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木徳直人はミズチを殺す(完結作)  作者: 鈴本 案
第七章『最後の敵』
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第四話「七曜混合」




 月と火が腹部で巡る。

 木と土も内にある。

 四曜の交わり。

 脳髄へ作用する。

 残る(さん)曜は、迷宮の中に――


 木徳直人は立ち止まった。

 全身に()()が走る。

 脳裏で映像(ビジョン)(よぎ)る。

 時間は数秒間。

 彼は瞬時に悟った。


 気狂いの()()()()に似ていると――







 躬冠泉と葛葉レイの中が見える。

 内側が弾けた。

 彼女達の感情が溢れて偏向される。

 黒川ミズチから出た黒いエネルギーも共にある。

 産まれた卵から花が開く。

 制御と暴走。

 だがここではない。

 過去へ向かう。




 部室が見える。

 女子が四人で輪になる。

 次元由美と友紀陽子の生命の源。

 命の力が泉とレイの内へ向かう契約が締結(ていけつ)された。

 視界が四人の輪の中心へ。

 ぐるぐると渦巻きながら。

 一気に吸い込まれる。




 泉の部屋だった。

 携帯電話を凝視している。

 何が書いてあるかは見えない。

 だが彼女の心は分かる。

 助言を与えられた。

 兄がいない性愛の隙間につけ込まれた。

 そそのかされている。

 復讐者として仕向けられた。

 メールの送り主に。

 その先に答えがある。

 見つけ出す為。

 携帯電話の中へ。

 一気に吸い込まれる。




 霧争(むそう)和輝の部屋。

 VRゴーグルをつけている。

 硬直していた。

 目から侵入されたのだ。

 侵入者は、ブラックサイト。

 そうなる前。

 対戦相手だったメッセージの送り主。

 イエローバスタード――

 やはりそそのかされた。

 敵対者として仕向けられた。

 彼の虚無につけ込んでいる。

 闇が増幅したのだ。

 またゴーグルの中へ。

 グンと入り込んでいく。




 躬冠司郎がいる射場(いば)

 彼の携帯電話。

 ここから始まった。

 メールの送り主はイエローバスタード――

 違う。

 ――親愛なる友人。

 連鎖的に感じる。

 他と似た誘い文句。

 全員に糸を引いた人物。

 探り当てなければならない。

 三曜を取り込む為に。

 再び携帯電話へ。

 深く潜る。







 水。


 水中。


 (ミズチ)を感じる。


 蛟の本質。


 海の魔物(レヴィアタン)――


 悪魔とも呼ばれる。


 合致していく。


 何かがある。


 巻き戻さねば。


 見る為に。


 過去へ。







 金。


 財力。


 資産家の夫婦がいた。いわゆる富豪である。

 夫婦には秘密があった。一部の人間にしか知られていない秘密。

 夫が財を成した事にも関係していた。

 二人は運悪く子供を作れなかった。

 養子を考えていた折、彼らは不思議な子供の話を耳にする。


 とある赤子が産まれた。

 性別は男。

 彼は母親を殺しながら産まれた。

 父親はいなかったので孤児として施設へ預けられた。

 園児としては奇妙な男児だった。

 母親の胎内にいた頃の記憶がある。辿(たど)々しくも周りの人間へ話す程度に。

 話すのは胎内の記憶だけではなかった。

 けれどそちらの話は益々突拍子もなかった。


 子供が欲しい夫婦と保護者が欲しい彼は、施設内で運命の出会いを果たした。

 二人は男児と面会した部屋で奇妙な話を聞く事となる。

 夫婦は彼の話を信じた。そして買い物を済ますが如く養子縁組の手続きに入った。

 三人で秘密を共有する為に。


 夫婦の秘密。それは悪魔崇拝。

 彼らは奈落の王(アバドン)を崇拝していた。

 一般的にカルトと呼ばれ複数の地下組織とも通じていた。


 彼の話。それは前世の世界。

 闇と悪意が生まれる場所に纏わる記憶と予言だった。

 門と通路、門番の種族(デモゴルゴン)にも関わっていた。


 二人は男児を大切に育てた。

 しかし彼が小学校に上がる頃には他人へ養育権を譲る事にした。

 愛情を失ったからではない。

 二人と一人の間には最初から愛情は存在しなかった。

 あったのは畏敬と崇拝の念。

 彼に言われたから行動したのだ。

 自分を他所へ預けろと――







 桜が舞い散る。

 彼はその光景をよく覚えている。


 小学校の入学式を終えた日、車で着いた施設の前で車中から桜を見ていた。

 施設から女の子が出てくる。同い年の子供。

 彼がいた頃にはまだ見かけない顔だった。しかしよく知る相手だ。

 記憶の通り、如何にも()()()()()だった。これなら必ず()()()()()()と彼は確信した。

 彼女は施設の前で誰かを待っている。

 様子を見てから、彼は車のドアを開けた。

 すたすたと歩いて近づく。

 女の子と目が合う。


「美月ちゃんだよね」


 聞かれた彼女は目を丸くした。


「どうしてわたしの名前、知ってるの?」


 彼は微笑した。


「ぼくの前のお義父さんとお義母さんが、今日から君のお義父さんとお義母さんになるんだよ」


 女の子は益々目を丸くした。


「じゃあ、きょうだい?」

「違うよ。ぼくはもう他所の子だから」

「そうなんだ……」


 残念そうな顔をしていた。


「だけど、ぼくらは本当に兄妹みたいなものかもね」

「? よくわからない」

「出て来た所が同じって意味」

「ふーん。じゃあ遊んだら楽しいかも」


 彼女はニコッとした。

 仮面の表情だと彼は悟る。


「いつか遊べるよ。今日は挨拶だけね」

「そう」

「じゃあ、ぼくはいくね。お幸せに」

「はい、さよなら」


 彼は()()を振った。

 聞こえない程度の声で付け加える。


「まだ殺されるわけにはいかない。それに――」


 長い前髪が揺れた。


「また会えるよ」







 後に夫婦は事故に遭った。

 見せかけの事故死に。

 仕掛けたのは、悪魔崇拝のカルト。

 だが指令は()()()

 将来の中間(キア)

 計画された再臨(パルーシア)

 革新や危険を嫌う人間、門番の種族(デモゴルゴン)の崇拝者達を利用した。

 それでも彼と財産の繋がりは消えない。

 彼女への監視も消えない。

 全て計算されていた。







 一気に時空が飛ぶ。







 今ではない太古。

 地球ではない空間。

 星もない。

 自転もなく、空気もない。

 真に暗闇だった。

 それでも何かがいるのが見える。

 物質ではない。

 何か別。

 蠢いている。

 意思は感じられた。

 対象を絞っていく。

 錆びて歪んだ鉄格子。

 見えないが感じる。

 格子の向こう。

 他と違う者がいる。

 人間――

 まだ人ではない。

 人の形のイメージ。

 赤子の様に眠る女だ。

 胎児にも見える。

 美しい女。

 彼女の肌に。

 闇が手を伸ばす。

 纏わりつく。

 侵食。

 じわじわと。

 黒が女の姿を覆う。

 悪意が形作られる。

 女の脳。

 何か見える。

 それは、

 ()――

 ――()

 悪が“黒”い“川”へ沈む。

 見えなくなる。

 名前がつけられ、

 そうして――

 完成、誕生する。

 時空の種族(ラプラス)も、弾けていく。

 遥か彼方へ。

 ()()()()を飛ばす。

 名前のない、者の為に――







 日。


 日輪。


 未来の光輪へ。


 駆ける様に跳ぶ。







『直人、早く、ここへ、来い』







 ――不法の者、彼の意識が現在へ戻る。

 直人は見た映像(ビジョン)をハッキリ覚えていた。

 汗はかいていない。

 動悸もない。

 だが酷く衝撃を受けていた。

 携帯電話を取り出してミズチへメールを打つ。


Sub【片はついた】

『先に帰れ。友紀陽子の死体には触れるな』


 すぐ返信が来る。


Sub【Re:片はついた】

『分かった。それより神内(こうち)区に旅客機が墜落したってニュースが流れてる。学校からも近い。直人くんは大丈夫?』


 携帯電話でインターネットにアクセスしてニュースを確認すると、彼女の言った通り大々的に報じられていた。

 自分で咄嗟(とっさ)にやった事ながら、これなら友紀の件もうやむやになるだろうと彼は感じていた。

 同時に腹立たしさが湧く。

 あの映像(ビジョン)

 幻ではなく事実なら、平常心ではいられない。

 直人は自身で予期していた。


Sub【】

『俺は平気だ。用事がある。また明日』


 直後に返信が入った。

 彼は開かずに走り出す。

 息は全く乱れない。

 走りながら考える。


 ――確かめなくては。あの未来からのメッセージ。全てが事実かどうか。


 向かう先。

 夕刻の学校。

 幻でなければ、待っている。







 二年C組の教室の外。

 直人は戸の前に立っていた。

 廊下にも教室にも蛍光灯の電気はついていない。


 引き戸に手をかけ、開いていく。


 薄暗い教室内。


 光源は外から差す光だけ。


 昼間とは異なる光景。


 けれど見慣れた教卓の上に――


 誰かが座っている。


 その人物が、声をあげた。


「よう、直人。遅かったな」




『バスタード』は「私生児」の意味。スラングでは「嫌な奴」「ろくでなし」などの意味もあります。

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