第二話「黄泉」(挿絵あり)
数日後、木徳直人は放課後の廊下を歩いていた。
左隣には黒川ミズチを連れている。
校内は静かで一階に生徒は殆どいない。
彼らは部室に向かっていた。
『オカルト研究会の今後』
そんな話題で目的の人物を上手く呼び出してある。
直人が左へ顔を向け、美少女へ話しかけた。
「もう一度。手順は分かってるか?」
「うん。まず直人くんが部室に入る。あたしはドアの前で待機」
「それから?」
「呼ばれたらすぐ部屋へ入る」
「その後が重要だ」
「うん。分かってる」
「それでいい」
彼が左手でミズチの頭を撫でた。
慣れたのか彼女は頭を少し下げる。
直人はそのまま肩へ手を回した。
「ミズチ、これが終わったら」
自分の方へ身体をグッと引き寄せる。
「――ご褒美をやる」
素直に引き寄せられたミズチがやや縮こまる。
それでも胸は豊かな存在感を放っていた。
彼女が見つめてくる。
「何をくれるの……?」
期待感と貪欲さを秘めている瞳だと感じた。
見つめ返しながら、
「いい物だ」
微笑して告げる。
「――君が欲しい物は、分かってる」
ミズチのピンク色の唇が艶やかに揺れていた。
直人の記憶は既に甦っている。
躬冠司郎を殺した夜の。
淫らな夢の繋ぎ目の。
戦いの思考と感覚も。
悪夢の意味も。
彼は腕を戻し再び前を向いた。
「それもこれも達成したらだ」
「うん、必ず」
死を呼ぶ部室に、もうすぐ到着する。
部屋に誰かいる気配を察しながら、直人がドアを開けた。
室内は机や椅子もなく殺風景だ。
「木徳先輩、お疲れ様です」
髪を掻き上げながら軽くお辞儀をしてきた女子生徒――
――躬冠泉
「先輩、会長は?」
「葛葉は用事があって来れない」
彼は葛葉レイには伝えていなかった。泉を呼び出す為の口実にすぎない。
彼女がため息をつく。
「オカ研をどうするかの大事な話なのに……」
直人は黙って見ていた。
「最近部長の様子おかしくて。興味がなくなっちゃったみたい。あんなに熱心だったのに。他の人も来なくなって、どうなるんだろ」
「俺がレイからブラックを引き抜いた」
泉はきょとんとしている。
「レイはオカ研の事は覚えていても、能力に関する記憶は消えた。俺達に対しての気持ちも」
彼女が目を見開いていた。
次には真顔になって口を開く。
「タチ?」
疑問を呈したその唇が微妙に震える。
歪んでもいた。
「次元由美と友紀陽子が来なくなったのもお前が原因だ。演技はやめろ、躬冠の妹」
泉の唇が確信を得た形へ変わっていく。
「アンタだったの。罪がないみたいな顔して」
「お前もだ。あんな魔術で無関係な三人を」
「お兄ちゃんをどこへやった。仲間は誰だッ!」
突然彼女が激昂した。
「地獄だろうな」
彼が火に油を注ぐ。
目を開いた泉が茫然としている。だが一変して無表情に。
「なら私のすべき事は一つしかない……その為に仕掛けたんだから、すべき事、すべき事は……」
独り言をぶつぶつと呟いている。
「私は、お前達を殺すッ。お前らを殺して、お兄ちゃんの仇を討つ」
「なら俺達はレイの分でお前を殺す」
直人が遮る様に返した。
「お兄ちゃんと同じ所へ送ってやるッ!」
半狂乱じみた女を眺めていたが最後に聞きたくなる。
「躬冠泉、お前はなんだ? 一体どこから? 魔術の、知識の出所は――」
「私は! 前の私とは違う。お兄ちゃんが死んで、躬冠泉も消えた」
瞬間、空気が重くなった。
見えないプレッシャーが部室を支配する。
彼の魔眼は捉えた。
敵に膜が現れるのを。
「私は――――躬冠黄泉」
直人が叫ぶ。
「ミズチ! 入って来い!」
弾かれる様にドアが開いてミズチが飛び込んで来た。
彼も叫んだ。
「こいつが最後の――! レイの仇だ!」
ミズチの視線が躬冠黄泉を捕捉していく。
彼女の方もミズチの存在を視線で捉えた。
「仲間? アンタ……二年の、黒川ッ!?」
直人が口を挟む。
「躬冠司郎は黒川が斬った」
聞いた黄泉がミズチへ問う。
「お兄ちゃんを……!?」
更に彼が口を挟んで補足した。
「ああ、そうだ。それで躬冠司郎は自分の命が惜しくて、地獄に落ちるまで泣きながら死んだ。みっともない。惨めな奴だ」
彼女が直人を睨みつけた。
視線がそれた隙にミズチが素早くアサメイを抜く。叫ぶ。
「レイの仇――!」
黄泉も背中から何かを取り出した。
笑いながら得物を見せびらかす。
「私の包丁、持ってきて良かった」
彼女が出刃包丁を突き出して言う。
「お兄ちゃんにご飯を作る時に使ってたこれ。ご飯美味しいって余り言ってくれなかったけど、それでもいつも食べてくれてた。あの完璧な身体ね、私のご飯の栄養から出来てるんだよ。私が作ったんだから、あの綺麗な身体。だから、今度はアンタらを斬り刻んで殺して、お兄ちゃんに食べさせる」
聞いたミズチが一気に距離を詰めた。
風が舞うアサメイの一閃。
火の様に鋭い刃が襲う。
対する黄泉も包丁で斬る。
刃が交わる瞬間、
キィンと金属がぶつかる音がした。
続け様に何度も音がする。
二つの刃が空中で接触、相手の刃を弾く。
同時に火花の様な摩擦が空中で起こった。
刃が舞い、打ち合う金属音が鳴り響く。
何度も何度も。
彼は壁際まで下がって火花を傍観した。
双方尋常ではない手数。
その全てを直人は目で追っていた。
二人が一旦距離をとった。
「黒川……並みの人間の動きじゃない。そうか、レヴィアタンって黒川、アンタの事!」
「黙れ包丁女」
「ミズチ! 自分を黄泉と呼ぶその女には死に関する力がある! 注意しろ!」
「うん! 力を出す前に殺す――」
ミズチが返事をした途端。
空気が変わり、揺れた。
薄く青い線の様な光が黄泉へ走る。
電撃――
皮肉にも司郎への最後の現象。
それが妹相手に初手で現れた。
――能力者なら膜もある。決め手にはならない。
彼はそう分析した。
しかし結果は少し違った。
電撃が彼女へ接触した瞬間。
反転した様に青白い稲妻がミズチの方へ向かった。
ミズチの膜が電撃を防ぐ。
――跳ね返した?
直人にはそう見えた。
――魔術を反射する能力。
「違うな」
――安直過ぎる。象徴と関係する“死”とも違う。
彼は考えを改めた。
もっと単純な答えがすぐ側にあるのを感じる。
ミズチを見た。
アサメイも見る。
再び黄泉を見た。
握っている刃物も。
――そうか!
「ヨミは、ミズチと、同じ!」
二人が死の魔術を同時に放ち、殺意と殺意がぶつかり合う。
口に出した途端の答え合わせ。
具現化された複数の効果がお互いに何度も直撃する。
空が歪む。
現象の中から現れる二人。
キィンと再び火花が舞った。
刃先が光る。
直人は彼女の性能を推測した。
――ラプラスも分身も多分同等。まどろっこしい。
そもそも使わせない――
卑猥に笑う。
「俺が殺すんだ」
呟いた直人が死の中心へ突っ込む。
二つの刃が自身へ接触する寸前――
右手でミズチの腕を受け止め、
左手で黄泉の手首を掴んだ。
「ミズチ、どいてろ」
ミズチがすぐに退く。
息を吸い、
「俺が殺る」
吐いた次の瞬間。
敵である彼女が見えない力で吹き飛んだ。
黄泉の短い悲鳴の後、進化した彼が告げる。
「お前を殺す念力だ」
「木徳、直人……!」
名前を呼ばれて殺気も感じた。
けれど直人は死なない。
即時反応済みで、代わりに宣言する。
「供給エネルギーを遮断した」
念力で彼女を吹き飛ばす。
黄泉は壁に背を激しく打ちつけられ、再び短い悲鳴。
「お前はもうすぐただの女だ」
踏み出し、近づく。
「魔術師は、俺に勝てない」
彼が右手を払う様に振る。
「膜も取り上げる」
「なんなのアンタ!!」
その時。
直人の前、黄泉の後ろにある窓。
窓の外。
一瞬何かが目に映る。
何が降ってきた?
人間の顔。
その目と。
彼の目が。
瞬間。
合う。
ドサッと音がした。
数秒間、集中が途切れる。
目前の女が窓へ飛び込んだ。
ガラスが割れ、外へ逃げる。
直人も反射的に窓枠へ手をかけた。
「ミズチは待て」
地面を見た。
友紀陽子の死体が落ちている。




