあ遊んだら楽しいかも」
彼女はニコッとした。
仮面の表情だと彼は悟る。
「いつか遊べるよ。今日は挨拶だけね」
「そう」
「じゃあ、ぼくはいくね。お幸せに」
「はい、さよなら」
彼は左手を振った。
聞こえない程度の声で付け加える。
「まだ殺されるわけにはいかない。それに――」
長い前髪が揺れた。
「また会えるよ」
後に夫婦は事故に遭った。
見せかけの事故死に。
仕掛けたのは、悪魔崇拝のカルト。
だが指令は彼から。
将来の中間。
計画された再臨。
革新や危険を嫌う人間、門番の種族の崇拝者達を利用した。
それでも彼と財産の繋がりは消えない。
彼女への監視も消えない。
全て計算されていた。
一気に時空が飛ぶ。
今ではない太古。
地球ではない空間。
星もない。
自転もなく、空気もない。
真に暗闇だった。
それでも何かがいるのが見える。
物質ではない。
何か別。
蠢いている。
意思は感じられた。
対象を絞っていく。
錆びて歪んだ鉄格子。
見えないが感じる。
格子の向こう。
他と違う者がいる。
人間――
まだ人ではない。
人の形のイメージ。
赤子の様に眠る女だ。
胎児にも見える。
美しい女。
彼女の肌に。
闇が手を伸ばす。
纏わりつく。
侵食。
じわじわと。
黒が女の姿を覆う。
悪意が形作られる。
女の脳。
何か見える。
それは、
竜――
――蛇。
悪が“黒”い“川”へ沈む。
見えなくなる。
名前がつけられ、
そうして――
完成、誕生する。
時空の種族も、弾けていく。
遥か彼方へ。
悪の種子を飛ばす。
名前のない、者の為に――
日。
日輪。
未来の光輪へ。
駆ける様に跳ぶ。
『直人、早く、ここへ、来い』
――不法の者、彼の意識が現在へ戻る。
直人は見た映像をハッキリ覚えていた。
汗はかいていない。
動悸もない。
だが酷く衝撃を受けていた。
携帯電話を取り出してミズチへメールを打つ。
Sub【片はついた】
『先に帰れ。友紀陽子の死体には触れるな』
すぐ返信が来る。
Sub【Re:片はついた】
『分かった。それより神内区に旅客機が墜落したってニュースが流れてる。学校からも近い。直人くんは大丈夫?』
携帯電話でインターネットにアクセスしてニュースを確認すると、彼女の言った通り大々的に報じられていた。
自分で咄嗟にやった事ながら、これなら友紀の件もうやむやになるだろうと彼は感じていた。
同時に腹立たしさが湧く。
あの映像。
幻ではなく事実なら、平常心ではいられない。
直人は自身で予期していた。
Sub【】
『俺は平気だ。用事がある。また明日』
直後に返信が入った。
彼は開かずに走り出す。
息は全く乱れない。
走りながら考える。
――確かめなくては。あの未来からのメッセージ。全てが事実かどうか。
向かう先。
夕刻の学校。
幻でなければ、待っている。
二年C組の教室の外。
直人は戸の前に立っていた。
廊下にも教室にも蛍光灯の電気はついていない。
引き戸に手をかけ、開いていく。
薄暗い教室内。
光源は外から差す光だけ。
昼間とは異なる光景。
けれど見慣れた教卓の上に――
誰かが座っている。
その人物が、声をあげた。
「よう、直人。遅かったな」
『バスタード』は「私生児」の意味。スラングでは「嫌な奴」「ろくでなし」などの意味もあります。




