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木徳直人はミズチを殺す(完結作)  作者: 鈴本 案
第六章『祈りの王女と幻想の騎士』
42/51

章末話「おやすみ」(挿絵あり)




 アサメイを突き立てた瞬間、木徳直人は最も自覚した。

 既に流入していた知識と、自身が特殊能力者という現実を。


「どういう事!」


 葛葉レイが彼に向かって叫んだ。

 隙を見た黒川ミズチが跳ね起きて距離をとる。

 悲愴な面持ちでレイが問い(ただ)した。


「手は出さないって言ったのに! 嘘だったの? どうして、ウチを裏切るの?」


 レイが絶叫する。


「こんなに、こんなに好きなのに!」


 それでも彼はレイをじっと見つめた。

 負の感情を乗せて。


「大好きなのに! 直人の事だよ!」


 滞留させていた念力(セノバイト)の気配が()()()


「なんで、ねぇなんでウチじゃだめなの。ねぇ、なんでよ! なんで。答えてよ直人!」

「ミズチ、アサメイを見ろ!」


 ミズチの視線がナイフの方へ向く。


「中継器と思え! 必要な()()を今すぐ思い出せ!」


 声が届いてミズチが震えだす。

 両手で身体を抱き締め、小刻みに。

 徐々に嗚咽(おえつ)めいた鳴き声があがる。


「アアァ……アァ……ァアア……!」


 レイの注意が直人から剥がれてミズチへ向く。

 ()()()念力(セノバイト)の気配。


「レイ、もう遅い」


 彼の声には確信があった。

 突き立てたナイフの柄から手を放す。

 炎と風の象徴(アサメイ)が垂直に立っていた。床から浮く刃。

 直人はあの()()を思い描いた。


「ミズちゃん、これなにッ? 直人っ!」

「来るな、レイ。君の敗けだ」


 ――()()()を捉える()()なら。


 アサメイが床に倒れる。

 再び念力(セノバイト)()()()


「なんで。それでウチを傷つけるの? ウチは直人を、こんなに好きなんだよ?」


 レイの目には涙が浮かんでいる。

 本物の、涙の粒。

 目が良い彼にも見えていた。


「ウチを傷つけないでよ。傷つけないで。愛してる、直人を愛してるから……」


挿絵(By みてみん)


 直人は沈黙し、何かを待っていた。

 ミズチの方へ目をやる。


 それは声のない女の慟哭――

 ()()()()()()()()()あの光景。


 待望の状態。


 ――もうすぐ。


「直人ぉ! ウチを見てよ! 気持ちを教えてよぉ!」


 彼は再びレイを見据えた。


「レイ、紛い物なんだよ、君は」

「もっとちゃんと見て。ちゃんとウチを愛して」

「今の君は、前のレイとは違う」

「だからウチを見てよ。それから触れて。全部、全部満たしてよ……」

「僕よりミズチの方をよく見ろ」


 素直に従ったレイがミズチの方へ首を向ける。

 涙の粒も散ったのが見えた。


 口火を切った直人が整理して語り出す。


セノバイト(念動)()()()。また“愛情”はミズチへ向いた。それは意味がない。アサメイには()()がある」


 ――()()()の役目。


「中継器だけじゃない。()()()()()を短時間は留める。レイ、()()()しかない“愛情”ではダメだ。発信源を()()()()消せない」


 ――均衡が裏目。


「だから別の地点に()()()。それは発信源でもなく術者でも能力者でもない。君の力でも()()()()


 ――発信源を捕捉する、()()の能力だから。


 息を吸って、吐く。


「魔術の存在が現れる! そうだ、塊か! もう一体の、レヴィアタン(ミズチ)!」


 感嘆の声をあげた彼の視線の先。

 ()()のミズチを見ているレイの背後。そこにいる。

 白銀ながら()()()()な雰囲気。

 ミズチの()()が浮いていた。

 ()()()の様に――


 白銀の分身体(ミズチ)は宙で静止している。

 そして緩慢に両手を突き出した。だが機械的な動作。

 ――実際は僅か一秒。直人はスローモーションに見えていた。

 静止した時の感覚の中、燃える白銀の指から()()何かだけが伸びる。

 ゆっくり伸びていく。

 レイの背後へ向かって、蠢動(しゅんどう)して。侵食する様に。

 彼はそれを、無数の黒い()()を、じっと見ていた。


 ――あれは、()()()()()か。()()()()()()()。使い魔、セノバイトにも似ている。


 石化した様なレイは迫り来る触手に気づかない。

 黒い触手の先端がレイの背面に触れる。


「ああっ」


 苦痛とも快楽とも取れる声。

 黒の触手が次々とレイにタッチする。

 触れた部分が制服と共に崩れた。

 崩れた分だけ何かの粒子も舞い散る――


 粒子(それ)はレイの肉体の一部だった物質。


 直人には鞭打ちの光景に見えた。

 レイが鞭で責められ、弱っていく。

 観察して次の瞬間には理解した。


 ――死の魔術の()()。エネルギーの集束、変換される()()を見てるのか。


 今まで視認できなかった過程と作用。それらを低速で認識していると感じた。


 本体のミズチは胴を抱き締めた姿勢のまま、眼からは黒目が消えている。


 虚ろな目で宙を見るレイが呻き続けた。


「ああ、直人、怖い、痛いよ……。けど、気持ち、いい……。いいよ、直人なら、直人、あ、ああっ」

「ミズチ! 早く分解しろ!」


 本体(ミズチ)が発する声のない咆哮が増す。


 レイの美しい細胞がポロポロと落ちる。

 半壊していく肢体。


「直人、直人、もっと、抱いて……。愛して、る……」

「早くしろミズチ!」

「死んでもいい……苦しくても……。一番に、なりたいよ。直人の、一番に、」


 顔が彼へ向いていた。


「ねえ」


 目からは液体が流れている。

 微笑みも浮かんでいた。


「直人。


 アイス……


 いつ、


 食べにいく?」


 笑顔もポロポロと崩れて、


 粒子と共に消えていく。


 直人は目を閉じた。




 目を開くと、レイや分身体(ミズチ)は消えていた。

 本体(ミズチ)は座り込んでいる。

 茫然自失の彼女には構わず、彼はレイがいた場所まで来て、見下ろす。

 まだ痕跡は残っていた。

 床にある粉の様な物質に触れる。


念力(セノバイト)、今どれほど使えるのか、()()()()()


 再び目を瞑り、集中する。

 人生で最大、常人なら脳幹が切れる程の集中。




 どこかへ入っていく。


 闇の底へ落ちていく感覚。


 深く潜る。


 深く。




 足裏が水底についた。




 直人は見渡す。

 荘厳で巨大な城内、西洋の城の中にいた。

 中世に作られた印象だが雰囲気は随分暗い。

 歩き出すと時間から切り取られた気分になった。

 人は一人もいないが、歯牙にかけず早足で進む。

 探し物に向かって。


 豪華だが暗い大広間に出た。中央には誰かがいるのが見えた。

 彼は近づいていく。

 純白の薄いドレスを着た女だ。祈る姿勢で床に座っていた。

 直人の存在には気づかない。

 女の顔を確認すると、目当ての物だと把握した。

 その矢先、彼はふと自分の今の姿に気づく。

 全身を覆う鎧を着ていた。

 まるで王国に仕える騎士(ナイト)の格好。


「こう見えてたのか。間違いだ」


 ()()()()()が開口する。


「……直人、助けて。助けて、直人……」


 呟き続ける。涙を流しながら。


「待ってろ」


 ()()()()()が右腕を振り上げる。


「今、出してやる」


 王女の頭部へめがけ、殴りつける。

 しかし拳は頭にめり込んだ。

 祈る王女にも変化はない。

 状況は思惑通りだった。


()()には、もっと良い()()がある」


 騎士は王女の脳を(まさぐ)る。

 目標を発見し、捕らえた。

 乱暴に掴む。

 ()()()()引っこ抜く。


 騎士は魔術眼で見た。

 海馬に潜んでいたブラックを――


 黒い塊を手にした騎士は、塊を自身の口内へ放り込んだ。

 むしゃむしゃと咀嚼(そしゃく)する。

 そしてごくりと飲み込んだ。


 力を感じ始める。

 ()()()()の奔流。

 腹の底でぐるぐると混じり合う。


 辺りの風景が剥がれていった。

 もう城内ではなく、一面が()()()で広大な空間だった。

 王女も既にただの眠る女で、直人も今は騎士ではない。二人は何も着ておらず、空間に浮いていた。


 彼は身体が浮上していくのを感じた。


 徐々に女から離れていく。


 女へ目をやる。


 何か言いたくなった。


 永遠の別れを。




「おやすみ、レイ」




 女の姿がどんどん遠くなる。




 彼女の中は、今の直人には()()()()()()

 真空状態に近い。

 窒息しそうに感じる。

 一刻も早く外へ――


 真っ白だった空間が()()()な様相へと姿を変えていく。

 視覚と共に意識も遠ざかり、気圧から開放されていく。

 何もかもから、解き放たれ――




 浮き上がる。




 水上へ。



  *



 自失から脱したミズチは奇跡を目の当たりにしていた。

 粉末状の物質から人体が()()()()()様子を。

 神の御業(みわざ)という他ない手腕。

 制服さえも復元して、床には眠っているレイの姿があった。


 彼女は直人という者の姿を再確認する。

 最早、目が離せない。

 畏敬の念で胸が締め付けられる。


 ミズチはその人生で初めて確信を得た。


 ()()()()ついていこう。

 自分はこの人に()()ついていくのだと。


 彼が立ち上がり、振り返る。


「ミズチ、彼女はこのままでいい。片はついたからもう帰ろう」

「うん。分かった」


 何も知らない女が床で寝息を立てている。

 タトゥもない()()を置き去りに、二人はその場を立ち去った。

 体育館の鍵は開けたまま。



  *



 レイは夢の中にいた。

 悪夢だったが、白い景色が広がると幸せな気持ちになった。

 よく見えないが暖かく、優しい気持ちになってくる。

 けれどなぜだか悲しかった。

 幸せなはずなのに切なくて、何かを離したくない気持ちになる。


 それでも何かが離れていく。


 とても悲しくて、手離したくないのに届かない。


 遠ざかるほど分からなくなって。


 切なさも霧散して、新しくなった心の先で――




 彼女は目覚めの中にいた。



  *



 翌日の教室もいつものクラスだった。

 騒ぐ者は騒ぎ、静かな者は静かに過ごす。

 次の学科まで各々が別の世界で過ごす時間。


 直人は自分の席で頬杖をついて教室内を眺めていた。湯田黄一は欠席らしく今日は暇をもて余している。

 彼が適当に目を動かすと、レイの姿が目に入った。

 その様子は直人の同盟に入る前のレイと変わらない。

 違うのは髪型と、中流層最大グループに属しているという点。

 レイとは目が合う事もなく、また適当に視線をさ迷わせる。

 黒川組が視野に入った。中の()()と目が合う。

 じっと見つめられた。

 そういえば()()()()()()()彼女と目が合ったと気づく。

 見つめ合いも飽きて、先に視線をそらしたのは彼の方だった。

 顔の角度自体を変えて、隣にある窓の外を眺める。

 青の空間を眺めながら、彼は独り言を呟いた。


「次はお前だ。今度はこっちから行く」







ミズチや直人の結末が気になる、レイが好きだった、切なかった、湯田くんや泉が好き、黒幕や謎の解明が気になる、幕間小説が良かった、などありましたら

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― 新着の感想 ―
[良い点] 良作のひら~サスペンスもののような緊張感あるお話しと思いました。ストーリーが進むにつれて主人公が怖くなっているような感じがします。 [一言] 作品の結末が気になります。読むのを楽しみにして…
2021/11/01 19:05 退会済み
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