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木徳直人はミズチを殺す(完結作)  作者: 鈴本 案
第六章『祈りの王女と幻想の騎士』
41/51

第四話「キャットファイト」(挿絵あり)

キャットファイト〔catfight〕

意味は女性同士の取っ組み合いの喧嘩、または女性同士の格闘を見せる興行など。







 体育館の裏は静かだった。

 木徳直人は黒川美月と待ち合わせた校舎の裏手を思い出していた。

 頭によぎる数か月前の映像。今では悠久の彼方の記憶に思える。

 彼は思い返すのをやめ中空に視点を固定した。

 視界内に赤い眼鏡が入ってくる。


「直人くん」


 黒川ミズチだった。

 直人が口を開く。


「レイはまだ来てない」


 彼女は頷くと、黙って側に立った。

 そのまま二人で待っている。

 本格的に()()()()()()みたいだなと彼は思った。思わなくても実態は()()からそうだった。


 少しすると葛葉レイが歩いて来るのが見えた。

 相変わらずスラリとした高身長。スタイルの良さが窺える。

 揺れるウルフカットも今では似合っていた。

 指のタトゥも見えてくる。

 レイを眺めて直人は思った。その気になればあの身体を自分の物にもできる。乱暴に扱う事も――

 性的興奮があって感じたはずだが、なぜかすぐに消え失せる。

 不可解だった。

 そもそも二人の女が自分を巡って争っている。今までなかった、あり得ない事が起きている。

 なのに感慨もない。

 冷静な自分が不自然に感じた。どこか()()しているのか。

 だがその疑問もすぐ白紙となった。


「お待たせ」


 レイが二人に声をかけた。デートの様に。

 ミズチがレイへ視線を投げる。

 レイもミズチへ目線を向けた。

 言葉を発しない二人の導火線。

 その空気を察した彼が、この場所を選んだ理由を振り返る。


 ――待ち合わせだけなら美月と待ち合わせたあそこでいい。けど闘争には向かない。

 ここには体育館がある。館内は静かだ。使う部活もない。


 直人が口を開く。


「ここじゃなんだから入ろう」


 まるでホテルに誘う口調だった。

 レイがすぐに反応する。


「入るって体育館? けど鍵が」

「問題ないよ。僕が鍵を開けられる」


 勿論鍵など持っていない。

 彼は二人を連れて扉の前に立った。

 施錠されている。レイがいてはミズチの使い魔も出ない。

 だが直人には()()()がある。試してもみたかった。

 ミズチの使い魔の様な()()――

 意思と共に指先を扉の表面へ当てる。


 ガチャリ、と音がした。


 やはり上手くいったと確信を得る。

 背後からも感嘆の声があがった。


「さっすが直人」


 反してミズチは黙ったままだ。

 三人が体育館に入ってから、彼は再び施錠をした。


 ――これで邪魔は入らない。


 館内に充満する重い空気を吸い込む。




 直人は壁にもたれかかっていた。アジトで観察していた際と同じ。

 女二人との立ち位置を繋ぐと三角の形になっていた。

 レイは腕を組んで彼とミズチを交互に確認している。

 ミズチは視線を外して床を見つめていた。

 壁際のレフリーが開口する。


「それで、レイとミズチ、何か話したい事は?」

「ウチはない。ミズちゃんとはあの時の続きがしたいだけ。時間の無駄だよ」

「あたしは……」

「何よミズちゃん」


 ミズチは答えなかった。


「僕はここで()()()。異存もないから好きにすればいい」


 直人は観戦を決め込んでいた。

 ミズチと目が合う。

 彼が目配せをする。


 昨日の時点で打ち合わせはしてあった。


『僕に考えがある。()()と言ってもいい』

『どんな作戦?』

『ミズチにはとにかくレイの注意を引き付けてほしい。それから()()()()を僕に預けるんだ。詳細は言えない』

『……分かった。ミズチは直人くんを信じる』


 計画通りアサメイは直人が持っていた。ミズチの()()()()()が抜けて今は重みも感じる。


 レイが拳を打ち合わせる構えをとった。

挿絵(By みてみん)

 ミズチは無手で敵と相対している。

 彼は愉快な気分だった。

 レイの方を見る。目が合った。


『直人はどっちの味方なの!?』

『僕はどっちの味方もしない。手出しもしないよ』

『それなら……まだいいけど』

『だけど、レイが勝ったら結婚してもいい』

『ほんとにっ?』

『ああ、()()誓って』


 直人は可笑しくて堪らなかった。『ウチが絶対勝つから』と言ったレイの真顔。

 思い出すと大笑いしたくなる。なんという幼稚な話だろうと叫びたい気分。

 まず高校生が結婚だとかバカバカしい。まるでおままごとの世界だと彼は考えていた。

 こんな状況で将来を決めるはずもない。常軌を逸している。

 なのに結婚だとか現実的な話を引き合いに出す自分も滑稽だった。


 直人が腹の底で笑っていた頃、女の喧嘩という名の闘争は既に始まっていた。

 レイがHATE(ヘイト)の右拳を振るう。

 ミズチはかわしながら蹴りで応戦する。

 LOVE(ラブ)の左手は蹴りへの防御に使われていた。

 彼が知るミズチの格闘戦は蹴り主体の印象が強い。レイはパンチのみ。

 さながらキックボクサーとボクサーの異種試合にも見える。


 考えがあった直人には確かめなければいけない事もあった。

 既に半分は確認してある。


 レイのLOVEの能力、その()()()()


 ミズチに対しては完全に封殺している。

 では()()に対してはどうかと考えていた。


「いくぞ……」


 先程と同じく念動(セノバイト)の気配を感じた。

 ミズチの使い魔の様には消えていない。

 もしセノバイトが()()でLOVEの有効範囲に入っているなら、気配は消えるはずだった。

 では考えられる可能性――


 LOVEの有効範囲自体が()()

 又はセノバイトが使い魔と()()性能を持つ()()の一種。魔術ではない。


 解錠した時にはレイへの害意が伴っていなかった。それならこれで、


「正体を見せろ」


 レイを標的にしてセノバイトを放つ。


 ――全て分かる。


 瞬時に部室での出来事が頭によぎる。

 レイの胸を掴み、潰してやると思考した。

 爆発的に性感が増大する。

 同時に神殿のイメージも蘇った。


 ――ミズチじゃない。レイを。

 あそこへ、レイを。

 レイの、裸体を。

 山みたいに、積み上げて、

 やる――


 セノバイトの気配が()()の様にレイへ伸びていくのを知覚した。

 この能力はまだ消えない。

 まだ――


 レイの服へ触れようとする寸前、力が()()した。

 退()()していくかの様な感覚。

 そのまま念も霧散した。


 彼は(まばたき)きして、考えながら手首も()()()


 有効範囲としては至近距離。

 ミズチの力が消されている距離感と計算が合わない。


 ――この感じ、覚えがあるのか。あの、光輝(プリースト)の退行に。


 レイの能力で消えたのではない。()()()()関係で萎縮したのだと直人は結論づけた。

 だとしたら有効範囲の答えは出た。

 むしろ他には考えられない。


 ――今のLOVEは、ミズチにしか働いていない。


 有効範囲の対象はレイ自身とミズチのみ、又はレイを含めた二人に有効。

 それとも、向きの方向性がある能力。

 答えが見えてきた。攻略出来る――


 ふと、全く別の疑問が降って湧いた。


 ――ミズチはなぜ、過去の戦闘で使い魔を使()()()()()()

 先程のセノバイトの目論見と同じく、念力で()()攻撃すればいい。

 なのにしなかった。ここに違和感がある。

 そうでなくても鉛筆の要領でいい。ナイフを念動で操って攻撃するという発想だってある。


 彼は考えあぐねていた。何かがすっぽりと抜けている感覚はあった。

 思い返せば――ミズチは直人を運ぶ際に念力(使い魔)を使い、彼もミズチを治療する際には念力(セノバイト)を使っていた。

 誰かに対して使う場面は確かにあった。

 直人は考える。


 ――なのに、なぜ敵に対しては。

 何が違う? どこが違うん――


 思考がぶつんと途切れた。

 彼の推理などお構い無しに女二人が()様に争っていたから。

 両者の息はあがり、格闘から取っ組み合いへと形を変えていた。

 制服や髪の引っ張り合い、相手を押す、投げようとする、体を引き倒す。

 そんな女子同士の、初めて目撃する生々しい光景。


「キャットファイトか」


 直人は苦笑した。


「そろそろ終盤戦だ」


 口角を上げながらアサメイを取り出す。

 そして振り上げて、

 床に突き立てた。


「これからレイを、()()する」




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