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木徳直人はミズチを殺す(完結作)  作者: 鈴本 案
第七章『最後の敵』
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第三話「黒い獣」(挿絵あり)




 躬冠黄泉は必死で逃げていた。

 包丁も部室で落とし、今は混乱と恐慌で脚だけ動かす。


 ――アイツ、何?


 街中に出ていた。

 足が絡みそうになるが踏ん張ってバランスを保つ。

 窓へ咄嗟(とっさ)に飛び込んだ勢いで、彼女の身体には数か所の裂傷があった。

 制服に血が滲んでいる。

 リスの様な愛らしい顔にも浅い切り傷。

 顔の傷より黄泉は命が惜しかった。

 平日の夕刻は人通りが少なく、彼女は焦った。


 ――追われてたら、見つかる!


 振り返り、通行人の顔を次々確認。

 木徳直人の顔はなかった。

 安堵して目を瞑る。

 呼吸を整え目を開けた。

 黄泉の視界に何かが映る。

 まだ数十メートル先。けれど確実に違和感を覚えた。


 ()()()――


 人と人との間にある黒い何か。じわじわと大きくなるのが()()()

 こちらへ近づいていると彼女は感じた。

 急いで向きを変えて走り出す。


 ――何よアレ!


 目の錯覚、恐怖感でおかしくなったのだと判断した。


 ――こんなはずじゃない。こんなはず、


 黄泉は走りながら思い出していた。

 数回のメールの差出人、親愛なる友人がよこした文面を。


 ――葛葉レイに接触して『()曜の術』を促す。

 成功すれば、兄の行方を知る超常現象の元凶、真犯人へ辿り着ける。

 その手段、都市伝説『ブラックサイト』が出現するページ。日付と時刻。

 更には儀式で起こる現象。二人分の生命力を()()する魔術。

 自分も参加必須である旨。そして吸収()()()()である事――


 心を病み(わら)も掴みたかった黄泉にとって、他人がどうなろうと知った事ではなかった。

 そもそも当初は半信半疑。彼女はレイほどオカルトを信じていない。

 だが注意すべき点もあった。

 吸収を果たした()()()()。該当者とは儀式後の接触を避けよとの点。

 相手が()()だと分かっても彼女はどうでもよかった。

 関係に距離をとり、離れていった。


 術の実態は願いを叶えるのではない。()()()を誘う口実である。

 術者の願いが叶ったと感じても、精神の死を和らげる快楽の幻である。

 メールにそう書いてあった。


 術で泉が得られる力。

 それは()()()()()()()

 敵への対抗策にもなる。


『君の願いは叶う』


 最後の文章を読んだ際、皮肉にも願いを叶える(すべ)を得たとは彼女は思っていた。


挿絵(By みてみん)


 ――なのに。あそこまでやったのに!


「木徳……アイツのせいで」


 黄泉は人気のない路地裏へ入った。

 息を整える。

 距離は相当引き離した。暫く隠れてやり過ごす魂胆だった。

 薄暗い奥へ入っていき、壁にもたれかかる。

 隅には不潔な(ネズミ)がいた。


 ――忌々しい。


 彼女は殺意を飛ばした。

 鼠が何かに押し潰され、爆発。

 血痕だけが残った。


 力は戻っている。アイツから離れたからだと考えた。


 初めて魔術を使った数日前を思い返す。

 突然現れた自身の膜を見た時は驚いた。念じれば膜が離れて物を動かせる事にも。

 極めつけは生き物を簡単に殺せる魔術。ただこれには()()があった。

 慣れていないからか、殺意自体では発動しなかったのだ。

 まず殺意で標的を固定、引き金を引く要領で()()を爆発させる。

 先程の鼠と同じく人間以外の()()で試すと上手くいった。

 他にも何か力がある気はするが、思い描けない。

 多分()()()()がいるのだろうと、黄泉は感じていた。


 ブーンという音がする。

 どこからか湧いた蠅に彼女は苛ついた。

 飛ぶ生き物は標的として上手く固定できない。鬱陶しい、と手で払う。

 嫌がった蠅が表通りへ飛んでいく。

 路地の入口。

 黄泉は()()した。


 黒い何かが、立っている。

 影の様な姿――


「ひっ」


 彼女は小さな悲鳴をあげた。

 黒い影の様な者がこちらへ歩いて来るからだ。

 近づいてくる。

 数メートルで立ち止まる。

 そこにいるのは、


 ――木徳ッ!


「俺からは逃げられない」


 彼は静かに立ち尽くしていた。


「なんで私のいる所が!」

「俺の目は()()()()()()()()


 言われた後、眼球の前でブーンと音がした。


 ――まさか、蠅?

 そんなバカな。


 木徳が話しかけてくる。


「部室での続きだ。ハンデもやる。魔術を使え」


 言われるまでもない。

 ()()()()()を感じていた黄泉は臨戦体勢に入っていた。


 彼が腕を突き出し、掌を上にして指で手招きしてくる。


「かかって来い」


 彼女の殺意が飛ぶ。


「お兄ちゃんの…………殺すッ!」


 憎悪で大気が揺れた。

 クォンと音がして空間がズレる。


 起こしたのは黄泉だが目の錯覚かと感じた。

 随分()()で発生したからだ。


「殺す殺す殺す!」


 空中から溶岩めいた液体も吹き出す。

 それらがシャワーの様に飛び散る――


 だが木徳は無傷だった。

 膜ではない。もっと手前。

 見えない壁の様な()()が彼との間にある。

 何かのせいでなぜか攻撃が届かない。

 文字通りの防壁、防壁は膜の事だ、と混濁した考えも生じた。


 原因を探る為に()()すると、数匹の蠅が飛んでいた。

 次の瞬間。

 黄泉は恐ろしい事実を()()した。


 ()()()()()()

 ()()()()()のだ。

 ()()

 ()()


 飛んでいる、

 複数の、

 蠅が、


 ――まるで透明の、飛ぶ、小さな盾。


 意味が分からなかった。

 目が乾いて一瞬だけ瞑る。

 すぐに開く。


 木徳の()()()()()()()()()がいた。


 それだけではない。

 ()()()()()()()()”に映っていたのは、


 ()()()()()()()()()()


 重なる(オーラの)様に、


 ()()()()()()()の様に、


 背の高い――


 ()()()()()を着た男。


 重なる。


 頭がおかしくなったのかと彼女は思った。

 木徳の前ではもう蠅さえも殺せないのでは? そんな激しい疑念に縛られて、口走る。


「……アンタ、一体、何!!」


 ()()は一瞬考え込む様に顔を伏せた。


「俺は――――」


 ()()()()が顔を上げる。




()()()()だ」






  *



 直人が黄泉へ告げた。


「“転位効果(サイミッシング)”。無意識でも蠅が気になる。だから自動で迎撃した。標的も固定できない未熟な魔術――

 俺に届く事はない」


 彼は側にいる()()()()の頭を撫でた。


()()を殺す事は出来ない。()()()にも()()()()。成熟した俺の念力(セノバイト)と共にあるから――

 お前の復讐はここで終わる」


 直人が命令する。


「行け」


 二匹の狼が弾丸の様に駆けた。

 彼女は叫びながら魔術を放つ。

 現れた現象を狼達の膜が防いだ。

 狼が黄泉に飛びかかり、執拗に何度も噛みつく。

 一分間。

 遂に膜が貫かれ、破れた。

 牙が柔肌を穿(うが)つ。

 肉を裂く音がした。

 悲鳴と唸り声。


「もういい。下がれ」


 倒れた黄泉に彼が近づく。

 狼はすぐに噛むのをやめて下がった。


「これは俺からだ」


 思いきり腹を蹴る。


「これはミズチ」


 顔面を蹴り上げる。


「そしてレイ」


 傷と血にまみれた女の顔を踏みつけた。

 充分踏んでから瀕死の黄泉の(えり)を掴む。

 引きずり上げる様に立たせた。

 接吻する程の近さに顔がある。

 直人が口を開けた。

 彼女の口も見えない力で無理に開かれる。


 黄泉(ヨミ)の口内から黒いエネルギーが溢れ出た。

 黒い粒子が彼の喉から奥へ吸い込まれていく。


 火と月を吸収し終えた直人が、彼女の耳元で囁いた。


()()()()()()()()()


 放り投げる様に明るい道路へ向けて突き放す。

 (いずみ)は酔っ払いに似た後ろ歩きでよろけた。


 上方から黒い影(カラス)が近づいて来る。

 彼女めがけて舞い降りる。

 弧を描く様に黒い姿が頭上を通り過ぎる時、

 足が泉の額を蹴った。

 微弱な力で押された彼女が、

 道路へと躍り出る。


「兄貴に宜しく」


 瞬間。

 巨大なトラックのバンパーが泉の姿を視界外へ吹き飛ばした。




 彼は既に空を見上げていた。

 遥か上空へ向け、人間には見えない()()伸ばす。

 何かが来る。

 直人はそれが何か知っていた。

 彼自身が操縦士を操り、下降させたのだから――




 誘導された巨大な旅客機が降ってくる。


 まるで不安定な紙飛行機。


 玩具みたいにゆっくりと。




 直人は両手をズボンのポケットに入れて歩き出した。

 落下予定地(攻撃地点)とは逆の方へ。

 烏は先に飛び去り、蠅と狼が彼に随行する。


 ジェット機ならではの轟音が響く。


 直人は乗客の恐怖も聴き終えていた。


 落ちる。


 ()()()()()()()()()()


 凄まじい爆音。


 地響きが起きた。


 炎と砂の匂い。


 近隣で起こる悲鳴と怒号。


 風と破片が飛び交うが、煙も音も何一つ彼には()()()()


 直人には依然膜はなかったが、周囲の()()()()()だった。


 邪魔な物は全て排除できる。


 彼は既に知っていた。


 ()()()()が同時に疼く。


 直人という(B)の脳が、深淵を覗き見た。




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